3月7日8日と、福島県に視察に行ってきました。原発被災地域です。しばらく行かない間に、大きく変わっています。東京の復興庁にいても、職員から報告を受けているのですが。現場に行って直に話を聞くと、よくわかります。
まず、帰還できるようになった地域と帰還が見えてきた地域では、医療や商店など、生活に必要な環境が整えられつつあります。町に入ると、生活の雰囲気が感じられます。まだ帰還できない地域では、帰還に向けての計画が作られつつあります。全面的に帰還するのは無理なので、復興のための拠点を作ろうというのが、各町の考えです。
5年前の事故直後は、「いつになったら帰ることができるのだろうか」と、まったく見通しが立ちませんでした。また、放射線量が高く、帰還困難とした区域は、帰ることができないことを前提に、「故郷喪失賠償」が払われています。すなわち、土地や建物は全額賠償し、精神賠償は11年分が支払われています。しかし、そのような地域でも、限られた地域ですが、帰還と復興に向けた検討が始まっています。各町の幹部たちの前向きな姿に、勇気づけられました。
カテゴリーアーカイブ:歴史遺産
東松島市、市長のアイデア
3月7日の日経新聞地域面に、「被災地に民の力も」が載っていました。その中でも、ぜひ読んでいただきたいのが、東松島市のがれき処理です。通常年の100年分のがれきが出た市では、阿部市長の決断で、がれきを分別して回収しました。木材、土砂、畳、金属など、19種類に分けて回収したのです。金属類は資源として売り、木材やコンクリートは建設資材などとして活用しました。おかげで、処理費用は、3分の2ですみました。
被災後に視察に行った際に、市長の案内でがれきの分別置き場を見た際に、感心しました。このホームページでも、書いたことがあります。これ以外にも、住民が会合を重ねて町づくりをしていることなど(2016年2月7日の記事)、阿部市長のアイデアと決断力、行動力には、脱帽です。
企業の復興支援の記録と整理
Google株式会社が「東日本大震災オープンナレッジ」(「未来への学び」ウェブサイト)を公開しました。東日本大震災の復旧・復興支援に携わった企業から提供された経験や知見を記録、公開、共有することを目的としています。(発表資料)。マネジメントの方法や、社内の巻き込み方、地域との関係構築の方法が、公開されているようです。ありがとうございます。
・分野別目次 ・企業別目次
企業の貢献については、『東日本大震災 復興が日本を変える』第2章で、藤沢烈さんが分析しました。グーグル社のこのページは、事業一覧(電話帳)としての役割を果たします。今後、ほかの社の記録も集めて、事典になることを期待します。このような記録は、広く集めることと、使いやすいように分類整理することが肝です。
5周年、報道の特集
3月11日が近づき、各マスコミが復興報道に力を入れています。各紙が特集を組んでいます。現地を取材した客観的な報道が多く、ありがたいことです。時事通信のインターネットニュースのサイトでも、東日本大震災の欄が、一番上(注目の予定の次)に作られたようです。
歩いて帰る経験
3月11日に、「3.11WALK」というイベントが、東京で行われます。5年前の3月11日夕方、鉄道が停まり、たくさんの人が家に帰れなくなりました。タクシーも大渋滞で、進めませんでした。東京都の試算では、首都直下地震が起きて鉄道が停まると、新宿駅では47万人の帰宅困難者が出るそうです。東京駅、渋谷駅、池袋駅も、たくさんの人であふれるでしょう。
このイベントは、東日本大震災が発生した3月11日にあわせて、通勤・通学先から歩いて帰ることを、体験してもらいます。あの日を思い出してください。困るのは、暗い道、トイレです。あなたは、自宅まで歩いて帰る自信がありますか。もちろん、長距離を通勤している方は、自宅までは無理でしょうが。少しでも、駅前滞在者が減ると、近辺の公共施設への負荷が減ります。
どなたでも、無料で参加できます。参加者数は、約1万人を想定しているそうです。その出発式を、3月11日に有楽町駅前広場で行います。会場まで来れない方も、FacebookやTwitterのアカウントを使用して、賛同を宣言することで、気軽に参加できます。
復興庁も後援しているのですが、博報堂から復興庁へ出向していた元部下から、「宣伝せよ」との指示が来ました。彼らが考えてくれた企画だそうです。
「何時に、どこから出発するの?」と質問したら、「そんなことをしたら大混乱と渋滞が起きるので、それぞれが自由な時間に、自分の勤め先から歩くのです」とのこと。納得。広告大手の博報堂から、宣伝の依頼が来るとは、名誉なことです(笑い)。