カテゴリーアーカイブ:社会

人工知能に図を作らせる

2026年2月10日   岡本全勝

川北英隆・京都大学教授のブログ、2月8日は「マイクロソフトの死?」でした。

「日米の株価を各々の消費者物価指数で割り戻した(実質化した、つまり物価上昇率をどの程度上回って株価が上昇したのかの)図表」が3つ載っています。
「最初がExcelを使って僕が書いたもの、次がGeminiに書かせたものであり、株価は1969年末を1にして表示している。そして3つ目が、株価のメモリを対数にしてGeminiに書かせたものである。表示も日本語に直させた」とあります。
上手にやってくれるのですね。しかも、労力なしで。

そして、次のように書かれています。
「データを与え、「図を書いて、対数値に直して、表題やメモリの表記を日本語に直して」と指示すれば、ちゃんと処理してくれる。これなら複雑なExcelのソフトは不要だろう・・・「SaaSの死」はまだ大げさかもしれないが、AIがデータベースやデータ処理のあり方を抜本的に変えることは現実のようだ」

続いて、「図表作成の今昔」が書かれています。
それらを使えない私は、未だに手で図表を作らなければなりません。もっとも、部下や知人に頼んで、エクセル、パワーポイント、pdfを作ってもらっていて、自分では作業していないのですが。すみません、いつも面倒な作業を頼んで。

有限な資源としての時間

2026年2月9日   岡本全勝

日本人がつくった社会通念・時間厳守2」の続きになります。織田一朗著「日本人はいつからせっかちになったか」の第Ⅵ章は「資源としての時間が見直されてきた時代」です。

・・・「時間に使われる」のではなく、「自分の時間を〈自分で決めて〉使う」ことが大切なのだ。つまり、本当の豊かさは自分の生活、人生の中で「自分で自由になる時間がどれほどあるか」だとする。確かに幸福とはモノの豊かさで充足されることではなく、精神的な充足感である。
「モノが足りなかった時代」にはモノを手に入れるための金が大切だったが、モノが余ってきた現代に、人生の価値の基準を「金持ち」であることから「時持ち」へと進化させたのだ・・・(p181)とあります。

192ページ以降には、情報化社会になって情報量が加速度的に増えたこと、単位時間当たりに接する情報量の多さ、その摂取と処理・利用にますます時間が取られることを指摘しています。
しかし、過剰な情報は流れていても、処理と利用はされない「無駄なモノ」でしかありません。それに振り回されていると、有限な時間を浪費する「有害物質」でしょう。
この本が書かれたのは、1997年。まだスマートフォンは、世に出ていません。注意と時間泥棒であるスマホによって、さらに自由時間はなくなっているようです。

ところで、162ページに、マーキングペンの生産額が昭和63年(1988年)に急増したことが書かれています。それ以前の7年間は800億円前後で横ばいだったのが、一気に10倍以上の約9000億円に達したのです。「人々が大量の情報を処理するためにマーキングペンを活用し始めたものと推定される」と分析しています。
へえ・・・。印刷機で印刷した資料に、色で線を引いたのでしょうか。その後、印刷せずに画面で見ることが多くなると、マーキングペンは売れなくなったのでしょうか。

日本人がつくった社会通念・時間厳守2

2026年2月7日   岡本全勝

日本人がつくった社会通念・時間厳守」の続きです。織田一朗著「日本人はいつからせっかちになったか」 (1997年、PHP新書)の151ページ以下に、次のような話が載っています。

明治になって時計が普及し、鉄道や学校で時間厳守を教えられたことで、日本人が時間に厳密になりました。
ところが、かつての腕時計は、1日に15~20秒の誤差が出ました。1週間で2分の誤差です。会社員は毎週月曜朝に、テレビやラジオを使って、腕時計の時刻を合わせていました。
値段の高い時計は狂いの程度は少ないのですが、一般には狂いの生じることはやむを得ないと考えられていました。そこで、当時の社会は、だいたい5分程度の誤差を見込んで行動していました。催し物の開始時刻は5ないし10分程度遅らせ、人と会う時間も互いに余裕を見て待ち合わせをしていたのです。

