カテゴリーアーカイブ:社会

不機嫌ハラスメント

2026年8月25日   岡本全勝

8月8日の朝日新聞オピニオン欄は「もしかして不機嫌?」でした。
・・・度を過ぎれば、ハラスメントにもなる不機嫌。当たり散らすのはもちろん、だんまりを決め込まれても周囲は閉口します。職場や家庭、学校に不機嫌な人はいますか。あなた自身は?・・・

津野香奈美・神奈川県立保健福祉大学大学院教授の発言から。
・・・「フキハラ」と略される「不機嫌ハラスメント」は、不機嫌な態度をとることで相手に不快な思いをさせたり、過剰に気を使わせたりすることを指します。相手に精神的苦痛を与えるモラルハラスメントの一種で、パワハラ未満の「インシビリティ=無礼な態度」に含まれます。無視する、にらみつける、嫌そうな顔をすることは代表的な行動とされています。

 回数や頻度などによって深刻度は様々です。日本のハラスメントに関する法律は、職場で起こることを想定しています。パワハラの3要件(〈1〉優越的な関係を背景とした言動で〈2〉必要かつ相当な範囲を超えたものにより〈3〉就業環境が害されるもの)を全て満たすのであれば、法的にハラスメントと認定されます。たとえば、力のある人が特定の相手を数カ月無視し続けて、業務遂行に著しい支障がおきた、などです。
2020年に改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され、22年には中小企業にも対策が義務づけられました。あからさまなパワハラは減り、フキハラ関連の相談件数が増えています。ただ企業はパワハラ認定できないからと放置すると、当事者のネガティブな言動は止まりません。それでは職場の生産性が落ちるので、積極的に注意することが必要です。

フキハラは日本独自の言葉で、5年ほど前から話題になっています。名前が付くことは重要です。困っているのは自分だけではないのだと問題が可視化され、悪気なくやっている側も気づくきっかけとなります。
ただ、不機嫌そう、怖そうというのは、その人の顔つきにも関係するので問題視するのは注意が必要です。あくまで注意すべきは舌打ちやため息といった能動的な行動です。

家庭内のフキハラは、職場のものとは仕組みも法律も異なります。不機嫌なだけでDVと認められる可能性は低く、基本的には家族間のコミュニケーションで解決するものという考えが主流です。それでも、安心できる場として家庭が機能しないのは本末転倒です。相手に愚痴を言ってもいいけれど、不機嫌をぶつけるのは避けるべきです・・・

旅行しなくなった日本人

2026年8月24日   岡本全勝

8月7日の日経新聞経済教室に、山口誠・独協大学教授の「旅行しなくなった日本人、観光の社会的価値を再考せよ」が載っていました。「世界で類を見ない観光離れが日本で進行」とのことです。

2025年のパスポート保有率は、日本が18.6%。イギリス60%、アメリカ50%、韓国42%だそうです。大きな開きがあります。
円安や日本が貧しくなったことなどが理由として挙げられることもありますが、かつてはもっと円安の時代もあり、貧しかったのですが、多くの若者が海外旅行を目指しました。どうも、消極的な国民になったようです。

日本人の真ん中は50歳

2026年8月23日   岡本全勝

8月5日の日経新聞オピニオン欄に、辻本浩子・論説委員の「「50歳真ん中社会」の設計図は 少子化対策こそ成長戦略」が載っていました。
・・・店のスタッフが足りない、介護の担い手がいない、バスが運休する。少子化と人口減は、私たちの暮らしに直結している。
少子化は社会の姿も変えた。50年前、日本の人口の「真ん中」の年齢は、およそ30歳だったが、今や50歳だ。
なのに、社会の仕組みには30歳時代のものが色濃く残る。ここが変わらなければ少子化はさらに進み、社会の活力に影を落としかねない・・・

赤ちゃんからお年寄りまで人口を年齢順に並べたとき、ちょうど真ん中に来る年齢を「中位数年齢」というのだそうです。
1950年は22.3歳、1975年は30.6歳でした。50歳が真ん中とは、あらためて驚きます。会社だと、部長に上り詰め、先が見えてくるころです。
平均寿命が伸びたこと、少子化が進んだことによるのでしょう。
アメリカは39.1歳、イギリスは40.7歳、フランスは42.5歳です。
30歳が「社会の中堅」という社会と、50歳が中堅の社会では、社会の仕組みも個人の人生(労働)も、変わらざるを得ません。

実年齢より若く感じる高齢者

2026年8月19日   岡本全勝

8月1日の日経新聞に「シニアの「気の若さ」マイナス7〜8歳 加齢に前向きで4年長生き」が載っていました。

・・・自分は実年齢より若いと感じる傾向を「若年視」と呼ぶ。60代以上では実年齢との差が7〜8歳に広がるという調査がある。気の若さが健康に与えるプラスの影響も分かってきた。

