カテゴリーアーカイブ:歴史遺産

原発事故の真相と東電対策、その2

2013年4月7日   岡本全勝

「今回の大震災は、地震津波災害と原発事故という、全く別の災害を含んでいます」と書きました(4月5日の記事)。発災後直ちに復旧に入ることができる地震津波災害に対し、原発事故はまだ終わっておらず、汚染の強い地域では復旧に入ることができません。
もう一つ、この本を読んで思ったことがあります。この本は、表題の通り、第一原発の事故を取り上げています。対象が、原発と東電、さらにエネルギー政策に絞られています。
私は、原発事故は、2つの側面があったと考えています。一つは、原発事故の収束と後始末です。もう一つは、被災者の生活再建と被災地の復興です。この本は前者を中心に書いてあって、被災者には筆が及んでいません。他方、私の仕事は後者だったので、この本に教えられることが多いものの、何か足りないなと感じたのです。
災害論として取り上げる場合、事故の収束と同様に重要なのは、被災者支援と被災地の復興でしょう。東電の救済もテーマでしょうが、被災者からするとそれよりは、賠償や生活の支援、被災地の復興が重要なテーマでしょう。そちらは、まだまとまった報告や著作が出ていないようです。
なお、同じく第一原発事故を詳しく取り上げたものに、船橋洋一著『カウントダウン・メルトダウン』(2012年12月、文藝春秋)があります。船橋さんの取材を受け、私も取り上げられています(下巻p332)。

大震災の記録、消防

2013年4月6日   岡本全勝

総務省消防庁が「東日本大震災記録集」を発行しました。消防の対応、救助からの記録ですが、災害の概要が端的にまとめられていて、わかりやすいです。まずは「概要」をご覧ください。本編では、写真集がお勧めです。
また、原発事故避難区域では、現在も全国からの応援部隊が、警戒や消火活動に当たっています。

原発事故の真相と東電対策

2013年4月5日   岡本全勝

大鹿靖明著『メルトダウン―ドキュメント福島第一原発事故』(2013年、講談社文庫)を読みました。著者は朝日新聞記者で、元になった単行本は2012年1月に発行され、講談社ノンフィクション賞を受賞しています。この文庫本は、その後の動きも取り入れた増補版です。
単行本が昨年1月に出たときは、知りませんでした。私の所管は、被災者の支援と被災地の復興で、原発事故への対処は所管外でした。この2年間に、大震災関連の本は山のように出版され、とても目を通すことはできません。
この本は、読み応えがありました。お勧めです。原発事故(メルトダウン、水素爆発)時の東電と政府の対応、その後の東電の救済、脱原発の動きと反対の動きが、詳細に書かれています。主たる舞台は、第一原発、官邸、東電本社です。主役は、原発所長、東電幹部、官邸幹部、経産省幹部です。

官僚も実名で出てきます。公表資料とともに関係者の証言に基づいていて、それぞれの出典や情報源が書かれています。匿名のものもあります。良くこれだけ、証言を集めたものです。これだけも証言をした職員がいることに、驚きます。第一級の政府論、行政論でしょう。もちろん、当事者は反論したいこともあるでしょうが。
文庫本といっても、600ページもの大部です。調査報告書などは取っつきにくいですが、この本はドキュメンタリーなので読みやすいです。

私たち(被災者生活支援チーム)が、47万人に上る被災者支援に力を入れていたときに、政府の別のところでは、このようなことが行われていたのですね。近くにいても、知らないものです。
今回の大震災は、地震津波災害と原発事故という、全く別の災害を含んでいます。地震津波災害は、津波が去ったときには災害自体は終わっていて、そこから救助と復旧が始まります。私たちが、これに取り組みました。
原発事故は、放射能汚染が残っていて、津波にたとえれば、まだ水が引いていないのです。避難された方のお世話は、地震津波災害と同様に、被災者生活支援チームが引き受けました。しかし、被災地の復旧については、復旧の前に、原子炉の安定、賠償、除染が必要です。そして、避難が解除されて初めて、住民が帰還でき復旧が本格化できるのです。避難解除は、まだ一部でしかできていません。
政府の災害対策本部も、地震津波と原発事故の2つに分かれています。原発事故の収束については、こちら

発災2年を振り返る論考

2013年4月1日   岡本全勝

新聞の論壇時評で紹介されていたので、お読みになった方もおられると思います。
『中央公論』4月号に、五百旗頭真・前復興推進委員会委員長が、「東北の大地に復興の槌音が鳴り響くとき」を書いておられます。1923年の関東大震災、1995年の阪神・淡路大震災からの復興と、今回の復興の進め方の違いが書かれています。
また、『Voice』4月号に、夏目幸明さん(ジャーナリスト)が、「震災から2年、記憶すべきあの企業の対応」を書いています。発災直後の復旧と救援に際しての、東日本高速道路会社、ヤマト運輸(クロネコヤマト)、キリンビールの活躍を紹介しています。それぞれ、本社や上司の指示を待つことなく、現場で知恵を出して復旧を急ぎ、被災者支援を行った事例を検証しています。想定外のことが起きた時、マニュアルがないとき、どのように職員が判断したかです。日頃の「社風」が、大きな要素だったようです。
今回の大震災での特徴の一つが、企業の社会的貢献です。そして、お金や無償の物資の支援とともに、本業による支援が大きかったです。