トマト畑のワナ
マジメなお百姓さんのボックがトマト畑の側でなにやら作業をしています。
「ボックおじタマ、ナニちてるの?」
小さなオンナのコがやってきて訊ねました。ボックさんはオンナのコを見ると、
「おお、これはこれは大地の精霊コボルトさまではございやせんか。ご機嫌うるわしゅうございます。・・・あっしはこの柵の下にワナを仕掛けているんでございますよ」
「ナンのワナなの?」
「最近このトマト畑に盗みに入るふてえドウブツがいるようなんでっさ。昨日もトマトを十個もとられちまいました。トマトはコボルトさまの祠にも毎日一個づつお捧げしておりますからご存知だと思いますが、みずみずしくて美味しくてカラダにいいクイモノですので盗むヤロウがいるようなのでございますよ。そこで、そのドウブツがこの柵の下からもぐりこもうとしたら、ばちん、と捕まえるワナを仕掛けているのです」
ボックは親切に教えてくれます。
「ちょ、ちょんなワルいドウブツがいるのでちゅか。おほほー、ちょんなワルいヤツはばちんとやっちゅけないといけまちぇんねー。ト、トマトはおいちいでちゅからねー」
コボルトちゃんは何故だかどぎまぎしているようです。ワルいドウブツも生き物ですから、そのドウブツがばちんとやられると聞いてかわいそうだとか思っているのでしょう。
「ヤラなければこちらがヤラれるんでっさあ。カワイそうだがしようがねえですだよ」
とボックはコボルトちゃんに申し上げます。するとコボルトちゃんは、
「ワ、ワルいやちゅはやっちゅけないとねー、まったくでちゅねー、おほほほー」
とか言いながら駆け出して行ってしまいました。
さて、その夜。
がさごそ、とトマト畑の側で物音がします。月明かりの中でよくよく見ると大地の精霊コボルトちゃんです。
「おほほ、ボックのおじタマから聞き出しておかなかったら、ばちんとヤラれてちまうところでちた。やはり情報収集が大事なのね。アブない、アブない」
と言いながらコボルトちゃんは、
「こちらには秘密兵器があるのでちゅ」
と森の中から引きずってきた細長いモノを抱き起こしました。
「これで柵の上を越したら、柵の下にあるワナは作動ちまちぇん」
なんと、竹馬です。コボルトちゃんは竹馬にまたがると、
「おほほ、おほほ」としばらくよろよろしていましたが、やがて何とか竹馬で柵の上を越えます。
「うまくいきまちた。ちゃあて、おチゴト、おチゴト。トマトはおいちいので一日一個のお供えモノだけでは満足できないの」
コボルトちゃんはトマトを十個懐に入れて、再び竹馬にまたがると柵の外に出ました。
「大セイコー。おほほほほー」
と笑いながら、竹馬を引きずって森の中に消えていきます。
翌日、ボックがまたまた荒らされたトマト畑を見ながら「う~ん」と腕組みをしていると、コボルトちゃんがやってきました。
「ボックおじタマ、ナニ悩んでいるの?」
「あ、コボルトさま。またヤラれたんでっさあ。おまけにどうやってこのワナを逃れて忍び込んだのか、まったくわからないんでございやす。う~ん、これでは防ぎようがない」
その晩、またまたコボルトちゃんは竹馬を引きずって現れます。
「ボックのおじタマはタケウマの利用に気づいてないみたいでちゅね。ちめちめ」
コボルトちゃんは竹馬で柵を越え、今夜も熟れたトマトを十個ぐらい懐に入れまして、また竹馬で柵の外へ出ようとしました。しかし、世の中そうはうまくいきません。ごつんと竹馬が柵に引っかかりまして、「きゃあ」と柵の外側に放り出されてしまいました。
どすんとおナカから着地したので、懐のトマトがいくつか潰れたみたいです。しかし、さいわいケガはありません。すぐ立ち上がりまして、柵の中に残してしまった竹馬を取り戻そうとしますが、柵に引っかかって取り外せません。しばらく月明かりの下でごにょごにょしていましたが、このままでは番犬のドックに気づかれる可能性も出てきます。
「おほほー、ちかたありまちぇんね、長居はムヨー」
と逃げて行ってしまいました。もともと飽きっぽい性格でもありますからね。
次の日、ボックがトマト畑の惨状と遺留品の竹馬を見つめてため息をついていますと、またコボルトちゃんが現れまして、少し離れたところから大声で訊ねます。
「今日は事情があって近くに行けまちぇんが、ボックおじタマ、どうちたのー?」
「どうしたもこうしたもねーんでっさあ。ドロボウのドウブツはえらく知恵の回るやつでしてな、この竹馬で柵を飛び越えていたみたいなんでっさ」
「おほほー、ホントにいけないコでちゅねー」
「まったくでっさあ。でも、ここでつまずいたみたいで、そこらへんでアタマかなんか打ったみたいでしてな。今朝そこのとこに血の跡が残っていました」
ボックが血の跡と思っているのは、潰れたときに出たトマトの汁です。
「かなり弱ってちまったでちょうね。もうワルさはできないんではないでちょうかねー」
コボルトちゃんはそう言いましたが、ボックはかぶりを振ります。
「いや。一度トマトの味を覚えたやつはまたやってくるにちげえねえです。今度は畑の周りにバクダンを埋めておくか、あるいはドクでも盛っておくしかねえのでっさ」
と、恐ろしい作戦を口にしました。
するとコボルトちゃんは、突然ボックの方にとことこ寄ってきて、
「お願いー、ほかの方法にちてくだちゃ~い。ジライやドクは困りまちゅ~」と「お願いスリスリ」をしたと言います。
「はあ・・・。コボルトさま、なんだか服からトマトのニオイがしますよ・・・」
ボックはにやりと笑いました。
「なんとなくカラクリがわかりやした。ジライとドクは使いません。しかし、こうなったら、コボルトさまを大地の精霊と見込んでお願いでございます。これから毎日祠の方にトマト五個を捧げますので、ワルいドウブツからわしの畑を守ってくだせえ」
「え? ・・・五個でちゅか、う~ん。十個の半分・・・」
コボルトちゃんはしばらく考えこんでいましたが、ついに、
「・・・わかりまちたー。お互いのチアワセのために五個で手を打ちまちょー」
と答え、それからはトマトの被害は無くなったそうです。 (採集地:カゴメール地方)