カテゴリーアーカイブ:歴史遺産

被災地の話題

2015年8月2日   岡本全勝

仙台市にできた災害公営住宅で、コミュニティーの再生を願う盆踊り大会があったと、河北新報が伝えています。「災害公営住宅で盆踊り 笑顔の輪拡大」。新しい町で住民が孤立しないように、コミュニティ再建は重要です。
原発事故で避難指示が出ている飯舘村に、セブンイレブンが、コンビニを出店してくださいました。飯舘村は、立ち入りは自由で、昼間は事業所も再開しています。夜の宿泊が原則認められていませんが、お盆期間は許可が出ています。昼間活動している方や、臨時宿泊している住民には、お店がないと不便なのです。ありがとうございます。

復興予算の決算

2015年8月1日   岡本全勝

7月31日に、昨年度(平成26年度、2014年度)の決算を公表しました。26年度単年度では、執行率は約6割です。毎年この程度です。ほかの予算と比べて、執行率が低い、すなわち使い残しが多いです。これは、現地で予算が足らなくならないように、多め・早めに予算を自治体に渡しているからです。現地で、地権者の同意が取れなかったりすると、その年度に使い切れず、翌年に繰り越されます。そして、翌年度に事業が執行されて、執行済みになります。
今年は、平成23年度から26年度までの4年分の執行率を公表しました。すると約8割になっています(朝日新聞記事)。単年度の予算で見ると6割の執行ですが、その予算は翌年度にはほぼ執行されます。すると、平成23年度から25年度までの3か年分の予算は、一部の不用を残してほぼ使われ、26年度だけが6割の執行率なのでこれを足し上げると、8割の執行率になったのです。26年度予算も、27年度末までには、ほぼ使われます。
事業が遅れる見込みの時点で、一度国に使い切れない予算を返還してもらい、翌年再度交付するという手続きをとれば、執行率は100%になります。ただしそのための手間が、大変なのです。自治体からは、「その手間をなくして、数年間で使わせてくれ」との強い要望があって、このように「合理的」にしています。数年かかる事業も、予算制度が単年度になっているので出てくる「低い数字」ともいえます。数年かかる事業の予算を前渡しするのは、単年度予算制度の下での柔軟な執行の試みなのです。例えば「2年間予算制度」とか「5年間予算制度」があれば、単年度の執行率はさほど問題にならないでしょう。しかし、より視野を広げると、当該年度の予算を使い切ったかどうかではなく、どれだけ現地で成果が出たか、例えばどれだけ住宅ができたかが、本当の評価なのです。
「不用額もあるではないか」との指摘もあります。これは、発災直後に急いで復旧事業の予算を見積もったので、完全には正確に計算できなかったこと、事業を見なおす場合があることなどによります。時間をかけて予算を正確に見積もるのか(それだと、事業着手が遅れます)、少々予算が繰り越されたり不要が出ることを覚悟で早め早めに予算を自治体に渡すのか。今回は、後者をとっているのです。もちろん、無茶や手抜きはしていません。国民の税金ですから。不用になった予算は返却してもらい、翌年度以降の財源に使います。
民間の方には、少し理解しがたいかもしれません。会社でも家庭でも、同じ成果を出すなら、予算は少ない方がよい、余った予算は別に回すのですから。行政の場合は、しばしば予算が多いほどその事業に力を入れていると評価され(昨年度との伸びの比較が記事になります)、一度決めた予算はその通りに執行するのがよいと考えられています(使い残しが出ると、あたかも悪いことかのように書かれます)。予算=事業であり、成果は予算で評価するという「形式主義」が、はびこっているからです。もちろん、財源は税金であり、議会による民主的統制に服するという点で、企業や家庭とは違うのですが。行政での「予算偏重」の弊害は、拙著『新地方自治入門』p247で解説しました。

原発避難指示12市町村の復興、世界で初めての試み

2015年7月31日   岡本全勝

7月30日に、「福島12市町村の将来像に関する有識者検討会 提言が、最終的にまとまりました。ポイントは、これまでに書いたとおりです。今後、この提言を元に、個別施策を具体化しますが、それ以上に、この地域が復興できることを、世界の皆さんに認識してもらいたいのです。有識者の方でも、話をすると、「あの地域は、人が住めないのでしょ」とか「無人の荒野で荒れているんでしょ」と、おっしゃる方がいます。大間違いです。
一つ、書き忘れていました。これまでに、原子力発電所の過酷事故は、代表的なもので、チェルノブイリ事故と、スリーマイル島事故があります。チェルノブイリ事故では、住民を立ち退かせ、新しい町をつくったことが紹介されます。しかしこれは、元の住居に戻れないので、新しい町をつくるというケースです。
今回私たちが取り組んでいるのは、いったん避難指示を出した町に、安全になった時点で戻ってもらおうというものです。その点では、たぶん世界で初めてのことです。もちろん、安全性を確保し、かつ戻りたいという方だけに、帰還を選んでもらいます。避難は強制でしたが、帰還はご本人の選択です。

