鎌田教授が、また本を出されました。「中学受験理科の王道」(2010年、PHPサイエンス・ワールド新書)です。先生は「科学の伝道師」を名乗っておられますが、そのウイングが、さらに広がっています。
また、紀伊国屋大阪梅田店で、6月21日から1か月間、「鎌田浩毅が選ぶ一生モ ノの古典」フェアを、行うそうです。先生は、週刊「東洋経済」で「一生モノの古典」を連載中です。その50冊に加えて、世の中の人に読んで欲しいと思う古典を、計220冊選んだそうです。
「東洋経済」の連載は、私も時々読んでいますが、まあ、たくさん読んでおられますね。文系の私が恥ずかしくなるくらい、思想、哲学や社会学の古典を読み込んでおられます。
月別アーカイブ: 2010年6月
2010年地方財政学会
今日は、大学院で講義した後、地方財政学会に行ってきました。青山学院大学・青山キャンパスです(プログラム)。私の「本籍」は地方財政で、かつて何度も発表の機会(2003,2004)をいただきました。最近は直接の仕事を離れたことなどから、ご無沙汰していました。久しぶりに顔を出すと、たくさんの旧知の先生方にお会いすることができました。「テレビではよく見ていたけれど、元気にしていたか」といった心配から、「今度、大学に話に来てね」といった講義依頼まで、声をかけてもらいました。さらに、懇親会の最後には、締めの挨拶をせよとの、温かいご配慮も(?)いただきました。
地方財政学会は会員460人余り、今日の全体セッション参加者は270人余りだそうです。発表も多く、相変わらず大盛況でした。この学会は、学者、研究者、国家公務員、地方公務員といった、研究者から実務家までの幅広い参加者があります。理論だけでなく地方行財政の現場が近くにあり、様々なテーマや角度から研究できる学問分野だと思います。また、分権、地域間格差、財政再建、地域の問題解決など、ホットな課題も多いのです。
学問が行政を変える実践の場でもあります。近年でも、地方消費税の導入、国から地方への3兆円の税源移譲などは、研究者の先生方の理論的支えによって実現したものです。ありがたいことです。
官房総務課OB会
今日は、総務省官房総務課国会班OBの集まりに行ってきました。私が課長を務めた時の、職員たちです。一人が、このたび海外勤務になったので、その送別会です。
総務課国会班は、国会での質問や資料要求を受け、それを省内各課に割り振り、その返事を取りまとめるのが仕事です。本省と国会内に部屋を構えています。2001年に合併した、総務庁、郵政省、自治省の職員が、一緒に苦労してくれました。
当時、このホームページを読んでいただいていた方はおわかりだと思いますが、個性豊かな職員ばかりです。例えば、2005年2月25日の記事。当然、当時の苦労話、失敗談で盛り上がります。課長の仕事は、おわび・お願い・お礼の三つでした。衆議院議長に呼ばれて、指導を受けたこともありましたねえ・・。残念ながら、当時の主役の一人、福本室長は現在広島勤務のため、今日は携帯電話による出席でした。
消費税増税議論
政権(与党)民主党が、参議院選挙に当たって、消費税の増税を公約に掲げました。野党自民党も、10%への引き上げを公約にしました。いよいよ、増税が動き出します。
高度成長期以来、日本は、本格的増税をしたことがありません。大平首相が、消費税を掲げて選挙を戦ったことはあります。ガソリン税やたばこ税を、値上げしたことはあります。しかし、個人所得課税、法人課税、資産課税、消費課税の基幹税目で、本格的な増税をしたことがないのです、消費税を3%で導入した時も、5%に引き上げた時も、増減税同額か減税先行でした。
半世紀にわたり、行政サービスを増やしながら、どうしてそんなことができたか。まず、経済成長期は、減税をしても税収は増えました。バブル崩壊後は、借金=国債と地方債で賄ってきました。これは、世界の歴史でもかつてないことであり、現在の借金財政は世界でも例のないものだと思います。代表制民主主義が、課税に対する国民の同意を取り付ける制度だと考えると、日本の国会と地方議会は、十分にこの機能を果たしてきませんでした。
増税を掲げて選挙を戦い勝った例としては、ドイツのメルケル首相があります。彼女は野党の時に、増税を掲げて闘いました(「責任ある政治」2007年3月23日の記事)。重要な政策について、与野党が共同して議論した例では、スウェーデンの年金改革があります。
もちろん、実現までには、まだいろいろな過程があると思いますが。数年前までの議論を考えると、ようやくここまで来たか、と感じます。
梅雨ですね
東京も、先日、梅雨入りしました。梅雨はうっとうしいですが、アジサイがきれいですね。ところで、私が子どもの時は、アジサイといえば、というより梅雨時には、カタツムリをよく見かけました。私の近所では、カタツムリを見かけないのです。その話をしたら、「そうだ」という人と、「私の近所にはたくさんいる」という人がおられました。