失敗ではなく、次にやること

1月5日の日経新聞「交遊抄」、村上善則・東京大学医科学研究所所長の言葉から。
留学先のアメリカ、ソルトレークシティーとユタ大学は、パイオニア精神に満ちていました。レイ・ホワイト教授も、まさにパイオニア精神を体現する人。活力にあふれ研究も常に前向きでした。
・・・私がある巨大プロジェクトの研究発表者に選ばれたときの練習でも、彼の指導は前向きだった。私が正直に「残念ながら遺伝子を特定できませんでした」と話すと「そうじゃない。『次にやることは遺伝子の特定です』と言うんだ」。目を開かれた思いがした・・・
・・・研究は新しい問いを見つけ、挑戦することに醍醐味がある・・私のパソコンの画面には最も目立つところに「次にやること」のフォルダがある。問いと挑戦は尽きない・・・

キッシンジャー著『国際秩序』

キッシンジャー著『国際秩序』(2016年、日本経済新聞出版社)を、お勧めします。
第2次大戦後の国際秩序が揺らいでいます。それは、主権国家による調整であり、戦争を回避し、貿易の自由化を進めるというものでした。米ソ対立を抱えつつ、いくつもの地域紛争を引き起こしましたが、これまでの時代に比べ比較的安定した時代を持つことができました。主要国家間では、大きな戦争はなかったのです。
キッシンジャー博士は、現在の世界秩序の基礎を、1648年のウエストファリア体制に求めます。ここで、国際関係が、主権国家を単位に行われることが確立したのです。ナポレオン、ヒットラー、ソ連共産主義などがこの秩序に挑戦しましたが、結局、この体制に戻っています。
正義や信仰を問うことなく、主権国家間の均衡を保つ=秩序を維持する。それがウエストファリア体制のミソです。戦争や条約、国際機関などの取り決めも、主権国家が単位になっています。従わない国は、アメリカを中心とした国々が「制裁」を加えたのです。そして、WTOなどの国際取り決めやEUは、主権国家の権限をさらに国際機関に委ねる方向に進んでいました。

国際社会は、力で解決する「戦国時代の日本のような状態」から、「武力統一された統治」へと進んでいると思われていました。しかし、宗教や民族の対立抗争が激しくなり、テロも激化しています。アメリカを中心とした国家による「警察行為」「抑制」が、利かなくなっています。そもそも、国内を統治できていない(刀狩りが終わっていない)国家・地域もたくさんあります。よく見ると、「安定した国際秩序」ではなく、「覆い隠されていた不安定な国際関係」だったのです。現在の世界秩序が不変のものではないこと、世界政府へ単線的に進まないことが見えただけなく、それどころか不安定になり、どのような秩序・世界関係が生まれるのか不明なのです。
本書は、世界を鳥瞰し、不安定要因を分析しています。ロシア、イスラム、イラン、中東、中国、そしてアメリカの引きこもり、核・テロ・サイバー。さすが、キッシンジャー博士の著です。1923年生まれ、90歳を超えてこれだけの本を書かれるのですね。
私は高校生でしたが、米中国交回復をお膳立てされたことに、感銘を受けました。どうしたらそのような発想ができ、大統領の信頼を得ながら秘密交渉ができるのか。著書の『外交』も名著です。世界の歴史が神様が作るものでもなく、自然と流れでできるものでもなく、人間が作るものだと考えさせられます。

残念なのは、翻訳におやっ?と思う「日本語として通じないか所」があることです。原書に当たれば、すぐに分かることなのですが。ほかの本を読むのが忙しく・・・。

二つの三菱

12月25日の読売新聞解説欄に、知野恵子企画委員による、宮永俊一・三菱重工業社長へのインタビューが載っていました。「自社批判、客船大赤字もう造れない」です。
・・・えっ・・・。日本を代表するモノ作り企業・三菱重工業の記者会見で私は仰天した。2400億円もの大赤字を出した欧州向け大型客船事業。その背景には、自社の恥ずべき古い体質がある、と社長自ら語ったからだ・・・
以下社長の発言です。
・・・造船は祖業であり、130年以上にわたって様々な船を造ってきた。なのにほかの事業で構造改革が進んでいなければ、会社が傾いてしまうほどの損失を出した。時代とともに客のニーズが変化していることを理解できなかったためだ。
今回赤字を出した欧州向け大型客船は、12年前に英国に納入したものと寸法的にはほぼ同じだった。しかし、求められるものが、様変わりしていた・・・
・・・三菱重工は、国内に複数の造船所や製作所がある。それぞれに独立性がかなり強い。自分たちだけでやろうという「自前主義」が幅をきかせている。特に今回の大型客船を建造した長崎造船所は、発祥の地であり、プライドも高い。他人に聞くのを恥とする風土がある・・・
「社長がここまであからさまに自社の問題点を話すのは珍しい。なぜ外で社員を批判するのですか」との問に。
・・・失敗した理由は、外にも中にも正直に言うべきだろう。記者会見で話してしまうとわかったら、社内の他部門も「同じような失敗をすると、社長はまた外でしゃべっちゃうな。気をつけよう」と思うわけだ・・・

