カテゴリーアーカイブ:災害復興

原発被災地域での結いの場

2016年2月9日   岡本全勝

2月5日に、いわき市で、双葉郡南部4町村を対象に、「結いの場」を開きました。この4町村は順次避難指示が解除されていますが、まだ解除されていない地域もあり、住民が戻っていない状態です。
被災地企業からは、「チャンスがどこに転がっているかは分からない。気付くも気付かないも自分自身。色々と気付きをもらった」「様々な業種の方と話ができた。今日の機会を捉え、住民帰還のため先頭に立って頑張りたい」「多くの方からワークショップで意見をもらいワクワクしながら参加した。これからが大事」といった声がありました。復興にはまだ時間がかかりますが、このような試みを続けていきます。

仮設商店の撤去費助成、期間延長

2016年2月7日   岡本全勝

被災地で事業を再開してもらうために、仮設工場や仮設店舗を無償で提供しました。それら施設を、土地のかさ上げ工事などの理由でやむを得ず撤去しなければならない場合に、その移転費や撤去費を助成する制度も、作りました。ただし、完成後5年以内としていました。ところが、土地区画整理事業の遅れなどで、5年経過後も利用せざるを得ない仮設施設が出てきました。
今般、中小企業庁がその事情を配慮して、一定の条件の下で、5年を超える施設についても、移設や撤去に助成することに変更してくれました。詳しくは「通知」をご覧ください。現地の事情を汲み取った、善政です。ありがとうございます。

住民主体の町づくり

2016年2月7日   岡本全勝

2月2日に東松島市を視察した際に、東矢本駅北地区(あおい地区)で、話を聞いてきました。駅北の農地に、集団移転で273区画、公営住宅を307戸(戸建て160、集合住宅77戸、2戸1を70戸)を建設してます。入居が始まっています。駅北という町づくりには最適の場所です。集団移転しなければならなくなった沿岸の住民が、この地区に目を付け、決めたそうです。そして、市長と移住予定者が、地権者に土地を売ってもらうように交渉に行ったとのこと。おかげで、早期に売買交渉が成立しました。
この地区の特徴は、なんと言っても、住民主体の町づくりです。協議会を設立し、住民が主導して町づくりのルールを決めました。まず、少人数の専門部会(宅地計画、区画決定ルール、街並み、広報、コミュニティなど)で方針を検討し、全員対象の井戸端会議(ワークショップ)で意見を聞き、総会で決定するという手順を踏みました。会議は、年間120回以上(3日に1回です)開いたとのことです。ばらばらな地区の仮設住宅に住んでいる住民予定者を集めて会議をするには、苦労があったと思います。また、出てこない人にどうして参加してもらうか。イベントに誘うとかで、働きかけをしたそうです。
宅地の割り当ても、震災前の隣組、親子や親戚で近くにすみたい人を優先しました。話し合いを重ね、どうしても希望が重複する場合にのみ、抽選にしたとか。認知症の高齢者を抱えた家では、ブロックの端の宅地が望まれるのだそうです。街並みの真ん中だと、散歩に出た高齢者が、自宅に戻れない。角地だと、帰ってこられるのです。
目標は、日本一の町づくりです。協議会の会長さんは、民間企業で営業の仕事をしておられたそうです。副会長さんたちが、会長の仕事ぶりを誉めておられました。「まずは話を聞いて、それから上手に結論に持っていく。忍耐力が必要」と。
この過程を記録にまとめ、ほかの自治体の教科書にして欲しいです。市役所のページ

被災地NPOの経験

2016年2月6日   岡本全勝

日経新聞専門誌『日経グローカル』2016年2月1日号に、鹿野順一さんの「東日本・被災地復興に学ぶ減災社会へのヒント。NPOの役割」が載っています。鹿野さんは、岩手県釜石市のNPO法人の代表で、いわて連携復興センターの代表も兼ねておられます。私も復興庁も、大変お世話になっています。
5年間現地でNPOとして携わった経験から得られた教訓を、まとめてあります。企業や行政との協働、そして「ハード復旧は行政、生活復興はNPO」と提唱しておられます。受援力強化やセクター間の連携、平時の経験が重要だとも。関係者の方には、ぜひ読んでいただきたい文章です。

復興の教訓

2016年2月6日   岡本全勝

読売新聞夕刊3面の論説委員によるコラム「とれんど」、2月6日は、棚瀬篤論説委員による「教訓は生まれ続けている」でした。
宮城県岩沼市での集団移転、そして仮設住宅解消を取り上げています。隣の名取市の閖上地区かさ上げ方針が市長のリーダーシップで早く決まったのに対し、岩沼市では住民の検討会を続けました。しかし、結果として、岩沼市の集団移転の方が早く完成したのです。記事の中に、私の発言が出てきます。
・・「これは時間がかかるな」。住民の合意形成に手間をかけるやり方に、実はそう思っていた、と復興庁の岡本全勝次官から聞いた・・・
もう少し出てきますが、それは本文をお読みください。
棚瀬記者の主張は、次の通りです。
・・・「3.11」から間もなく5年になる。語り継ぐべき教訓は、あの日に知った津波の怖さや避難の大切さだけではない。復興への歩みの中にも様々な教訓がある・・・
ご指摘のとおりです。私は、今回の大震災から学ぶべきことは、3つの時期に分けることができると考えています。発災までの備え(防災)、発災直後の救助、仮設住宅に移ってからの復興の3段階です。国の組織で言えば、第1段階は内閣府防災担当、第2段階は被災者支援本部、第3段階が復興庁です。よい指摘を、ありがとうございます。