大雪

昨日22日夕方から、東京は大雪だったようです。20センチも積もったとか。交通などに、大きな障害が出ました。
福島市内も雪で、朝には30センチ近く積もっていました。バスはチェーンを付けて走っています。道路も歩道も除雪され、平常の生活です。みなさん、靴もブーツなど雪道用を履いておられます。雪に慣れている北国と、慣れていない地域との違いですね。
しかし、問題はこれからです。今日の昼に溶け始めた雪がシャーベット状になり、明日朝には凍り付きます。新雪より、歩きにくいです。
皆さんも、気をつけてください。

福島の現状、英語での発信

原発事故からの復興の現状を、海外の人に知ってもらうことも重要です。環境省が、良い番組をつくって、海外に発信しています。

海外テレビ番組」「Fukushima Today」
1  外国人学生が見た福島
2 若い力で地域に活力を
3 ロボットで地域復興
4 物理学者 早野龍五と福島の6年

環境省のホームページ 「Environmental Remediation

日本語は縦書き

1月18日の朝日新聞文化欄、石川九楊さんの「縦書きを失えば文化の危機」から。
・・・パソコンの普及で憂慮するのは、縦書きが廃れていくことです。縦書きの連続筆記体として誕生した「ひらがな」は本来、一文字ずつ切り離して書くようにはできていません。「あ め が ふ る」と「あめ が ふる」を比べてください。前者が生硬なのは一目瞭然でしょう。
英文の筆記体を縦に書くことができないように、ひらがなや漢字かな交じり文を横に書くことは無理がある。縦書きを失うと、日本人の思考にもぎこちなさが生じます。
文化は言葉や文字と共にあります。漢字を中心とした縦書きの東アジアと横書きの西洋の言葉は根本が違う。日本の近代化の過程で、それらを同じと勘違いしたことが今の文化的危機を招きました。
声の西欧語は音楽を、文学の東アジア語は書を発達させた。書は東アジアの基幹芸術なのです・・・

と、このページでは横書きで引用していますが、原文は縦書きです。
これに関連して、日本語ワープロソフトを思い出しました。私は「一太郎」を使っています。「ワード」より使いやすいのです。ところが、ワードとの競争に負けて、多くの人や職場が「ワード」を使っています。「一太郎」で原稿を送ると、「開けないので、送り直してください」と返事が来ることがあります。
かつて、文筆を生業にしている人の多くが、一太郎を使っていると、聞いたことがあります。日本語を書いていると、一太郎の方が使いやすいのです。その後、なぜなのかを考えていました。結論は、一太郎は縦書き仕様で、ワードは横書き仕様だということです。
例えば、次のページに移る際に、一太郎は画面を右から左へ開いていきます。ワードは、下へ開いていきます。縦書きで、1ページ目の最後の行と、2ページ目の最初の行を見るときに、ワードだと1ページごと画面が移るので、続けて見ることができないのです。
他方、一太郎は、横書きの場合はページを下へと開いてくれるので、続けて見ることができます。
日本の会社が日本語向けに作った一太郎と、アメリカの会社が作ったワードとの違いだと思います。

マキャヴェッリ著『ローマ史論』

マキャヴェッリ著、永井三明訳『ディスコルシ ローマ史論』(2011年、ちくま学芸文庫)を読み終えました。文庫本ですが、700ページを越える大部なものです。寝る前の布団の中で、2週間かかりました。
マキャヴェッリは「君主論」が有名ですが、この「ローマ史論」も有名です。「君主論」が君主制を期待するものに対して、「ローマ史論」は共和制を期待しています。戦争論も含まれていますが。多分、分厚すぎて、君主論ほどには引用されないのでしょう。
古代ローマを基に、共和制を維持し腐敗させないための方法を論じています。それは、放っておくと衆愚政治になる民主政を善きものに保つために、現代にあってもそれなりに有用です。

以前から読みたいと思っていたのですが、ようやく達成できました。しかし、2週間もかけて読んでいると、最初の方では何が書いてあったのか忘れてしまいます。
「こんな分厚いものを、よく製本できたなあ」と感心します。3分割しても、1冊は200ページを越え、十分な厚さになると思うのですが。もっとも、文庫本だから、寝転がって気楽に読むことが出来たので、これが大きなハードカバーの書籍だったら、読めなかったでしょうね。