将来負担を考えたまちづくり

2015年7月30日   岡本全勝

7月30日のNHK時論公論は、二宮徹・解説委員の「新たな復興枠組み 被災地の自治体は"自立"できるのか」でした。そこでは、復興の進ちょく状況、来年以降の復興事業の枠組み、地元負担の概要のほか、自治体の「自立」への新たな課題が検証されています。
・・・復興後の街を想像してみます。病院など重要な施設以外にも、新しい道路にホールや観光施設が並びます。こうした施設は復興を強く実感させてくれるでしょう。しかし、「負担が少ないならもっと作ろう、大きく作ろう」となってしまうと、余計なものが増えたり、規模が大きくなりすぎたりするおそれがあります。人口や産業の規模に見合ったものにする必要があります・・・
特に「次の世代のために」として、陸前高田市の例が紹介されています。
・・・こうした中で、すでに自ら事業の規模を小さくする動きも出ています。
陸前高田市は、小学校や図書館など、15の公共施設を再建する計画の中で、延べ床面積のおよそ10%を縮小する方針を決めました。既に完成した消防署は防災センターと集約したほか、今後も商業施設と図書館を併設するなどして、効率化を図ります。
自主的に計画を縮小する理由を市長に聞いたところ、次の世代にかかる財政負担を少しでも減らすためということでした。この「次の世代のため」というのは、とても重要な視点だと思います。
公共施設は運営のための人件費や電気代などの維持費がかかります。修繕費は、壁を塗り替えたり、道路の穴を直したりするものですが、数年後には年間1億円以上かかるおそれがあります。これに加え、数十年後には建て替えが必要になります。
特に被災地では、今、一斉に道路や施設をつくっていますので、将来は、何億、何十億円の建て替えを毎年のように行うことが懸念されます。ところが、その頃には今のような国の手厚い支援は期待できません。次の世代の負担を検証する機会は、こうした施設を建てる前の今しかないのです。
また、人口や税収が減る中、将来にわたって住民の暮らしをどう支えるのかも、今、あらためて問われています。しかも、復興が長引く福島では、特に将来を考えたまちづくりが求められます・・・

原発避難12市町村、将来の夢と実現可能性と

2015年7月28日   岡本全勝

原発事故被災12市町村の将来像を、有識者の方たちと検討しています。その提言が、ほぼまとまりました。今回のとりまとめには、次のような特徴があります。
このような提言では、「夢のある話」が書かれるのですが、それを「実現可能」なものにする必要があります。通常、外部の有識者は、夢のある話を語ってくださるのですが、ときどき実現するのが難しい「夢」であることがあります。他方で、公務員たちで議論すると、「現状の延長」「実現可能なもの」「予算のかからないもの」になって、夢がなくなります。
今回は、現地の状況を知りつつ、夢を語っていただける委員の方々に、参加いただきました。また、福島県知事に入ってもらうとともに、市町村長との意見交換をもしました。他方で、復興大臣をはじめ復興庁も参加することで、実現可能性を担保しました。
内容の面では、放射線量の減衰を推計し、時間はかかりますが、将来は全域で帰還可能との見通しを立てることができました。そして、住民や子どもたちの、「帰りたい」という意向を基に、議論をしました(もっとも、帰還意向は、全員ではありません)。
夢としては、廃炉関連の研究施設やロボット産業など、新しい産業を育てる方向性を出しています。他方、これだけだと未知数が多く、また雇用吸収力も不安です。そこを支えるのが、廃炉作業員などです。現在も毎日、約7千人が、いわき市や広野町から第一原発に通っています。廃炉作業はまだ当分の間、続くと予想されます。すると、この人たちを核とした、「企業城下町」的な町ができるのです。
既に、大熊町大川原地区には、東電による第1原発作業員のための給食センターが、この春から稼働しています。そこでは、約100人の雇用が生まれています。
このように、夢のある話と地に足が付いた話と、両方が入っています。そのポイントは、2015年7月9日に「原発被災地域の将来」に書きました。一部の修正をして、近々提言がまとまります。ここに書かれた各論を、着実に実現していく必要があります。国、県、市町村だけでなく、企業や住民の力も必要です。
なお、復興大臣は、この検討会議のすべてに、最初から最後まで出席しました。座長の大西隆先生が「このような会議で、大臣が皆勤なのは珍しい」とおっしゃっています。また、会議の多くを、福島で開催しました。有識者の方は関東や関西におられるので、少々時間がかかるのですが、福島の将来を考えるので、このようにしました。「現地で考える」が、復興庁の原則です。当たり前のことですが。