年別アーカイブ:2018年

結社が支える市民社会

2018年7月1日   岡本全勝

シュテファン=ルートヴィヒ・ ホフマン著『市民結社と民主主義 1750‐1914』( 2009年、岩波書店)。放ってあったのですが、大学の授業で非営利活動を話している際に、思い出し、山の中から探し出しました。

市民結社(アソシエーション、社交団体)が、19世紀欧米の市民社会そして民主主義を支えた点を分析しています。有名なところでは、トクヴィルの「アメリカの民主主義」です。アメリカやイギリスに限らず、驚くほどの社交団体が作られ、市民(といっても男性ですが)が参加したのです。
個人・家族と国家との間にある「中間集団」の役割は、もっと評価されるべきです。その反対が、孤独な群衆であり、アトム化です。コミュニティであれ、同好会であれ、宗教、学校、会社まで、人はさまざまな集団に帰属して、生活と精神の安心を得ます。

本書には、日本語の文献案内もついていて、価値があります。紹介されている「結社の社会史・全5巻」(2005~06年、山川出版)も買ってあるのですが。本の山に埋もれています。

ところで、NPO(非営利活動団体)に、何かよい名前はないかと考えています(日経新聞夕刊コラム第19回)。「結社」は一つの候補者です。漢字二文字です。ただし、政治結社や秘密結社という印象がついて回ること、なにやら古く感じることから、人口には膾炙しないでしょうか。

梅雨明け

2018年7月1日   岡本全勝

関東は、早々と梅雨が明け、真夏の日々が続いています。もっとも、梅雨明け宣言より前から、真夏の気候でした。東京は、もう1週間も、最高気温が30度を越えているそうです。
今年は、梅雨らしい雨を見ませんでしたね。梅雨がないと言われる北海道の方が、降ったのではないでしょうか。このホームページに載せるべく、梅雨の話題を書いて準備していたのですが、載せる機会を失しました。
鉢植えの朝顔は、どんどんと蔓を伸ばしています。かんかん照りなので、毎日の水やりが不可欠です。

皆さん、この暑さでも、お元気でしょうか。冷房がないと、きついですよね。
私は、この週末は冷房をかけて、大学授業の準備と読書と、ごろごろと。夕方に勇気を出して、新宿まで散歩。ビールをおいしくするためです。笑い。

日経新聞夕刊コラム終了

2018年6月30日   岡本全勝

日経新聞夕刊コラム連載が、終了しました。全部で25回でした。
お読みいただいた方々に、お礼申し上げます。読まれた感想は、どうだったでしょうか。

(元)官僚という立場ゆえ、何かと制約はあります。でも、私は楽しく書かせてもらいました。行政の話ばかりでは、面白くないですよね。これまで考えていたこと、経験したことの中から、紙面にふさわしい主題を選びました。話題はたくさんあって、選ぶのに苦労しました。知人から「××については、書かないのか」という催促もありました。
「けっこう、好きなこと書いているじゃないですか」「官僚として、ギリギリのところを書いていますね」といった感想も寄せられました。ある人からは「新聞、それも一面に嫁さんの名前を書いて、ヨイショするとは」と、あきれられました(苦笑)。

25回は、次のように分類できます。
大震災関係 1、2、3、10回
官僚経験 4、5、6、8、9、14、15、22、23回
行政論 11、16、17、18、19回
私生活 7、12、13、20、21、24、25回

喜多・日経新聞会長から「途中で息切れしないように」との助言をもらっていたので、連載を始める前に、粗々の全体構想を考えました。
大震災の厳しい話、やや専門的な官僚論、高円寺のカエルと、固いものから柔らかいものまで混ざっていましたが、計算の上なのです。
話は具体的になるように、必ず私の経験を書き込んだので、「自慢話」ようになったものもあります。全回を通しての主題を、「官僚の生態学」「官僚が考えていること」としたので、どうしてもそのようになります。御理解ください。

締めきりに追われるのは、精神衛生上良くないので、原稿は十分な余裕を持って提出しました。
苦労といえば、決められた字数に納めることでした。でも、字数制限なしで長々と書くより、わかりやすい切れ味のよい文章になったと思います。
厳しい指摘と適切な助言をくださった編集者のSさんと、鋭い指摘をしてくださった校閲の方に、あらためてお礼を申し上げます。

新聞のコラムの連載は、かつて書いたことがあります。鹿児島県財政課長の時、地元の南日本新聞夕刊に、3か月間、10回書きました。 昭和63年、33歳の時です。若かったですね。もう30年も前のことです。このときも、親しい新聞記者さんに意見を聞き、加筆して活字にしてもらいました。

