カテゴリーアーカイブ:歴史遺産

被災地の子供

2017年3月3日   岡本全勝

日経新聞が、2月10日から3週連続で金曜日に、「復興のチャイム2017 」として、被災地の子供を取り上げてくれました。
2月20日「高台の新校舎 児童笑顔
2月17日「福島の未来、生徒が開く」
2月24日「学ぶ機会、教室の外にも
被災地の子供は、子供の時につらい思いをし、また仮設校舎で学ぶという苦労もしています。住まいも狭い仮設住宅、もちろん勉強部屋はありません。中には、両親を亡くした子供もいます。
学校教育だけでなく、生徒からの視点や、学校外教育も。教育委員会や学校の先生に任せておくと、視野はここまで広がりません。
このような記事は、ありがたいですね。

公共インフラの本格復旧・復興の進捗状況

2017年3月1日   岡本全勝

復興庁では、四半期ごとに、公共インフラの本格復旧・復興の進捗状況を見やすい形で公表しています。平成29年1月末時点の数値がまとまりました。
見ていただくとわかりますが、災害公営住宅は78%完成し、高台移転の宅地造成は60%になりました。3か月前に比べて、それぞれ8%と7%の増加です。このような工事は、2年かかるとして(もっとかかるのですが)、1か月ごとに4%ずつ完成するのではないのです。基礎工事に半年かかり、それから躯体工事、仕上げと進みます。1年経っても完成割合はゼロです。そして、後半になると次々と完成するのです。
住民の意見集約、用地買収、大規模工事と、これまでにないことに努力いただいた関係者に、お礼を申し上げます。

先日も、「阪神淡路大震災際の時は、もっと早く工事が終わっていた」と指摘する人がいました。遅れているか所について「復興庁は、もっと早くできないのか」とおっしゃる方もいます。
その方には、東日本大震災の現場を見て欲しいです。住民が意見集約するのに時間がかかることを、理解しておられません。国が場所と新しい町並みを決めて工事をすれば、もっと早くできたでしょう。でも、それで住民の方々は納得したでしょうか。町は、国が作るものでしょうか、それとも住民が作るものでしょうか。
復興で時間がかかっているのは、高台移転、土地区画整理、住民の意見を聞いて計画を見なおしている防潮堤です。これらに共通するのは、「住民の意見を聞いて、その意見の集約に時間がかかっていることです。

原発事故避難指示、2町を除きかなりの地域で解除

2017年2月28日   岡本全勝

今朝の朝日新聞1面トップは、「原発避難、今春4町村3.2万人解除 困難区域なお2.4万人」でした。この記事を読んでいただくとわかりやすいのですが、事故後に11市町村、約8万人に出されていた避難指示は、この春で、約7割が解除されます。
避難指示が継続しているのは、町の多くが帰還困難区域になっている双葉町と大熊町の全域、それに浪江町、富岡町、飯舘村、葛尾村、南相馬市の一部(帰還困難区域)です。
後者の5市町村では、町の中心部は避難指示が解除され、町としての機能を復旧できます。双葉町と大熊町は、町の一部に復興拠点を作って、町の復興の足がかりを作ります。
その結果、避難指示を解除できる区域は、この春にほぼ解除するということです。
原発事故被災地では、新しい段階に入ります。もっとも、避難指示解除は、復興の出発点に立ったと言うことです。津波被災地で例えれば、津波の水が引いたという状態です。記事でも指摘されているように、住民に帰ってもらうために、商店、病院、学校、働く場など、生活に必要な環境を整える必要があります。

自主避難者の意向調査

2017年2月28日   岡本全勝

原発事故の避難指示区域以外から避難した人、いわゆる「自主避難者」については、これまで住宅を無償で提供してきました。無償提供を終了するので、その後の住まいについて、意向を聞きつつ、次への支援をしています。福島県が戸別訪問をしています。最近の調査結果が公表されました。「避難指示区域以外からの避難者の4月以降の住まいに関する意向」。
それによると、未確定だった人も、順次、次の住まいを決めておられます。未確定は、1万1千世帯のうち、250世帯で約2%です。

これは、津波被災地域での仮設住宅終了でも、よく似た事情があります。窮屈な仮設住宅での生活を続ける人には、それなりの事情があります。
・5年も住んだので、その仮設住宅を離れがたい人。友達もできています。「この歳になって、新しい住宅もねえ」とおっしゃる方もいます。
・高齢になって、判断ができない人。
・すこしでも無料の住宅にいたい人。
などです。それぞれに戸別訪問をし、マンツーマンでの相談に乗って、次の住宅をお世話しています。仙台市も、このような取り組みで、たくさんあった仮設住宅を終了しました。ほかの市町村も、そのような取り組みをしています。

原発事故で避難しておられる方にも、同じように相談に乗って、次の生活を選んでいただくのが良いと思います。すなわち、
・戻れる人には、戻ってもらう。
・「帰還条件がそろうまで待つ」という方には、県内に造った公営住宅で待ってもらう。
・「帰還するのは不安だ」という方には、避難先で定住していただく。
だと思います。
「戻りたくない」という方に、帰還を勧めたり、このまま長期間にわたって「避難者」という分類にしておくのは、よくないことでしょう。その際に、生活について相談に乗ることが重要です。

被災地復興視察

2017年2月27日   岡本全勝

今日は、南相馬市小高区と浪江町を視察してきました。小高区は去年の夏に避難指示が解除されました。徐々に住民が戻ってきています。駅前の商店で聞くと、これまでは復旧の作業員が多く、弁当、パン、カップ麺、お酒、おつまみが売れ筋だったのですが、住民が戻ってきたので野菜や調味料の要望が多くなったのだそうです。なるほど。
小高地区では、この4月から、小、中、高校が再開します。その準備を見に行ったのです。子供を持つ親御さんに安心してもらうため、徹底的な除染と校舎の改修をしています。
浪江町はまだ全町避難中ですが、今日の午前に、町長が3月31日に避難解除することを決断しました。太平洋岸に請戸漁港があります。25日に、避難先(近くの漁港)から26隻の船が帰還しました。ここでも、徐々に復興の動きが進んでいます。

今日は、奈良テレビの取材班が同行してくれました。現場には市長さんも来てくださり、また放射線量を調査する担当者もいて、その様子もカメラが撮っていました。ちょっぴり「ブラタモリ」気分でした。
もっとも、こちらは住民が避難しているという厳しい現実です。しかし、いろんな機会を通じて、復興が進んでいることを関西の人にも知ってもらえると、うれしいです。また、農産物も安全で、観光地も安心できることを知ってもらいたいです。

福島のホテルで、携帯用のパソコンでこの記事を書いています。松島社長にホームページを作り替えてもらって、便利になりました。