今日10日午後、総理官邸で、復興推進会議(全閣僚らによる会議)を開きました。新内閣になって、初めての会合です。
復興大臣から「現状と課題」を報告するとともに、総理大臣から「指示」が出ました。主な点は、次のようなものです。
福島について、復興と除染などの縦割りを解消し、復興大臣の下で関係省庁の力を集めること。
福島と東京を2本社体制にすること。
「5年間で19兆円」という予算のフレームを見直すこと。
福島の復興に向けて、早期帰還、定住に向けたプランを策定すること。
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地方分権改革の政治学、アイデアの実現過程
木寺元・北海学園大学准教授が、『地方分権改革の政治学―制度・アイデア・官僚制』(2012年、有斐閣)を出版されました。
本書は、2つの視点から、読むことができます。
1つは、地方分権改革です。戦後長らく安定的に(大きな改革なしに)推移してきた日本の自治制度が、1990年代以降、分権改革として変貌しました。その一連の分権改革(機関委任事務制度廃止、三位一体改革、出先機関改革、義務付け枠付けの見直しなど)が、どのような過程で実現したか、またしなかったかが、まとめられています。それぞれの改革については解説書がありますが、これらを一連のものとして、また実現しなかったものも含めて解説したものは少ないと思います。これは地方行財政学の範囲です。
もう1つは、いくつもの改革の中で、なぜあるものは実現し、あるものは不十分なものに終わったのか。これを「アイディア」という概念で説明します。行政学者や財政学者たちが提唱する改革の「青写真」は、それ単独では実際の改革に結びつきません。いくつもの改革案のうち、政府内部の意思決定過程を熟知する「主導アクター」(本書では官僚制)に受け容れられた「アイディア」だけが、実際の制度改革に結びついていくプロセスを、説明します。これは政治学・行政学の範囲です。
改革が実現した場合、あるいはしなかった場合を分析する際には、主体(担いだ人・グループ)、抵抗勢力、世論の支持、検討の場といった「権力(利益を含む)の過程」と、アイデアの善し悪し、時代の要請など「政策からの分析」があるでしょう。本書は、近年注目されている「アイデアの政治」を枠組みに、それを精緻にして、改革実現・失敗過程を分析します。(砂原庸介准教授による紹介)
地方自治、行政改革にご関心のある方に、一読をお勧めします。今後、改革を進める際にも参考になります。
ところで、分権改革がこのような検証の対象となるのは、学者、官僚、自治体、マスコミなどの「政策共同体」があって、そこで改革のアイデアが出て、さらに審議会など場を経て、実現・実現しない過程が見えるからです。これらの「場」がない行政分野では、過程が見えにくく、検証しにくいです。
木寺准教授は、私が東大大学院に出講していたときの、塾頭3羽ガラスの一人です。本書あとがきで、過分なお褒めを書いていただき、こちらが恐縮しています。
復興の実感
岩手県は、被災地の住民150人を調査員に任命して、四半期ごとに、復興の実感を調査しています。この「いわて復興ウォッチャー調査」は、壊れた施設がどれだけ復興したかといった客観的指標でなく、住民の主観的な指標です。施設の復旧度合いだけでは、生活の再建は測れません。かといって、客観的な指標もないのです。
平成24年11月の結果が、12月末に公表されました。それによると、被災者の生活の回復に対する実感は、「回復した」と「やや回復した」を合わせて51%になりました。初めて半数を超えました。その理由は、「住宅再建は時間を要するが、日常生活はだいぶ通常通りになっている」などです。「回復していない」の理由も、「住宅再建などの見通しが立たない」です(12月27日付岩手日報)。
また、岩手県は、「社会資本の復旧・復興ロードマップ」を公表しました。道路、港湾、医療、教育と並んで、災害公営住宅が載っています。
例えば、釜石市の例をご覧ください。その3ページ目にか所ごとの予定が載っています。2地区は工事に入っていますが、そのほかは用地買収、設計段階です。住宅が完成するのは、平成25年から26年にかけてです。適地がないこと、住民の意見集約に時間がかかること、そして工事に入ってからも完成までに時間がかかることが理由です。工事か所が多いことから、資材や職人の確保も難しくなるでしょう。
なお、津波被災地域の写真(何もない空き地が広がっています)を見て、「復興が進んでいない」という人がおられます。これは多くの場合、間違いです。津波被災地域は、再度の津波の恐れがあることと、地盤沈下していて以前より危険なことから、住宅は高台に移転します。
元の場所をどう使うかは、これから考えます。そこには、当分の間、住宅や施設は建ちませんし、建てません(元の場所をかさ上げする地区もあります)。
12月30日、職員との打ち合わせ
今日は、12月30日。復興庁では職員が出勤して、課題解決に向けた検討会をしました。いくつか検討事項が残ったので、続きは来年の1月3日に集まることにしました。すみません、担当職員はその間に書類を作ってくれます。来年1月3日と言っても、その間にあるのは12月31日、1月1日、2日だけです。申し訳ない。
夕方に退庁する際、みんなに対して「諸君、良いお年を。来年にお会いしましょう」と発言したら、「労働者にも、年休を取る権利はありますよね」とか「今日も明日も出勤日じゃないから、休暇をもらわなくても良いんだよ」とか、笑いが起きました。難しい仕事を休日返上で、笑いながらやってくれる職員に、ただただ感謝です。
「統括官は、1月2日に出てくるのじゃないでしょうね」と聞かれたので、「家のメールに送ってくれれば、読んでおくわ」「それより、まだ年賀状が書けていない」と答えました。門松も買っていないし・・。
12月29日、福島出張
今日29日は、総理と復興大臣のお供をして、福島県に行ってきました。旧第一原発、川内村、そして郡山市にある川内村の仮設住宅です。川内村では、高校跡地に進出している企業や、新規に開店したコンビニなどを見てきました。たくさんの村民が、迎えてくださいました。
村長のリーダーシップの下、着実に帰村が進んでいます。もちろん、いろいろな障害はあります。一つ一つ取り除いていきます。
これで、今年は48日出張しました。記録を見たら、昨年の12月29日も福島に出張していました。職員と「そういえば、去年も出張だったよな。1年前とは思えないね」「あっという間の1年でした。去年の今頃は、まだ警戒区域の見直しをこれから進めるところでした」とか、語り合いました。毎日が忙しいと、何をしていたか、記憶が不確かになります。
明日は、東京の職場で、仕事の打ち合わせです。