土曜日曜と2日間もお休みをいただき、月曜火曜と出張しました。今朝水曜日の朝は、ふだんよりさらに早く出勤。予想されたように机に積まれた書類やたまっている電子メールの処理に、いそしみました。100通以上のメールや積まれた書類を、まずは、読んだらすむもの、直ちに返事するもの、後で処理するものに分類。8時半になったら、昨日旅先から携帯メールで指示しておいた案件を、職員が持ってきてくれて、それを処理。あとは、職員の波状攻撃を順次撃退。
夕方は、仕方なく節を曲げて、会議+議論を延長。17:45で切り上げたら、待ち受けている職員の攻撃に遭い、これを撃退。中には、「明日、新幹線の中で読んでおいてください」という合理的な参事官も。18時には、意見交換会の会場に急ぎました。お店に18:30に着いたら、ご主人が「いつも早い岡本さんが来られないので、職場に電話しました」と。ご心配かけました(笑い)。
明日は会津若松市へ出張、金曜日は職場に出て、土曜日はまた出張です。いつの間にか、9月が終わりました。今年もあと3か月、今年度はあと半分です。
年別アーカイブ:2015年
岩手県被災地視察、急速に進む工事
昨日9月28日と今日29日と、岩手県沿岸部を視察してきました。春に行って以来、ほぼ半年ぶりです。事務次官になると、なかなか機会を持てなくて。
各市町村とも、工事が急速に進んでいます。昨年からでしょうか、目に見えて工事が進み始めたのは。それまでは、計画作り、住民合意の取り付け、用地の買収に時間がかかり、工事に着手できたところが少なかったのです。それらの準備が進んだので、一気に工事が進み始めたのです。市町村長さんたちの顔も明るいです。すなわち、これまでは、公営住宅が単体でできたくらいでした。それが、高台移転や土地のかさ上げなど、まちづくりが、面として進んでいます。山田町織笠地区の高台の宅地には、どんどん新しい家が建ち始めています。宮古市田老地区の高台移転も、山を切り崩す大工事が終わり宅地ができあがっていました。今年の大晦日は、自宅でNHKを見てもらえるおうちも増えそうです。
陸前高田市の高田地区、大船渡市の駅前地区、釜石市の鵜住居地区、大槌町の町方地区、山田町の駅前地区など、津波で町が流されたところも、かさ上げが進んでいます。釜石市の中心のイオンのショッピングセンターの周囲も、広場や大型施設の建設が進み、町の顔が一新されています。来年春になれば、さらに工事が進んでいるでしょう。今年と来年が工事のピークです。この項、続く。
秋の良い日
秋の良い日が続いています。雨の地方もあるようですが、行楽日和です。ご近所の庭で彼岸花が咲き、キンモクセイは甘いにおいを運んでいます。
小生は自宅で、原稿との格闘+時々孫のお守りです。先日ある人から、「最近は、休日出勤はしないのですか」と、聞かれました。はい、仕事も落ち着いてきて、事務次官が休日出勤することは、ほぼなくなりました。イベントでの出番はあります。原稿は2本抱えていて、あっちを少々書いては、こっちを少々と、非効率なことをしています。ある節をほぼ書き上げたと思ったら、入れ忘れていた項目を思い出し、加筆。すると、前後の文章の流れが悪くなって、構成をやり直しとか。一進一退を繰り返しています。
沖縄では、台風が近づいているようです。ご注意を。
霞が関の始まりは遅い
霞が関では、クールビズは続いているのですが、8月末でゆう活が終わりました。職員の多くは、また9時半始まりに勤務時間を戻したそうです。私は、前から8時半始まりにしてあるので、ゆう活もその後も変更無し。実際には、8時過ぎに入って、自分の時間を確保しています。
困るのは、放課後です。私は17:15に退庁するのですが、異業種交流会の開始時間が、遅いのです。私は、17:45とか18:00開始が良いのですが、参加する公務員が18:30でも無理だと抵抗します。彼らは、18:15まで勤務時間なのです。「年休余っているんだから、時間休を取りなさい」と勧めるのですが、夕方に仕事をしたい職員が多くて困ります。で、何があっても、私は8時半までには、会合を退席します。早寝早起き元気なよい子。かつて「夜の2時までに帰る奴は男じゃない」と言っていたとか、日付変更線まで飲むのが習慣だったとは思えません。何をしていたのでしょうか。反省。
電車の混み方がひどくて、9時半始まりが良いという職員もいます。でも、大臣は火曜と金曜日に8時や8時半の閣議に出席されるのに、幹部の多くが9時半始まりとはいかがなものですかね。
皆保険50年
昭和36年(1961年)に、国民健康保険ができ、国民皆保険が達成されました。それから半世紀になります。9月24日の朝日新聞は、それを記念したシンポジウムを特集していました。興味深い点を紹介します。詳しくは、原文をお読み下さい。
ファインバーグ米国医学研究所理事長の発言から。
・・日本は、保健分野で世界最高の成功を成し遂げた国の一つだ。中程度のコストでこれだけのことを実現できたこの国から学びたい・・
より質の高い健康を実現するには、効率的なシステムをつくらねばならない・・課題は様々だ。公的負担と私的負担のバランスをどうとるか。看護師や薬剤師といった専門職の役割分担をどうするか。最も効率の良い組織をつくるにはどうした良いか、医療の質をどう維持するか。システムを継続していくにはコストをどう抑えていくかなどがあげられる・・
日本は、皆保険を世界に先駆けて達成し、維持してきた。今度は21世紀型の保健改革をどう遂げていけるか。どのような選択をとり、どういった行動をとるのか、見せていただきたい。
池上直己教授の発言から。
医療の抜本改革と言われるが、日本は抜本改革をしたこはなく、漸進的調整を繰り返してきた。皆保険達成の第1期は健康保険法が成立した1922年から敗戦まで。社会保険が設立された目的は、社会主義運動の阻止と、国力増強のための労働者の健康増進だった・・国民の保健加入率は、戦争中の43年に70%までいっていた。次は戦後期。敗戦後、福祉国家の構築が目標になった・・61年に最後の市町村に国民健康保険が設立され、漸進的なアプローチによってついに皆保険が達成された・・
ところが、その後、人口の高齢化が進み、医療費に占める高齢者の割合がそれを上回って増加した。2005年には高齢者は人口で20%だが医療費の半分を占め、25年には人口で30%になるが、医療費においては3分の2にもなる。そうなると漸進的調整の限界が生じる。社会保険の主要な機能はリスクの分散、つまり加入者が病気になった時の備えから、若年者が高齢者の医療費を賄うメカニズムに移行してきている・・
ホートン英医学誌ランセット編集長の発言から。
・・今回、ランセット誌がなぜ日本に来たのか。日本が直面する問題は、他の先進国が近い将来、向き合う問題でもあるからだ。私は、日本はグローバルヘルス(国際的な健康問題)のバロメーターだと思う。肥満や糖尿病、精神病などの問題に、コストを上げず質を保ちながらどう対処していくか。他の国も多くのことを学ぶことができる。
一方で、保健システムの進化は国内だけの問題ではない・・また、他の国からあまり評価はされていないが、日本のグローバルヘルスへの貢献度は高い。教育や研究開発のレベルはトップクラスだ。壊れかけたグローバルヘルスへどう貢献していくか注目される・・