先日、その一部を紹介しましたが、中山茂著『パラダイムと科学革命の歴史』(2013年、講談社学術文庫)が勉強になりました。科学の進化には、通常科学と科学革命があること。すなわち、社会の常識となっている自然の見方(パラダイム)を科学革命が壊し、新しいパラダイムを設定します。コペルニクスであり、ニュートンであり、アインシュタインです。そして、その後の科学者は、そのパラダイムの下で、それを精緻化する作業(通常科学)をします。そして、次の科学革命が起き…と繰り返されます。
そのほか、どのような要素が、科学の進化に影響を与えたかが、社会学的に分析されています。中国官僚制(科挙)と紙と印刷技術が、学問を固定化し訓詁の学を生んだこと。それらがなかった、あるいは遅れたイスラムと西洋では、話すことで学問が進んだことなど。なるほどね。
17世紀以降の科学の進化と、学会の役割、大学の機能、大学院の機能。これらが、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカの順に、それぞれが置かれた歴史、社会的背景から勃興してきたこと。それらを19世紀に「輸入」した日本の場合。その輸入学問の効率性と限界が指摘されています。
科学や学問の進化が、それを生みだす社会とどのような関係にあるのか。大学や大学院の機能と限界、日本の学問の限界などが、わかりやすく解説されています。これまで断片的に知っていたこと、何となく考えていたことが、理路整然と説明されています。随所で、なるほどと思います。社会学、歴史として、とても面白い本です。文庫本で読みやすく、お勧めです。基となった本は、1974年に出ています。もっと早く読めば良かったです。反省。
月別アーカイブ: 2016年7月
コミュニティ再建、石巻市の挑戦
津波被害を受けた地域では、集団移転などで、新しい街並みがつくられます。しかし、住宅と道路を造っただけでは、「まち」はできません。コミュニティ、住民のつながりが必要です。
石巻市新蛇田地区は、今回の復興で造られる最も大きな規模の団地の一つです。町内会をつくる試みが行われています(河北新報ニュース)。お隣の東松島市の東矢本駅北地区では、街並みをつくる前に、1年間に130回もの住民の話し合いが持たれました。全員が集まったのではなく、部門ごとにですが。市内6か所の仮設住宅に分かれて住んでいた住民たちが集まったのは、夜、市役所の会議室です。
自治会を、市役所がつくるわけにはいきません。住民たちがつくり、かつ継続させる必要があります。これは、なかなか難しい「行政課題」です。
復興庁は何を変えたか
季刊『行政管理研究』2016年6月号(行政管理研究センター)に、寺迫剛さんが、「東日本大震災から熊本地震へー復興・創生期間1年目の復興庁」を書いてくださいました。
復興庁が大震災からの復興に際し、新たに取り組んだことを、適確に整理してあります。「セクター間協働の拡大」を横軸とし、「政策範囲の拡大」を縦軸とする図を示し、次のように書かれています。
「・・・復興庁の新たな取り組みは、行政単独ではなく他セクターのアクターと協働し(横軸方向)、インフラ復旧だけではなくコミュニティ再建等の人々の暮らしの再生(縦軸方向)にも拡大している。ここで指摘しておくべきこととして、図の縦軸方向と横軸方向それぞれへ拡大は不可分の関係にあったということである。なぜなら、図の横軸で示したとおり、官共私三元論を標榜してNGO 等の非営利セクターや私企業との協働関係を構築・拡大したからこそ、コミュニティに暮らす人々との信頼関係を築き、事業者の視点に立った産業再生支援の枠組みを構築できたからである・・・」
また、別図では、この新型行政が被災地に限らず、地域振興策として全国へと拡大展開することが、示されています。
行政研究者が見た、復興庁の新たな取り組みの分析と評価です。ご関心ある方は、お読みください。
小説は読まない。たまった本の処理
小説は、めったに読みません。というより、そんな時間がないのです。時間があれば、ほかのことに使いたい。それに、小説より現実の方がもっと複雑で、奇々怪々で、奥深いのです。小説のように、単純明快には行かないのです。登場人物も、もっと多いです。困ったことも多いです。
といいつつ、エリス・ピーターズの推理小説「修道士カドフェル」シリーズを、4冊ほど読みました。あるところで紹介されていたのと、中世イングランドが舞台なので、興味を持ちました。読み始めると、結構引き込まれますね。推理小説なので筋書きが重要ですが、修道院の情景や夕方の空の描写、若い二人の心の表現など、著者の繊細さも魅力です。もっとも、私はそのようなところはほとんど読み飛ばして、先を追ってしまいます。まだまだ続編を読みたいのですが、ほかの本を読めないので、ひとまず中断します。
1冊目は買ったのですが、2冊目からは図書館で借りました。文庫本なので安いのですが、書斎の本をこれ以上増やしたくないので。「本は図書館で借りて読む」という友人が何人かいます。それぞれけっこうな読書家なのですが、置く場所がないというのが理由です。
別の友人は、退職を機に、本と資料を職場から引き取るため、家の近くにアパートを借りたそうです。うらやましいと思いつつ、我が身を振り返ると、「たぶんその本と資料は、2度と目を通さないだろうなあ」と冷静に想像しました(失礼)。それら資料を基に原稿を書くなら、使うのでしょうが。お互い本好き、捨てられない性分の短所です。
忙しいことは良いことだ
今週も、忙しい1週間が終わりました。4日しかなかったのに、へとへとです。ところで、昼も忙しいのですが、夜がいけません。さまざまなお誘いの上に、かつての同僚や部下が、「慰労会をしましょう」と声をかけてくれます。「当分埋まっているから駄目や」と返事したら、ある元部下から、次のような返事が来ました。
「了解いたしました。お忙しそうで、安心いたしました。笑」と。私が暇にしている姿を、想像できないそうです。「こら!」