カテゴリーアーカイブ:災害復興

原発避難指示12市町村の復興、世界で初めての試み

2015年7月31日   岡本全勝

7月30日に、「福島12市町村の将来像に関する有識者検討会 提言が、最終的にまとまりました。ポイントは、これまでに書いたとおりです。今後、この提言を元に、個別施策を具体化しますが、それ以上に、この地域が復興できることを、世界の皆さんに認識してもらいたいのです。有識者の方でも、話をすると、「あの地域は、人が住めないのでしょ」とか「無人の荒野で荒れているんでしょ」と、おっしゃる方がいます。大間違いです。
一つ、書き忘れていました。これまでに、原子力発電所の過酷事故は、代表的なもので、チェルノブイリ事故と、スリーマイル島事故があります。チェルノブイリ事故では、住民を立ち退かせ、新しい町をつくったことが紹介されます。しかしこれは、元の住居に戻れないので、新しい町をつくるというケースです。
今回私たちが取り組んでいるのは、いったん避難指示を出した町に、安全になった時点で戻ってもらおうというものです。その点では、たぶん世界で初めてのことです。もちろん、安全性を確保し、かつ戻りたいという方だけに、帰還を選んでもらいます。避難は強制でしたが、帰還はご本人の選択です。

将来負担を考えたまちづくり

2015年7月30日   岡本全勝

7月30日のNHK時論公論は、二宮徹・解説委員の「新たな復興枠組み 被災地の自治体は"自立"できるのか」でした。そこでは、復興の進ちょく状況、来年以降の復興事業の枠組み、地元負担の概要のほか、自治体の「自立」への新たな課題が検証されています。
・・・復興後の街を想像してみます。病院など重要な施設以外にも、新しい道路にホールや観光施設が並びます。こうした施設は復興を強く実感させてくれるでしょう。しかし、「負担が少ないならもっと作ろう、大きく作ろう」となってしまうと、余計なものが増えたり、規模が大きくなりすぎたりするおそれがあります。人口や産業の規模に見合ったものにする必要があります・・・
特に「次の世代のために」として、陸前高田市の例が紹介されています。
・・・こうした中で、すでに自ら事業の規模を小さくする動きも出ています。
陸前高田市は、小学校や図書館など、15の公共施設を再建する計画の中で、延べ床面積のおよそ10%を縮小する方針を決めました。既に完成した消防署は防災センターと集約したほか、今後も商業施設と図書館を併設するなどして、効率化を図ります。
自主的に計画を縮小する理由を市長に聞いたところ、次の世代にかかる財政負担を少しでも減らすためということでした。この「次の世代のため」というのは、とても重要な視点だと思います。
公共施設は運営のための人件費や電気代などの維持費がかかります。修繕費は、壁を塗り替えたり、道路の穴を直したりするものですが、数年後には年間1億円以上かかるおそれがあります。これに加え、数十年後には建て替えが必要になります。
特に被災地では、今、一斉に道路や施設をつくっていますので、将来は、何億、何十億円の建て替えを毎年のように行うことが懸念されます。ところが、その頃には今のような国の手厚い支援は期待できません。次の世代の負担を検証する機会は、こうした施設を建てる前の今しかないのです。
また、人口や税収が減る中、将来にわたって住民の暮らしをどう支えるのかも、今、あらためて問われています。しかも、復興が長引く福島では、特に将来を考えたまちづくりが求められます・・・

原発避難12市町村、将来の夢と実現可能性と

2015年7月28日   岡本全勝

原発事故被災12市町村の将来像を、有識者の方たちと検討しています。その提言が、ほぼまとまりました。今回のとりまとめには、次のような特徴があります。
このような提言では、「夢のある話」が書かれるのですが、それを「実現可能」なものにする必要があります。通常、外部の有識者は、夢のある話を語ってくださるのですが、ときどき実現するのが難しい「夢」であることがあります。他方で、公務員たちで議論すると、「現状の延長」「実現可能なもの」「予算のかからないもの」になって、夢がなくなります。
今回は、現地の状況を知りつつ、夢を語っていただける委員の方々に、参加いただきました。また、福島県知事に入ってもらうとともに、市町村長との意見交換をもしました。他方で、復興大臣をはじめ復興庁も参加することで、実現可能性を担保しました。
内容の面では、放射線量の減衰を推計し、時間はかかりますが、将来は全域で帰還可能との見通しを立てることができました。そして、住民や子どもたちの、「帰りたい」という意向を基に、議論をしました(もっとも、帰還意向は、全員ではありません)。
夢としては、廃炉関連の研究施設やロボット産業など、新しい産業を育てる方向性を出しています。他方、これだけだと未知数が多く、また雇用吸収力も不安です。そこを支えるのが、廃炉作業員などです。現在も毎日、約7千人が、いわき市や広野町から第一原発に通っています。廃炉作業はまだ当分の間、続くと予想されます。すると、この人たちを核とした、「企業城下町」的な町ができるのです。
既に、大熊町大川原地区には、東電による第1原発作業員のための給食センターが、この春から稼働しています。そこでは、約100人の雇用が生まれています。
このように、夢のある話と地に足が付いた話と、両方が入っています。そのポイントは、2015年7月9日に「原発被災地域の将来」に書きました。一部の修正をして、近々提言がまとまります。ここに書かれた各論を、着実に実現していく必要があります。国、県、市町村だけでなく、企業や住民の力も必要です。
なお、復興大臣は、この検討会議のすべてに、最初から最後まで出席しました。座長の大西隆先生が「このような会議で、大臣が皆勤なのは珍しい」とおっしゃっています。また、会議の多くを、福島で開催しました。有識者の方は関東や関西におられるので、少々時間がかかるのですが、福島の将来を考えるので、このようにしました。「現地で考える」が、復興庁の原則です。当たり前のことですが。

