東京財団政策研究所、「政治外交検証研究会レポート ―政治外交史研究を読み解く」、細谷 雄一教授の「国際政治史研究の動向」から。
・・・今回は「近年の通史にどのような傾向が見られるのか」という問題意識から、以下3冊を取り上げてお話したいと思います・・・この3冊の通史に共通することとして、ポスト冷戦時代についての記述の分量が非常に多いことが挙げられます。私が大学生のころは、基本的には20世紀まで、つまり冷戦史を中心に歴史を学んでいたと思いますが、今の大学生は21世紀に生まれ、20世紀を知りません。冷戦どころか90年代も知らない世代がいま大学生として国際政治を学んでいるわけです。
そのような学生の問題関心は、当然ながら平成とほぼ重なる冷戦後30年がどのような時代であったのかという点に向かっていきます。例えばモーリス・ヴァイス『戦後国際関係史』では、全体の半分が冷戦後の記述です。冷戦後すでに30年が経過しており、第二次世界大戦終結から冷戦終結までが40~45年ですから、「戦後+冷戦時代」と「冷戦後の時代」が徐々に同じ長さになってきており、当然といえば当然かもしれませんが、問題となるのは、この冷戦後の時代をどう位置付けるかということであり、恐らくそれが重要な意味を持つのだろうと思います・・・
・・・ポスト冷戦期は、ソ連という帝国が崩壊したことでアメリカ一極となりましたが、その後アメリカがイラク戦争、アフガニスタン戦争によって国力を浪費し、2008年のリーマン・ショック以降さらに世界から後退していくことによって、アメリカが超大国としてのリーダーシップを失い、一極が零極、無極となりました。つまり現在は無極の時代なのだろうと思います。無極の時代とは、覇権安定論の理論で言えば混乱の時代だと言えます。このような時代をみて、ヴァイスはポスト冷戦期の時代を「混迷の時代」と位置付けたのではないでしょうか。
では、具体的に何が問題なのか。これについて、ヴァイスは必ずしも同書で明確に主張しているわけではありません。ただし、フランス的な視野から言えば、望ましい国際秩序とは多極である、つまり「ヨーロッパ協調(Concert of Europe)」なのです。
5大国によって勢力均衡と協調が図られた19世紀のウィーン体制は、このヨーロッパ協調の理想的なイメージであり、このイメージを基に、第一次世界大戦および第二次世界大戦の戦後処理が進められ、さらにはこれが国連安保理における常任理事国、いわゆる「P5」として帰結します。結局のところ国連P5の大国間協調による安定は、実現しませんでした・・・
・・・ポスト冷戦期の時代に対する3冊の描き方の相違を以上にみましたが、つづいてこの3冊の本に共通するもう一つの特徴についても触れたいと思います。それは、「西洋中心主義の相対化の模索」です。
ここで「模索」と言いましたのは、ヴァイス先生にしても、あるいは板橋さんや有賀先生にしても、そもそもアカデミックなトレーニングとしては、やはり欧米中心の国際政治史をこれまで学んできたのだろうと思います。それをいわば「接ぎ木」のように、力技で他の地域も加えていく。現代の国際政治を論じるためには、構造自体の見方を変えなければいけないので、やはり非常に難しいところがあると思うのです・・・