自分をどの程度若い、あるいは老いたと感じるかを主観年齢という。早稲田大学文学学術院心理学コース助手の澤田奈々実さんらは、東京都在住の4500人を対象に、主観年齢の世代変化を調べた。
20代では主観年齢が実年齢を0.2〜1.7歳上回った。30代以降は逆転し、30代で約2歳、40代で約4歳、50代では5〜6歳若く認識。60代以降ではマイナス幅が7〜8歳近くまで広がった。

なぜ年を重ねるごとに、若い方向にギャップが広がるのか。澤田さんによると、背景には心の防衛戦略がある。老いは喪失や衰退など負のイメージと結びつけられやすい。「自分は違う」と心理的に距離を置き、それが実年齢より若い主観年齢として表れるのだという。
男性は50代から60代以降にかけて若年視がマイナス5.1歳から同7.8歳へと一気に進み、その変化幅は女性より大きい。澤田さんは「働き方の違いが影響している可能性がある」と分析する。「50代以降は定年退職が視野に入り老いを意識する。『自分はまだ現役で能力もある』と考え、アイデンティティーを保つのではないか」

こうした心理は以前から知られており、実年齢と主観年齢の差は先行研究と大きく変わらないという。一方で、現在の高齢者は昔より若返っているという指摘もある。
日本老年学会と日本老年医学会は2017年、現在は65歳以上を高齢者としている区分について、加齢による身体機能の低下が10〜20年前よりも5〜10年程度遅くなっていると指摘。65〜74歳を「准高齢者」、75〜89歳を「高齢者」、90歳以上を「超高齢者」とする新たな区分を提言した。国立長寿医療研究センターの研究によれば、認知機能が良好な高齢者も増えている。

意識も変化してきた。「『老人』『お年寄り』は何歳から?」。博報堂生活総合研究所は1986年から10年おきに60〜74歳に同質問を尋ねてきた。86年時点で「老人」は71.5歳からだったが、2026年には75.9歳に上昇。「お年寄り」も72.8歳から75.8歳まで高まった。
上席研究員の高橋真さんは「今の60〜74歳は、自分たちは老人でもお年寄りでもないと思っている」と解説する・・・

私の子どものころは、60歳を超えると老人でした。平均寿命は男性64歳、女性68歳(1955年)でしたから。71歳は、かなりの老人でした。でも、今の私は、孫から「じっちゃん」と呼ばれても、自分のことを老人とは思っていません。若いときのように、動けず体力はありませんが。

日本社会の平等を支えたもの3

2026年8月17日   岡本全勝

日本社会の平等を支えたもの2」の続きです。
平等と言っても、政治的平等、経済的平等、社会的平等、さらには家庭内での平等などがあります。
政治的平等は、憲法で確保されました。もっとも、男女格差による不平等は、政治の面でも続いていました。政治家に女性が少ないのです。
経済的平等は、経済成長によって、かなり達成されました。しかしここでも、男女格差は続いています。女性幹部は少なく、非正規雇用は女性が多いのです。そして、非正規雇用の拡大で、格差が広がっています。
社会的平等も、形式的には憲法で達成されました。残っていた実質的な格差は、経済成長などで減りました。が、男女の不平等は戦後半世紀も放置されました。政府によって男女共同参画が進められ、解消に向かっています。教育での男女格差も続いていました。大学進学率に男女差があったのです。近年は解消しました。家庭での男女の役割分担は、まだ続いているようです。障害者への差別も残っているでしょう。
「ムラの外の人」への差別も続いています。外国人などがそれにあたるでしょう。
ここで私が述べた「戦後達成した平等」は「昭和の平等」と言えるでしょう。

1 このように見ると、これまでの憲法学や経済学、政治学での「平等」は一面的でした。
平等や自由という概念は、絶対的に定まるものではなく、その時代時代に求められる、あるいは達成したものを指しているようです。そして一定のものを達成すると、次に欠けているものが見えてくるのです。
2 「ムラ型社会」「横並び志向」が支えた日本の平等は、農村や会社内では平等を支えました。また経済成長期には、各家庭の経済的平等、学歴の平等を支えました。しかしそれは他方で、男女格差を隠していました。また、才能や努力による競争を認めない方向での力が働きました。極端な場合は「悪平等」です。
3 この記事の表題は「日本の平等を支えたもの」です。経済成長期に強化され、それに適合した「ムラ型社会」「横並び志向」は、現在の社会と適合しなくなっています。すでに「昭和の平等」は崩れつつあります。さて、これからはどのようになるのでしょうか。