これを変えたのが、1969年(昭和44年)に発売されたクォーツ時計です。それまでの腕時計の30~100倍の精度を実現し、1か月で誤差3秒以内になりました。これで、社会の時間精度が大幅に向上するだけでなく、人の認識や行動が変わりましたあ。
それまでは、バスの停留所で待っているときに「正しいのはバスで、自分の時計でない」と思っていたのが、「正しいのは自分の時計で、正しくないのがバスの運行」となりました。人との待ち合わせも、5分前に行く必要がなくなりました。
鉄道も、秒単位で運行を管理できるようになりました。

日本人がつくった社会通念・時間厳守

2026年2月6日   岡本全勝

「日本人がつくった社会通念・ゴミを捨てない」の続きです。

日本社会は時間に正確です。鉄道は数分遅れただけでお詫びの放送を繰り返し、学校や会社では少しでも遅れると叱られます。これも明治以降のことのようです。
幕末に、長崎海軍伝習所教官として海軍教育を行ったオランダ人のウィレム・カッテンディーケ(後に海軍大臣)は、著書「長崎海軍伝習所の日々」(原著1860年。1964年、平凡社東洋文庫)で、「日本人の性癖」について具体事例を挙げて「日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ」と嘆いています。

江戸時代はお寺の鐘が時刻を伝えていて、それも日の出から日の入りまでを6等分する不定時法ですから、分単位どころか一時間の観念はなかったのでしょう。街や家には、時計はなかったのです。明治時代になって、鉄道が定時運行することに始まり、学校や会社での時刻厳守に従っているうちに、時間に正確な国民性ができあがりました。

日本人の時間意識の変化については、橋本毅彦・栗山茂久編著「遅刻の誕生:近代日本における時間意識の形成」(2001年、三元社)、織田一朗著「日本人はいつからせっかちになったか」 (1997年、PHP新書)があります。「かつて日本人は時間にルーズだった」も。

成沢光著「現代日本の社会秩序: 歴史的起源を求めて」(1997年、岩波書店)は、時間観念のほか、集団行動(整列、行列、号令)、空間(整理・整頓、清潔)、身体(健康、清潔、姿勢、動作)、人間関係(上下関係)などの日本的と言われる社会秩序が、明治維新後の近代化・西欧化の過程で、わずか30年ほどで形成されたと指摘しています。
西欧起源とともに、武家社会から引き継いだもの、禅宗寺院から引き継いだものもあると考察しています。

 

日本人がつくった社会通念・ゴミを捨てない

2026年2月4日   岡本全勝

夏目漱石の有名な小説「三四郎」は、三四郎が京都から名古屋に列車で向かう場面から始まります。周りの乗客を観察しながら、駅で買った弁当を食べます。そして次の文章に続きます。
「この時三四郎はからになった弁当の折を力いっぱいに窓からほうり出した。」
この小説が新聞に連載されたのは1909年(明治42年)、まだ100年少し前の話です。

私が子どもの頃は、食べ終わった駅弁の空箱は、列車の座席の下に捨てました。車内清掃が効率的にできるように、そのように指導したとの説もあります。

2025年5月2日の朝日新聞「写真館 since1904」「あふれるごみ ポイ捨て、今は昔」に次のように書かれています。
・・・日本はかつて「ごみの国」だった。
そう書きたくなるような写真の数々だ。海水浴場や動物園、観光地に向かう列車内はごみであふれ、東京の川はごみ捨て場と化した。今ではポイ捨てを禁止する条例が各地にでき、道端のごみにも目を光らせる。時代は変わり、清潔が正義になった。5月3日は「ごみの日」・・・
そして、1969年の神奈川県鎌倉市の材木座海岸、1952年文化の日の東京・上野動物園、1968年の国鉄房総東線急行列車車内、1950年の東京・銀座などの風景写真が載っています。いずれも、びっくりするくらいのゴミであふれています。

日本人が公共の場でゴミを捨てなくなったのは、まだ最近のことなのです。