カテゴリーアーカイブ:歴史遺産

12月28日、福島出張

2012年12月28日   岡本全勝

今日は12月28日、例年だと御用納めです。霞が関の各省は、新内閣の指示による補正予算と新年度予算編成の作業で、そのような状態ではないようです。
私は、新復興大臣のお供をして、福島県庁に行ってきました。明日も、福島に入る予定です。

大震災、対策本部の活動の記録

2012年12月28日   岡本全勝

季刊『行政管理研究』(2012年12月号、行政管理研究センター)に、小滝晃君の「東日本大震災(地震・津波)の初動・応急対応―緊対本部の12日間と復興対策本部発足までの3ヶ月間」が載りました。小滝君は、内閣府防災部局の参事官をしていて、2011年3月11日の発災直後から対策本部に勤務していました。この報告は、その時の記録をまとめたものです。
私は、2011年3月19日から被災者生活支援本部に関わりました。私が参加していない緊急対策本部の状況と、18日までの被災者支援活動が記録されています。残念ながら、小滝君の記録の範囲も地震と津波で、原子力発電所事故は含まれていません。
行政管理研究』2011年12月号には、山下哲夫君の「政府の被災者生活支援チームの活動経過と組織運営の経験」が載っています(2011年12月28日の記事)。
このような経験が、多くの人が読むことができる形で記録されることは、重要だと思います。何度か指摘しましたが、霞が関には、官僚に向けた政策雑誌がないのです(「官僚論」。そこで数少ない例として紹介した、『外交フォーラム』も『ESP』も、廃刊になりました)。

政権交代、新内閣発足

2012年12月27日   岡本全勝

12月26日に、第2次安倍内閣が発足しました。民主党から自公連立政権への政権交代(復帰)です。内閣発足に当たって閣議決定された「基本方針」に、次のような記述があります。
・・まず何よりも、「閣僚全員が復興大臣である」との意識を共有し、東日本大震災からの復興を加速する。国自身が被災地の現場に出て、単なる「最低限の生活再建」にとどまることなく、創造と可能性の地としての「新しい東北」をつくりあげる。
特に、福島の再生を、国が前面に立ち、国の責任において実現する。東京電力福島第一原子力発電所事故による被災者の心に寄り添い、福島原発事故再生総括担当大臣を中心に各閣僚が連携して、福島の再生に全力を挙げる・・
復興庁職員も、現地での復興がさらに進むように、精進しなければなりません。

ところで26日は、組閣が夕方、宮中での認証式が夜になり、新大臣が官邸での記者会見を終えて復興庁に登庁されたのが、26時でした。一連の行事を終えて、私が帰宅したのが27時半。ところが、玄関の扉が内側からロックされていて、鍵では開きません。電話をかけて、キョーコさんを起こし、開けてもらいました。たぶん、終電車で帰宅したのであろう息子が、私がまだ帰っていないことに気づかず、ロックしたようです。私は、最近こんな時間帯に帰ったことがないので(苦笑)。

被災地の職員応援

2012年12月25日   岡本全勝

滋賀県長浜市が、任期付き職員を採用して、気仙沼市に送ってくださいます。3人の方が決まりました。防災集団移転の業務などを担当してくれます。うち2人は、1月から働いてくれます。ありがとうございます。

福島出張

2012年12月22日   岡本全勝

21日22日と、福島県に出張に行ってきました。福島市や郡山市は雪がありませんでしたが、会津若松市では野山に雪が積もっていました。今年は、雪が少ないとのことです。
原発事故避難者は、2年目の冬を迎えています。原発のあった双葉郡は太平洋沿い「浜通り」で、雪が積もりません。そのふるさとを離れて、雪の多い会津地方での避難生活はつらいと思います。そして、狭い仮設住宅です。帰還できる地域のインフラ復旧などを進めるとともに、当分帰還できない地域の方には、公営住宅を造って住んでもらいます。その予定地なども、見てきました。
今年はこれで、合計46日出張しました。昨年は9か月間で58日でしたから、減りましたね。岩手・宮城の津波被害地区は別の職員にお願いして、私は主に福島県を回っています。