カテゴリーアーカイブ:歴史遺産

今日は釜石市

2016年11月15日   岡本全勝

今日は、宮古市から南下して、山田町、大槌町、釜石市へ。宮古市田老地区では、高台移転地区の住宅建設がほぼ完成していました。宅地造成時点ではと、ても高いところだと心配していましたが、家が建つとそうでもなかったです。バスも1時間に1台は通っています。おばあさんたちが、バスを待っていました。

山田町と大槌町は、町の中心部が壊滅的な被害を受けました。高台移転工事が進むとともに、中心部の土地区画整理事業が進んでます。スパーマーケットが開店し、住宅が建ち始めています。あと1年~2年もたつと、鉄道の駅などもでき、家も建ち並んで町らしくなるでしょう。

発災から5年半がたちました。工事だけなら、もっと早くできたでしょう。しかし、町役場は、当初は被災者支援に全力を挙げ、仮設住宅建設を急ぎました。それから、住民と対話を重ねて、まちづくりの計画を作りました。そして、土地を買収しなければなりませんでした。残念ながら、すべての関係者が直ちに同意してくれたわけでなく、同意をいただくために結構な時間がかかりました。同意してもらえず、仕方なく計画を変更した地区もあります。そのような努力を重ねて、まちづくりの事業が進んでいます。

 

今日は宮古市

2016年11月14日   岡本全勝

今日11月14日は、早起きして新幹線で八戸市へ。そこから岩手県北部沿岸市町村を南下して、宮古市まで視察しました。旧知の町村長たちが、待っていてくださって、復興の現状をお話しくださいました。久しぶりの視察です。高台移転や公営住宅がほぼ完成していました。沿岸を南北に貫く自動車道も、順次開通しています。町村長に聞くと、次の大きな課題は、やはり産業再生です。魚の漁獲量が年々減っていること、従業員が集まらないことなどが、大きな課題です。

岩泉町は、8月の豪雨で、大きな被害を受けました。町長に聞くと、大震災での被害額より一桁大きい被害だそうです。リアス鉄道の小本の駅前に作っていた防災庁舎が、今回の豪雨被害の際に、避難施設として大きな活躍をしました。今も、被災者が避難生活を送っておられます。このような形で活用されるとは、思ってもいませんでしたが、お役に立ててよかったです。

で、今日は宮古市のホテルから、このホームページを加筆しています。どうやら、うまくできそうです。スーパームーンも、見ることができました。太平洋に上がった、大きなオレンジ色に近い色のお月さんでした。

被災地視察、宮城県北

2016年11月8日   岡本全勝

6日夜は仙台のホテルに泊まって、7日8日と、宮城県北部沿岸市町に、復興状況の視察に行ってきました。復興庁事務次官を退任した際(6月)に、復興状況を見届け、また市町村長さんたちにきちんとご挨拶したかったのですが、福島の仕事が忙しく、今頃になりました。
この地域の視察は、ほぼ1年ぶりです。あの大被害を思い出すことが、難しくなっています。町を造り替える大工事や住宅再建が、着実に進んでいます。もちろん、残る工事を完成させること、産業再生を軌道に乗せること、コミュニティ再建と仮設住宅の終了など、まだまだ課題はあります。しかし、あと2年で、住宅再建の工事は、ほぼ終わる見通しです。
水産加工業やハウス園芸に取り組む事業者にもお会いして、状況をお聞きしました。施設設備復旧までは国費で支援したのですが、販売が軌道に乗るかが課題なのです。
5年間一緒に苦労した(しばしばお叱りを受けた)首長さんたちとも、久しぶりにお会いしました。皆さん、自信に満ちた笑顔でした。5年半の時間が経つことの早いことを、一緒に振り返ってきました。「あの頃は、がれきがいつになったら片付くのだろうかと思った」「民地のがれきは将来も片付かないだろうなと思っていた」との思い出も。それらも、片付けたのですよね。いくつも前例のない対応をしたことや事業を作ったことに、感謝してもらいました。
「途中で逃げて(次官を辞めて)、ひどいじゃないですか」と、お叱りも受けました(苦笑)。いえいえ、公務員を辞めても体力の続く限りは、被災地を見守り続けますよ。(2016年11月8日)