終わってしまうと、あっという間でした。また、このようなコラムを書く機会があれば、うれしいですね。
半年間、お付き合いいただき、ありがとうございました

現場を経験した強み、日揮・石塚社長

2018年6月30日   岡本全勝

6月28日の日経新聞夕刊「私のリーダー論」は、石塚忠・日揮社長の「リスクは心の中にある」でした。

「日揮は大規模プラントを設計から工事まで一括で請け負うEPCと呼ぶ事業が主力です。これはリスク管理がすべてといってもいい。固定価格契約ですから、約束した期限で、予算内に仕上げないといけません。赤字が出たということは、リスクが顕在化したということです。リスク管理って一言でいうと簡単に聞こえますが、関係者の気持ちなんかも含めて、色々な要素が複合しています。昔から『リスクの中心に身を置け』と社内で言ってきましたが、もう一度そのカルチャーを根付かせる必要がありました」

「現場で何か問題があったとき、2週間たっても問題の本質を見抜けない人と、2~3日行って、少し話してパッとわかる人の2つのタイプがあります。自慢じゃないけど私は後者(笑)。装置の内容、作業量、工程を見ると、現場を見なくてもこの時点でこうなっているはずだというイメージが頭の中に浮かびます。仕事の内容から、このレベルのエンジニアが設計に従事していないと難しいとか、協力会社の能力はこのくらいないとできないといった自分なりのベンチマークも持っている。現場を自分の目で見て話を聞き、ベンチマークとの差を見つけることで、短時間で問題点を把握できるわけです」

「コストや技術的な問題もありますが、リスクは往々にして関係者の心の中に起因します。例えば、応援を要請して人を動員したのになかなかうまくいかない。実は応援に来た人は『私は応援ですから』と思っていて主体性がなかったということもあります。それなら人を増やしてもうまくいかない。関係者の心の中も含めて解決していかないと本当の解決にはなりません」
「こうしたリスクを見抜く嗅覚を身に付けるには、やはり経験が大きいですが、私は自分の専門である機械工学以外に、設計や化学、業界の動きなどについても好奇心の塊で興味を持ってきました。それがプラスになっていると思います。経験すること、そして人とよく話すことが大事です」

「形骸化でいうと、毎年、社長が今年の運営方針を作ってきたのですが、たいてい美辞麗句を並べ、どこかのビジネススクールから出てきたようなカタカナ言葉を使って、10ページぐらいの文書になります。でも、それを会議で説明した1週間後にはみな内容を忘れている。ある会議で役員に『去年の会社の運営方針は何だったっけ』と順番に聞いていくと、誰一人答えられませんでした。大事なのは有言実行でやる項目を簡潔に書くことです」
「私も就任後に社長の運営方針を作ってほしいと頼まれましたが、嫌だと言いました。そういう形骸化したものが一番嫌いだから。でもやっぱりそれでは運営上まずいということで、作ることにしたけれども、紙は1枚。そして言ったことは必ずやるし、やらせる。各事業本部もたくさん書いていたけど1枚にさせました」

原文をお読みください。石塚社長とは、先日、相馬のLNG基地竣工式でご挨拶しました。

慶應大学、公共政策論第11回目

2018年6月29日   岡本全勝

公共政策論も、第11回目。政府の役割に入りました。
まずは、これまでの政府が果たした役割と、条件が変わったことについてです。
戦後日本の経済社会の発展と、バブル後の停滞について、数字やグラフで説明しました。わかりやすいグラフを示したので、高度経済成長を経験していない学生にも、理解しやすかったと思います。それに加えて、私自身の体験を交えました。

戦後の日本は、経済発展に成功しました。キャッチアップ型の経済発展です。安くて勤勉な労働力と、先進国に学んだ最新鋭の技術とによってです。政府・自治体は、潤沢な税収で、サービスやインフラを作ることに邁進しました。そして、それに成功しました。
しかし、右肩上がりの時代は終わり、経済は長期停滞し、人口の減少と高齢化が進んでいます。バブルがはじけて25年以上たち、人口が減り始めて10年になります。社会が大きく変わり、政府の目標や役割が変わりました。ところが、いまだに「昭和の発想」にとらわれている人が多いようです。

平成10年代を境に、新入社員・公務員が変わったという人が多いです。その背景は、この日本の経済社会の変化だと、私は思います。
バブル崩壊が平成3年。平成10年代に社会人となった人たちは、日本経済が発展した時代を知らないのです。それまでに入った人たちは、いわば「昭和の人たち」です。
そうすると、私などが、日本社会や政治、経済を話す際に、戦後から始めることは、もう古いのでしょう。平成から始めても、30年の長さがあるのですから。