原発事故後遺症、安全と安心の差

2015年7月27日   岡本全勝

7月27日の日経新聞「核心」は、滝順一編集委員の「安全情報超え、信頼回復を」でした。その解説では、よい知らせとそうでない知らせがあるとして、次のようなことが書かれています。
よい知らせは、福島県の出生率が回復していること、福島の農産物の検査で基準値を超える放射性物質が検出されなかったこと、南相馬市での検診で中学生以下の子どもの体から放射性セシウムが検出されなかったことなどです。
他方、よくない知らせは、未だに福島県産品の購入を、消費者がためらっていることです。安全を示すデータだけでは、国民・消費者に納得してもらえないのです。詳しくは、原文をお読みください。

今日は遠野市

2015年7月26日   岡本全勝

今日は、「新しい東北交流会 in 遠野」のために、岩手県遠野市に行ってきました。今回は、コミュニティ再建に絞った関係者の交流会です。自治体のほか、NPOの方々が参加してくださいました。町の再建にしろ、地方創生にしろ、コミュニティは重要な要素です。しかし、お金を出しただけでは作れず、写真にも撮れない(目に見えない)ものなので、どのようにして作り、また国民へ周知するのか。悩ましいです。復興庁の戦略は、町の再建のためにはコミュニティ再建が必要であることを関係者にPRし、それに参加してくださるNPOなどと過去の経験、先進事例を共有することです。そして、それらの取り組みを後押しすることです。今回も、阪神・淡路大震災、中越地震の経験者に来てもらって、話してもらいました。
遠野市は、皆さんも、柳田国男の『遠野物語』でご存じでしょう。北上山地にある、広い盆地です。今の季節は、稲が青々と育っています。少し早い新幹線で行き、一度乗ってみたかった釜石線に乗りました。いつもは、国道や高速道路で行くのですが(正確には、遠野を経由して沿岸部に行くのですが)、それと並行している鉄道を経験したかったのです。新花巻から遠野まで、約1時間ののんびりした旅です。本数が少ないのが、欠点です。
遠野市は、発災直後から、市長のリーダーシップの下、沿岸部の被災地への後方支援基地として、大きな貢献をしていただきました。市役所の建物も被災したのですが。自衛隊にしろ他の自治体からの応援にしろ、ボランティアやNPOにしろ、被災地が大きな被害を受けているときは、直接被災地に入ることは困難です。後方支援基地は、重要な役割を果たします。今日は、市長にもお会いして、お礼も申し上げました。今後、大きな災害が起きた際に、今回の遠野市の「支援」は、他の自治体のお手本になるでしょう。その実績を、記録誌としてまとめたほか、パネルなどにして展示してあります。多くの自治体で、参考になると思います。
また、富士ゼロックスが、CSRとして「遠野みらい創りカレッジ」を運営してくださっています。最近廃校となった中学校校舎を活用して、人材育成のプログラムを行っているのです。昨年で、4,000人の方が参加しています。少し手を入れた中学校は築20年の木造で、とてもすてきな施設です。 小泉進次郎・政務官が参画している「東の食の実行会」の7月10日のイベントも、ここを使っています。もちろん、このような活動も、施設があればできるものではなく、人とノウハウが重要です。ありがとうございます。このような活動が広がり、世間に認知されると、ソフト事業、人による地域振興、人作りが理解されるでしょう。繰り返しになりますが、お金を払えばできるものではなく、写真には撮れないのですよね。
そして、あのカッパ淵も、この施設の近くにあります。ここも見せてもらいましたが、カッパさんは出てきてくれませんでした。キュウリは、地元産の曲がったもの、それもツルに最初に実ったものでないとダメなのだそうです(笑い)。淵には、観光客のために、キュウリを付けた釣り竿が何本かおいてあって、横浜から来た小学生たちが挑戦していましたが、釣果は無しでした。あんなに大勢で押しかけては、カッパも気後れするでしょう。