連載を振り返って4

体験談を文章にするのは難しい

なぜ、これまでこのような本がなかったか。
連載で書いたことは、学問的研究で発見されるような「大それたこと」ではありません(研究の対象になるとは思いますが)。そして、学者や研究者は、職場での経験をしていません。経験談は書けないのです。

経験者なら書けるか。そうでもないのです。
先輩も、見よう見まねで身につけたので、理屈としては理解していません。体験談として具体事例は語ることができるのですが、それを普遍化して文章にするのは、意外と難しいです。だから、飲み屋で後輩たちに体験談を語ることはできても、研修所で話すとなると、何をしゃべったらよいか苦労するのです。

私もすべての職場、すべての場面を経験したわけではありません。しかし、多くの公務員より、幅広くまた難しい仕事を経験しました。
一つは、県庁と中央省庁で、さまざまな職場を経験することができました。そして、平職員から課長、そして総務部長や事務次官まで経験しました。
もう一つは、その過程で、むつかしい事案も経験しました。よい上司とともにそりの合わない上司に仕え、素晴らしい部下と困った部下を持ちました。自らも仕事に悩み、悩む職員を見てきました。
この世界で、他の人より少し広い経験をした私が、書いて伝える価値はあるだろうと思ったのです。

また、山登りに例えてみます。
もし、頂上までのまっすぐな一本道があったとして、それを登った場合。あるいは、ロープウェイで頂上まで運んでもらったとしたら。それでは、いろんな登山道を上る人たちの苦労は分からないでしょう。いろんな道を歩き、迷ったり、苦労したことが、後輩たちに助言をできる蓄積になりました。