12月26日朝日新聞経済欄、カイシャの進化は「三菱電機」でした。
・・・23人の執行役(役員)の報酬が1億円を超えた。それも2014、15年度と2年連続で。社長に至っては2億円を超える。
そんな大盤振る舞いをするのは三菱電機だ・・・だが、1990年代後半から今世紀初頭にかけて経営は傾いた。なぜ再生し、躍進したのか―。
98年1月末、三菱電機の取締役会。普段めったに発言しない伊夫伎一雄監査役(元三菱銀行頭取)が声を荒らげた。「来年度どうするか決められないようじゃ、許されないよ」。三菱グループの重鎮の一声にその場は静まりかえった。「ガチャン」。伊夫伎氏は茶わんにふたをたたきつけ、無言で退席。他の役員はその光景に息をのんだ・・・
・・・次いで社長に就いたのは傍流の防衛・宇宙部門出身の谷口一郎氏だった。谷口氏は就任早々「もうからないものはやめる」と宣言。事業を「拡大」「縮小」「現状維持」にわけた。まずパソコンから撤退し、さらに大容量電動機部門を東芝との合弁会社に移管して切り離した。
いったん持ち直した業績はITバブル崩壊後の2001年、再び暗転。半導体部門トップだった長澤紘一氏は、半導体を手がけることに限界を感じていた。「設備投資が年間1千億円規模になり、それを捻出するのに社内で1年もの議論をしなければならなくなった」。意思決定のスピード感、資金力の両面で米マイクロンや韓国のサムスン電子などライバルにかなわない。「半導体を切り離せば会社は良くなる」。役員会でそう一席ぶった・・・

自らが率いる部門から撤退することは、なかなか言えることではありません。原文をお読みください。

西欧の移民労働者、日本の非正規労働者

古くなりましたが、12月22日の朝日新聞オピニオン欄の論壇時評、小熊英二さん「昭和の社会と訣別を」から。
・・・ポピュリズムの支持者は誰か。遠藤乾はEU離脱支持が多い英国の町を訪ねた。そこでは移民の急増で病院予約がとれず、公営住宅が不足し、学級崩壊も起きている。「英国のアイデンティティ」の危機を感じる人も多い。
だがこの論考で私の目を引いたのは、現地の女性が発したという以下の言葉だった。「彼ら移民は最低賃金の時給七ポンド弱(約九百六十円)で休日も働き残業もいとわない。英国人にはもうこんなことはできないでしょ?」
私はこれを読んで、こう思った。それなら、日本に移民は必要ないだろう。最低賃金以下で休日出勤も残業もいとわない本国人が、大勢いるのだから。
西欧で移民が働いている職場は、飲食や建設などだ。これらは日本では、(外国人や女性を含む)非正規労働者が多い職場である。西欧では移民が担っている低賃金の職を、日本では非正規や中小企業の労働者が担っているのだ・・・

次のような指摘もあります。
・・・それでは、英国でEU離脱を支持した層は、日本ならどの層だろうか。日本の「非正規」が英国の移民にあたるなら、それは「非正規」ではないはずだ。先月も言及したが、大阪市長だった橋下徹の支持者は、むしろ管理職や正社員が多い。低所得の非正規労働者に橋下支持が多いというのは俗説にすぎない。
米大統領選でも、トランプ票は中以上の所得層に多い。つまり低所得層(米国ならマイノリティー、西欧なら移民、日本なら「非正規」が多い部分)は右派ポピュリズムの攻撃対象であって、支持者は少ない。支持者は、低所得層の増大に危機感を抱く中間層に多いのだ。
では、何が中間層を右派ポピュリズムに走らせるのか。それは、旧来の生活様式を維持できなくなる恐怖である。それが「昔ながらの自国のアイデンティティー」を防衛する志向をもたらすのだ。
ファリード・ザカリアは、EU離脱やトランプを支持した有権者の動機は「経済的理由ではなく文化要因」だったと指摘する。移民増加や中絶容認などを嫌い、英国や米国のアイデンティティーの危機を感じたことが動機だというのだ。確かにその背景は、雇用の悪化で生活の変化を強いられたことではある。だがそれは、「古き良き生活」と観念的に結びついた国家アイデンティティーの防衛という文化的な形で表出するのだ・・・

平成29年元日

明けましておめでとうございます。皆さん、良いお年をお迎えのことと存じます。東京は天気も良く、穏やかなお正月です。
知人が送ってきてくれた、今朝の富士山です。きれいなものですね。ありがとうございます。
その1 横浜市から

 

 

 

 
その2 富士宮市から

私は、今日が誕生日、62歳になりました。月日が経つのは早いですねえ。健康で仕事ができることを、喜びましょう。
今年は4月から、大学での講義も持つ予定です。冬休みは、その準備にいそしんでいます。しかも春学期は2コマです。1つは地方自治論、もう1つは公共政策論です。久しぶりの講義なので、準備が大変です。講義計画はできたので、各回の内容の準備を進めます。
連載「明るい公務員講座」を抱えつつ、講義の準備をするのはきついので、そろそろ連載を完結したいのですが。
今年1年が、皆さんにとって良い年でありますように。