今日27日(日曜日)は夕方に、財務大臣と復興大臣の平成25年度予算要求折衝に同席しました。福島での新しい交付金の新設などが、認められました。合わせて、5年間で19兆円とされていた財政フレームも、6兆円上積みされ、25兆円となりました。24年度補正予算までに、既に17兆円あまりを予算化していたので、残りが1.5兆円ほどになっていました。今回の見直しで、被災地の皆さんに心配をかけることなく、事業を実施することができます。
もちろん、予算を確保しただけで、現地の復興が進むわけではありません。これをいかに効果的に使うかが、私たち復興庁や自治体の責務です。
特に、これらの財源のうち10兆円あまりは、国民や企業の増税でまかなっています。所得税については、今月から所得税額に2.1%の税率で上乗せがされています。これは、今後25年間続きます。個人住民税も6月から、年に1,000円上乗せされます。それを考えると、ますます無駄に使うわけにはいきません。
なお、復興財源を捻出するため、国家公務員の給与は、昨年から7.8%削減されています(管理職は10%程度の削減、若い人は削減率を低くしてあります)。
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岩手県沿岸部視察
今日(日曜日)は、大臣のお供をして、岩手県釜石市、大船渡市、陸前高田市に行ってきました。今日を有効に使おうと、前泊しました。昨日(土曜日)の昼過ぎに東京を出発し、新幹線で3時間かけて新花巻駅まで。そこからバスで2時間かけて、釜石に着きました。家からだと、約6時間です。
3市とも、着実に事業が進んでいます。市長さんたちは、「これまでは、仕込みの時期だった。これからは次々と、工事が目に見えますよ」と、おっしゃっています。釜石では、公営住宅が立ち上がっていました。大船渡では、魚の水揚げがほぼ震災前に復旧し、サンマの水揚げは全国2位になりました。陸前高田市でも、市役所の仮庁舎の西側の山が切り崩され、造成が進んでいました。
仮設の商店街(国が作って、市が被災した事業者に貸し出しています)や、仮設住宅団地に併設されたサポートセンターも見てきました。インフラ復旧だけでなく、暮らしの再建には、住宅、生業、そしてケアが重要です。これらに力を入れていることが、今回の復興施策の特徴です。
天気はよかったのですが、風は冷たかったです。夕方に陸前高田市を出発し、ほぼ同じ時間をかけて、家に帰ってきました。
補正予算
今日15日に、補正予算が閣議決定されました。復興特別会計も、事業費が追加されました。総額は約3,200億円。
主なものは、津波被災地での住宅移転の支援(既存の支援制度に乗らないものについての支援)1,200億円、避難指示市町村における住民帰還の加速や区域の荒廃抑制のため200億円、震災等緊急雇用対応事業増額500億円などです。復興交付金事業などは、まだ予算が余っていること、現場では事業が消化されず繰り越されていることから、今回の追加はありません。
引き続き、平成25年度当初予算案を作成します。
宮城県視察、観光ホテル
今回は、南三陸町のホテル観洋に、泊まりました。これまでも、南三陸町に行くときには、このホテルの前を通っていたのですが、泊まるのは初めてです。沿岸部の被災地では、施設が流され、復興事業関係者で、常に宿泊施設が不足しています。で、遠慮していました。女川町にできた、トレーラーハウスの宿泊施設にも泊まってみたかったのですが、日程の関係で断念。
ホテル観洋は、244室、1,300名収容の大ホテルです。海岸の崖の上に立っていて、眺めは抜群。施設も近代的で新しいです。もちろん、地元の魚介類の食事です。失礼ながら、松島や平泉といった著名な観光地でない南三陸町に、こんな立派なホテルがあるのが、不思議なくらいです。
女将さんに、いろいろとお話を聞くことができました。このホテルも、下の階は被災したのですが、早くに再開して、復旧関係者を泊めてくださいました。大震災前は東北地方のお客さんが多かったそうですが、今や全国区になり、世界から宿泊客が来ています。町の子どもたちも、これまでは町の中しか知らなかったのに、日本中、世界からボランティアが入ってきて、視野が広がったそうです。ホテルでは、ボランティア活動支援もしています。
夜、露天風呂に入りながら、少し灯りが見える市街地を眺め、ゆったりさせてもらいました。「朝日を見ながら」とも期待したのですが、今朝から雪でした。雪はどんどん激しくなり、視察の予定を変更。
東京に着いたら、家では10センチくらい積もっていました。家の前は雪かきをしましたが、明日朝の出勤が心配です。
福島県、宮城県視察、進んでいる事業
13日(日曜)14日(祝日)と、復興大臣のお供をして、福島県と宮城県に出張してきました。
福島県相馬市では、災害公営住宅の建設が進んでいました。木造の戸建て住宅です(平屋の例、2階建ての例)。もうすぐ入居が始まります。昨年も行った観光いちご園では、大きな温室ができていて、立派でおいしいイチゴが、実っていました。この温室は復興事業で建てて、市が生産者組合に貸し出しています。かつてのビニールハウスは、津波で流されました。新しい温室は、水耕栽培で、腰の高さにプランターがあります。高齢者でも、腰をかがめずに作業ができます。
宮城県女川町と南三陸町は、市街地の大半が流されました。町を一から作り替える大作業です。計画はできあがり、住民合意もでき、用地買収も進んでいます。まもなく、山を削り、低地を土盛りし、住宅が建ち始めます。気仙沼市でも、土地のかさ上げ工事が始まっていました。港にはたくさんの漁船が入っています。水揚げも回復しました。南三陸町では、復興事業で建てた加工施設で、たくさんの作業員が牡蛎を剥いておられました。
とかく「遅い」と批判されますが、着実に事業は進んでいます。これまでは、計画づくり、住民合意取り付け、用地買収といった「準備行為」で、現地での工事が見えない作業でした。これが進むと、今年は、各地でブルドーザーが動き、家が建って、復興が目に見えると予想されます。
もちろん、まだまだ準備が必要な地区もあり、工事を始めると、埋蔵文化財が出てきたとか資材が足らないとか、問題も出てくるでしょう。
マスコミの皆さんには、「ここが進んだ」「ここは復旧が進んだが、この点が問題だ」というように、進んだところも報道してほしいです。そして、課題があったら、どこが悪いのか。それを指摘していただければ、私たちが解決に乗り出します。