カテゴリーアーカイブ:このページの歴史

レインボーハウス、震災遺児孤児の心のケア

2015年10月4日   岡本全勝

先日、岩手県に視察に行きました(9月29日の記事)。その際に、陸前高田市のレインボーハウスに、おじゃましました。
この施設は、昨年できました。レインボーハウスは、親を亡くした子どもたちのケアをしてくださる施設です。あしなが育英会が運営しています。あしなが育英会は交通事故遺児が有名ですが、震災遺児孤児のケアもしてくださっています(仙台、石巻、陸前高田)。財源は寄付金です。

1か月に3日程度、子どもたちが(親も)集まり、職員(お兄さんやお姉さん)が話を聞いたり遊んでくれます。このような施設は、建物を見ても機能はわからず、かといって活動中はおじゃまになります。当然、私の視察した日はお休みの日で、別の用途に活用されていました。

行政でも、遺児孤児には財政支援をし、学校でもカウンセリングをしています。親を亡くした心の傷は大きく、また子どもはそれをうまく伝えることができません。学校には行くが、保健室で過ごす子どももいます。
行政の手が回っていない分野を、NPOが支えてくれています。この子たちの相手をして話を聞くことは、難しいことです。スタッフは専門訓練を受けています。「当時まだ赤ちゃんで、親の死の意味がわからなかった子どもが、4年経ってだんだん意味がわかるようになってくる」という指摘は重かったです。
このような活動を、行政がどのように連携を取り支援協力するか。課題です。学校(教育委員会)は「学校の外のことだ」と言うでしょうし、市長部局には担当組織がないでしょう。

被災地での人手不足

2015年10月4日   岡本全勝

被災地では、人手不足が課題になっています。それにも、いくつかの種類があります。
まず、役場職員が不足しています。他の自治体から応援職員がたくさん入っているのですが、これも限界があります。市町村が任期付き採用で増やしていますが、必要数全員を集めることができません。応募者が少なく、特に建設関係の技術者は企業と取り合いになっています。
次に、医療、介護、保育の現場です。復興が進み、住民が戻ってくるので、これら施設を再開しています。ところが、従業員を確保できないので、施設はあるのに受け入れることができないのです。例えば10月3日の福島民報は、保育園の待機児童が急増したことを伝えています。特に、南相馬市については、次のように書いています。
・・・避難区域を抱える南相馬市は住民の帰還が進む一方で、保育所や保育士の不足が続いていることが影響したとみている。同市では、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で6つの公立保育園のうち、開所しているのは3園のみ。来年度中に1園を再開させる考えだが、担当者は「震災から4年半が過ぎて住民の帰還はさらに加速するとみられ、待機児童は今後も増える可能性がある」と危機感を募らせる・・・
先日、南相馬市長にお会いしたときも、この保育所のほか、老人保健施設や病院の「空きベッド」(ベッドはあるけど、職員不足で受け入れることができない)を訴えておられました。
もう一つ、産業従事者が集まらないのです。被災地では水産加工施設など働く場が復旧し、また野菜工場など新しい産業もできています。ところが、従業員が集まらないのです。通常は、「働く場がないので、過疎になる。だから産業振興や企業誘致をする」です。被災地では、逆のことが起こっています。「外国人労働者を入れよう」という声もあります。それも必要でしょうが、都会に出て行く若者に戻ってきて欲しいです。「若者が戻ってくる魅力ある町つくり」が必要ですが、これは一筋縄ではいきません。

今日は、郡山市

2015年10月3日   岡本全勝

今日は、郡山市へ出張。地域活性化センターと共催で、「地域に飛び出す公務員と地域おこし協力隊・集落支援員・復興支援員の集い」を開きました。そこで、少しお話しするためです。地域おこしを支援する「人の派遣」を、総務省が行っています。地域おこし協力隊、集落支援員。民間人を地方に送り、その経費を地方交付税で支援します。
復興庁でも、生活相談員のほか、復興支援員をこの仕組みを使って送っています。また、ワーク・フォー・東北で専門家を送る仲立ちをしています。
発表者の中に、福島県田村市の避難指示が解除された都路地区で頑張っている2人もいました。今日の会合でも、支援員たちの熱い熱意と、人脈の広さや広げ方に感心しました。田舎の町でよそ者が入って活性化をする。これは、簡単なことではありません。その壁を打ち破っている若い人たちに、エールを送ります。
ところで、今週は岩手県に2日、会津若松市、郡山市と合計4日出張でした。

被災者の健康・生活支援

2015年10月2日   岡本全勝

復興の3本柱の一つが、「被災者生活支援」(被災者の健康支援、コミュニティ再建)です。復興庁の被災者支援班が、頑張っています。インフラ復旧なら国土交通省が、産業復興なら経済産業省や農林水産省が、引き受けてくれます。ところが、健康そのものなら厚生労働省ですが、仮設住宅での孤立防止や、コミュニティ再建については、担当する省がないのです。これは県庁も同じです。さらに、お金を出して発注すればできるもの、でもなく(そんな業界はありません)、手法も手探りです。
地元の人やNPOと、試行錯誤を重ねています。被災者支援に関わる人たちで、情報を共有するために、機関誌(若者用語ではニューズレター)を発行しています。これまでは、「関係者限り」でした。このたび、インターネットでも、バックナンバーも含めて、見ることができるようにしました。「最新号9月30日」、「被災者支援ニュースレター」。ぜひご覧ください。

会津若松市視察

2015年10月1日   岡本全勝

せっかく会津若松市まで行くので、合わせていくつかの視察を組んでもらいました。一つは、会津大学です。この大学は県立で、ICTに特化した珍しい大学です。外国人教員比率が4割です。書類は日本語と英語の併記だそうです。1学年240人は、日本でも一位です。卒業生の就職率もほぼ100%、成功しています。
そこに、復興庁も支援して、「先端ICTラボ」ができたので、見せてもらいました。産学連携、研究者とベンチャーなどが交流する場です。このような施設は、箱の立派さでなく、どのような人たちが結びついて、そのような成果を出すかが勝負です。
すると、ICTを活用して課題を解決したい企業や団体と、その解決に協力できる研究者や企業を、見つけてきてどのようにお見合いさせるか。研究室にこもって研究しているような学者では、この機能は発揮できません。また、需要者と供給者が集まる場として、認知してもらう必要があります。その点、公立大学という場は、信用力があります。ここにも、「仲介」(マッチング、コーディネート)機能の重要性が表れています。「センター長の説明」。
市内にできた、原発避難者用の県営住宅も、見せてもらいました。鉄筋コンクリートの4階建てと、木造2階建てです。まだ更地だったときに来たことがあったのですが、立派にできていました。入居者にも喜んでもらっているようです。