古くなりましたが、12月22日の朝日新聞オピニオン欄の論壇時評、小熊英二さん「昭和の社会と訣別を」から。
・・・ポピュリズムの支持者は誰か。遠藤乾はEU離脱支持が多い英国の町を訪ねた。そこでは移民の急増で病院予約がとれず、公営住宅が不足し、学級崩壊も起きている。「英国のアイデンティティ」の危機を感じる人も多い。
だがこの論考で私の目を引いたのは、現地の女性が発したという以下の言葉だった。「彼ら移民は最低賃金の時給七ポンド弱(約九百六十円)で休日も働き残業もいとわない。英国人にはもうこんなことはできないでしょ?」
私はこれを読んで、こう思った。それなら、日本に移民は必要ないだろう。最低賃金以下で休日出勤も残業もいとわない本国人が、大勢いるのだから。
西欧で移民が働いている職場は、飲食や建設などだ。これらは日本では、(外国人や女性を含む)非正規労働者が多い職場である。西欧では移民が担っている低賃金の職を、日本では非正規や中小企業の労働者が担っているのだ・・・
次のような指摘もあります。
・・・それでは、英国でEU離脱を支持した層は、日本ならどの層だろうか。日本の「非正規」が英国の移民にあたるなら、それは「非正規」ではないはずだ。先月も言及したが、大阪市長だった橋下徹の支持者は、むしろ管理職や正社員が多い。低所得の非正規労働者に橋下支持が多いというのは俗説にすぎない。
米大統領選でも、トランプ票は中以上の所得層に多い。つまり低所得層(米国ならマイノリティー、西欧なら移民、日本なら「非正規」が多い部分)は右派ポピュリズムの攻撃対象であって、支持者は少ない。支持者は、低所得層の増大に危機感を抱く中間層に多いのだ。
では、何が中間層を右派ポピュリズムに走らせるのか。それは、旧来の生活様式を維持できなくなる恐怖である。それが「昔ながらの自国のアイデンティティー」を防衛する志向をもたらすのだ。
ファリード・ザカリアは、EU離脱やトランプを支持した有権者の動機は「経済的理由ではなく文化要因」だったと指摘する。移民増加や中絶容認などを嫌い、英国や米国のアイデンティティーの危機を感じたことが動機だというのだ。確かにその背景は、雇用の悪化で生活の変化を強いられたことではある。だがそれは、「古き良き生活」と観念的に結びついた国家アイデンティティーの防衛という文化的な形で表出するのだ・・・