年別アーカイブ:2018年

予算偏重の時代錯誤

2018年6月5日   岡本全勝

日本社会が大きく変わったのに、行政や国民の意識が変化していないことの一つが、予算偏重です。
かつては、モノとサービスを増やすことが、社会でも行政でも大きな目標でした。豊かになる、便利になるという「国家目標」を達成するために、先輩たちはがんばりました。電化製品、自動車、そして道路や学校、病院。そのおかげで、世界でも最高水準の豊かさと便利さを手に入れました。

一通りのモノが行き渡り、サービスの仕組みもできました。すると、モノとサービスを増やすことは、行政の第一の目標ではなくなったのです。
予算があれば、モノとサービスを増やすことができました。よって、予算を増やすことが官僚の身近な目標でした。その要求を査定する、財務省や財政課が権限を持ちました(私も官僚人生の3分の1は、予算や地方交付税を査定し配分することをしていました)。
社会の問題は、お金では解決できないことが多くなりました。

いまだにマスコミが、財務省を「最強の官庁」と呼ぶのも、時代錯誤でしょう。マスコミが、意識改革に遅れているように思えます。
国会でも、予算委員会が花形です。しかし、審議している国政の重要事項は、外交や安全保障、政治のあり方です。「予算委員会」という名称はそろそろやめてはどうでしょうか。いわゆる「党首討論」は、「国家基本政策委員会」という名称です。このような名前の方が、ふさわしいと思います。

単線、系統樹、網の目3

2018年6月5日   岡本全勝

単線、系統樹、網の目2の続きです。系統樹的な見方の問題点についてです。
問題は、もう一つあります。系統樹は通常、下に行くほど枝分かれしますが、これは現実を表していません。前回述べた「行き止まりの枝」と別の観点です。

あなたも私も、父親と母親から生まれました。ところが系図は、通常は父親の方で遡ります。「岡本家第何代目」です。母親側を遡ることは、めったにないでしょう。
多くの家で、母親の母親のそのまた母親と、3代・4代以上遡るのは難しいのです。
ミトコンドリアは、女性を通して子孫に引き継がれるのですが、多くの社会では男系で家の歴史を作ってきました。

一度、あなたを起点に、母親を含めてご先祖様を遡る「逆系統図」を作ってみてください。いろんな家の血が入っていることがわかります。1世代ごとに、母と父2人が必ずいます。
大きな川を想像してください。河口では一つになりますが、源はたくさんあります。通常は最も長いところが「源流」とされ、そこからが本流になります。でも、ほかの山々からも、たくさんの支流が流れ込みます。

これを社会に例えれば、今を終点とするなら、それらに入り込んだ要素は、とてつもなくたくさんなのです。系統樹をひっくり返したような図になります。

なぜ人類だけが生き残ったか

2018年6月4日   岡本全勝

更科功著『絶滅の人類史  なぜ「私たち」が生き延びたのか』(2018年、NHK出版新書)が読みやすく、わかりやすかったです。
・・・700万年に及ぶ人類史は、ホモ・サピエンス以外のすべての人類にとって絶滅の歴史に他ならない。彼らは決して「優れていなかった」わけではない。むしろ「弱者」たる私たちが・・・

私のホームページの「単線、系統樹、網の目2」で、ヒト属も、ホモ・サピエンス以外は死に絶えたことを書きました。しかも、ホモ・サピエンスが、強かったのではないのです。
ヒト属が、そもそも弱い類人猿で、森から追い出されたようです。もちろん、弱かったので、多くのものは肉食獣に食べられてしまったようです。道具を利用したり、頭を使ったりと進化しますが、それらはかなり後のようです。
弱いものが生き延びるために、さまざまな工夫をして、偶然うまくいった者たちが生き残ります。強くて、良い居場所を確保した猿たちは、そこで生き続けます。しかし、そこには、進化はありません。

私たちの社会でも、強いものは、その状態に安住します。弱いもので向上心のある人たちが、生き延びるため、地位を向上させるために、改革を試みます。そこには、失敗と成功があります。しかし、挑戦しない限り、地位は向上しません。親分の元で、その庇護の元に、隷属しつつ暮らすというのも、一つの生き残り戦術ですが。

