年別アーカイブ:2015年

明るい公務員講座、2

2015年11月18日   岡本全勝

『地方行政』連載、「明るい公務員講座」第2回11月16日「仕事で悩んだとき」が発行されました。今回の内容は、次の通り。
一人で悩むな、抱えるな。相談に乗ってもらったら、安心した。メンターを持とう。山よりでっかい獅子は出ん。

未来から来た?

2015年11月17日   岡本全勝

今日、職員が、「次官は、未来から来たのですか」と、笑いながら聞いてきました。「なんで?」と聞き直したら、「ホームページの記事が「私は当時(20011年夏)」となっていますよ」とのこと。
確かに。これでは、2万年先から来たことになります。読み直したつもりなのですが。酔っ払って書くと、ダメですね。早速訂正しました。

体験談

2015年11月16日   岡本全勝

本業のいくつか(歴史遺産)
①「現場経験という財産」2001年度総務省職員採用パンフレット(このページ)

総務省の2001年新規職員採用パンフレットに、先輩談として載せたものです。(すっかり忘れていました。「発見」したので載せました。)
以下、その他の年のも、載せておきます。
②「社会が求める官僚と官僚が目指す社会と」2004年度職員採用パンフレット
③「この国を変える」2005年度職員採用パンフレット
④「本業の様子」2004年
現場経験という財産
自治財政局交付税課長
岡本全勝(昭和53年度採用)


老人ホームにて慰問演奏中の筆者(中央)

(厳しい緊張と楽しい緊張)
 下の写真は、平成5年5月、カンボジアに向かう朝、成田空港での緊張した表情の村田自治大臣とお供をしている岡本大臣秘書官である。
 当時、国連PKOの「カンボジア暫定機構」の下、総選挙実施のために、日本から自治省職員を始めとする選挙監視要員や警察官などが派遣されていた。
 不幸なことに警察官が死亡するという事件が発生し、宮沢総理のご指示で、自治大臣が急遽カンボジアに派遣されることになった。総理官邸からの電話が出張先の大臣車にかかってきたのが前日の夕刻、派遣公表が深夜0時、そして成田発の飛行機が翌朝10時という慌ただしさである。
 緊張した表情は、寝ていないからだけではないことが、わかってもらえるであろう。
 一方、上の写真は、富山県総務部長当時、仲間と老人ホームに慰問の演奏に行った時のものである。元気良く、しかし調子外れの手拍子を打ってくれる痴呆性老人のパワーにとまどいながら、フルートを始めたばかりの私は楽譜を間違えないように、これまた別の緊張をしている。


村田敬次郎自治大臣と共にカンボジアに向かう筆者
(左から2人目)
(現場の経験)
 23年前、私も「少しでも日本の国を良くすることに貢献できれば」と思って、公務員を選んだ。大学ではそれなりに勉強もし、本も読んだと自負していた。しかしその後の公務員の経験は、新鮮な驚きの連続であった。
 PKOのような国際政治も、そしていろんな国内の政治・経済も、天の上から神様が動かしているわけではない。いわんや、大学の研究室でシナリオが書かれているわけではない。その時そのとき、その場そのばで、生身の人間が議論をし、決断をし、行動する。その積み重ねが社会を作り、歴史を作っている。
 私たちの仕事は、「自然科学」ではない。「人間と人間の関係」の分野である。それは、机の上だけでは進まない。現場がどうなっているか知らずに、霞ケ関で議論していても「机上の空論」になる。かつての自治省に採用された私は、先輩同僚と同じように、若いときから、他の職業・他の省庁では得難い幅の広い経験をさせてもらった。徳島県財政課、鹿児島県財政課長、富山県総務部長と、それぞれの場面で、県民、議会、マスコミの人たちに、教えられ、ぶつかり合い、説得する中で私は鍛えられた。
 老人ホームでのフルートも、趣味であるとともに、高齢社会の現場視察であり、ボランティアの実践だと言っていた。もっとも、下手なフルートを聞かされる老人にとっては、迷惑な話だったかもしれない。

(広い視野と判断力)
 議会答弁で、記者会見で、予算査定で、また老人との受け答えでと、その時々に私の判断が試される。その際には、幅広い経験が広い視野を与えてくれ、よりよい判断を生むであろう。もっとも、経験だけで判断力が養われるわけではない。理想を掲げ、未来を予測しつつ、現場で判断を下す。その緊張感。私には、これまでに経験した多くの緊張、そこには厳しい緊張も楽しい緊張もあったが、それらの経験が大きな財産である。

 

略歴等

2015年11月16日   岡本全勝

石舞台古墳(この隣に小学校がありました)
(画像提供・明日香村教育委員会

略歴
昭和30年1月1日 奈良県高市郡高市村生まれ(現・明日香村)
昭和48年 奈良女子大学文学部附属高校卒
昭和53年 東京大学法学部卒、自治省採用
徳島県財政課、自治省財政課、鹿児島県財政課長、自治大学校教授、自治省交付税課課長補佐などを経て、
平成4年 自治大臣(村田敬次郎・自民党、佐藤観樹・社会党)秘書官
平成6年 富山県総務部長
平成10年 内閣・省庁改革本部参事官
平成13年 総務省自治財政局交付税課長
平成16年 総務省大臣官房総務課長
平成18年 内閣府大臣官房審議官(経済社会システム担当)、内閣官房内閣審議官(再チャレンジ室長)併任
平成20年 総務省大臣官房審議官(財政制度、財務担当)
平成20年 内閣総理大臣秘書官(麻生太郎内閣総理大臣)
平成21年 総務省消防庁消防大学校長
平成22年 総務省自治大学校長
平成23年 内閣府東日本大震災被災者生活支援本部事務局次長
以後9年半にわたり復興に従事
平成23年 内閣府東日本大震災復興対策本部事務局次長
平成24年 復興庁統括官
平成27年 復興庁事務次官
平成28年 内閣官房参与福島復興再生総局事務局長
令和2年 内閣官房参与、福島復興再生総局事務局長退任
令和3年 市町村職員中央研修所学長
令和7年 市町村職員中央研修所学長退任

平成14・15年度 東京大学教授(大学院総合文化研究科)併任
平成17・18年度 一橋大学公共政策大学院で「現代行財政論」を講義
平成19・20年度 慶應義塾大学法学部講師兼務
平成22年度  日本大学法学部大学院講師、慶應義塾大学法学部講師兼務
平成29・30年度 慶應義塾大学法学部講師

(呼び名)
名前は、「まさかつ」が本名です。でも、世間では「ぜんしょう」で通っています。高校以来ですから、ほとんどの人は、それが本名だと思っておられます。
「官邸の怪人」「霞が関の治外法権」というあだ名の由来については、「官邸の怪人、「民」と出会った衝撃 復興の現場で」をご覧ください。被災者生活支援本部(ページの下の方に写真があります)では、何でも引き受けるので「ブラックホール」とか「スーパーゴミ箱」とも呼ばれました。長く復興に従事したので「ミスター復興」とも、呼んでもらっています。
体験談」のページへ。笛吹中年(トップページの絵)について。