ヒト属が生き延びたことは、奇跡に近いようです。そして、それは進化と同時並行で起きます。弱いものが生き延びる。パラドックスが起きたのです。
神様がお導きくださったのでもなく、知恵があったから繁栄したのでもありません。環境と他者との競争と偶然の結果です。

ところで、人類の脳は大きいといわれますが、ネアンデルタール人は、サピエンスより大きな脳を持っていたのです。それを何に使っていたか、よくわかりません。とてつもなく記憶が良かったとか? 無駄な器官を持つことは生存に不利ですから、何か役に立っていたのでしょう。

器官や機能は、使わなくなる、必要がなくなれば、退化します。将来AIが発達して、脳の代わりを務めるようになると、人類の脳は小さくなるのでしょうか。
その前に、乗り物をよく利用して歩かない人たちと、運動選手たちとで、筋肉の付き方が違ってくるでしょう。それが続くと、人類は2分化するように思えます。

御厨先生、公文書を残さない官僚の出発点

2018年6月3日   岡本全勝

5月27日の読売新聞1面コラム「地球を読む」は、御厨貴先生の「公文書文化の大革命期に」でした。
先生が研究を始められた時、明治や大正期の公文書を元に進められました。資料として残っていたのです。しかし、その後は、公文書がきちんと残らなかったのです。

・・・それは、敗戦と占領に由来する。1945年8月の敗戦は公文書にも未曾有の混乱をもたらした。「国家の崩壊」に至るプロセスを明らかにするために必要不可欠な公文書の多くが持ち出され葬り去られた。大蔵省や陸軍省、内務省などの有力官庁は、まさに鬼の来ぬ間に、すなわちまもなく到来する占領軍に押収される事態をなによりも恐れ、阻止せねばと考えた。従って、日本の戦争責任に関連すると覚しき公文書類を、すべて焼却に努めたのである・・・
・・・自らやってきたことをうやむやにし、公文書を軽視する姿勢はここに発した。そればかりか、連合国総司令部(GHQ)支配の下で官僚たちは、証拠を隠滅するくらいならいっそとばかりに、明治以来の公文書作成の伝統に逆らい、なるたけ証拠文献を残さず、あれこれ書かぬ習慣にしてしまった・・・

・・・とまれ現代史を追究する研究者にとって、官庁文書は無い無い尽くしだった。80年代末から私が官僚OBへの「オーラル・ヒストリー」を準備し始めたのも、文書なき世界を彼らの証言で少しでも明らかにするためであった・・・
・・・かくて平成の30年間は、官僚制の緩慢なる弱体化の進行と見合っていた。90年代のバブル経済と相次ぐ官僚制のスキャンダルめいたいくつかの事件が、それを象徴している・・・
・・・されば、ポスト平成期こそ、公文書文化にとって大革命の時代の到来でなくてはなるまい・・・

鋭い、そして厳しい指摘です。
官僚たちに、自らやっている仕事に自信があるなら、記録をきちんと残すはずです。それが成功した場合も、失敗に終わった場合も。政策案を提示し、それを実行する、そして成果について評価を待つ。それが官僚のあるべき姿でしょう。
ぜひ、全文をお読みください。

暑い6月

2018年6月3日   岡本全勝

6月になりました。今日の東京は快晴で、気温は30度近くまで上がりました。
午前中は、公園で孫と遊び(孫に遊んでもらい)、午後は運動不足を兼ねて、新宿まで5キロメートルの散歩。日陰は良いのですが、日向はきついです。
紀伊国屋で本を探し、帰りは歩く元気がなく、地下鉄で。
しかも、駅を降りて、ソフトクリームを食べてしまいました。おいしかったです。ダイエットには、なりませんね。

孫と植えた朝顔。先週、植え替えて、柱を立てました。キョーコさんが水やりをしてくれているので、順調に伸びています。

それにしても、プロ野球、楽天は残念です。肝冷斎は、体力の限りを尽くして、野球観戦に精進しているようです。