「肝冷斎主人」カテゴリーアーカイブ

中国古典に興味を持っていて「肝冷斎主人」と名乗っています。彼も元私の部下です。著作の一部を載せます。絵も彼の作です。長編がいくつもあるのですが、HPには不向きなので、短編を載せます。画像の処理は、渡邊IT技官・清重IT技官の協力を得ています。
肝冷斎は、自らHP「肝冷斎雑志へようこそ」を立ち上げました。ご覧ください。

ぶすーとする

さて、今度は副賞の授与式です。
「ご承知のとおり、優勝者への副賞はチュウゴク食堂連盟のただ食い券十回分です」
これはすごい。チュウゴク中の連盟加盟料理屋さんでただ食いのできる券が十枚ももらえるのです。しかし、大会役員は続けました・・・
「・・・が、地仙さまには七回分のただ食い券を差し上げます」
どうやらただ食い券が三回分減らされるようですよ。
「どうゆうコトなの? どうちて三回分もらえないの? リフジンなのっ!」
もちろん、地仙ちゃんは大反対です。なにしろクイモノのことですので、回りの目など気にしていられません。大会役員に抗議しました。
「えーとですね、あの、地仙さまはですね、最後に貴重なドンブリをかじってしまったので、その分の弁償として三回分を差し引かせていただいたのです・・・」と大会役員に説明されてもオサまりませんでして、ぶすーと膨れました。
「おほほ、フグみたいになりましてわいな」と碧霞元君は大喜びです。
「はあ、フグですか。「フグは海のサカナじゃないか。なぜ「河の豚」と書くのか」と怒るひともいるかも知れませんので解説しておきます。「本草綱目」によれば「フグは淮河、長江、その他の河や海どこにでもいる。呉・越の地方にはタイヘン多い」と書かれていまして、長江の下流域から福建地方にかけてフグだらけで、淡水でもたくさんとれたのです。なぜ河の「ブタ」かというと、その肉が美味でブタのようであるからだそうです。
なお、「江豚・海豚」と書かれるイルカは長江や海にいて、ブタのようにぶうぶう鳴くので「豚」と言う、とのことですね。
ところでフグといえば、蘇東坡がその美味を褒めて「一死に値す」と言っていますように、おいしいけど猛毒があるので有名です。
この「毒」というのは女性に関わる字なのでして、①「母」が字に入っていますね。「母」というのは、「立派な女性」という意味の文字でして、その一族の祭祀をつかさどるオンナ司祭ともなります。

オンナ司祭として、普通の髪飾りをつけているときは②の「毎」になり、さらにたくさん髪飾りをつけると③「毒」になるわけです。女司祭さまが飾りをつけて神さまのマエにかしづくときの姿が「毎」(もともとは「敏(さと)い」という意味です)、飾りすぎた姿が「毒」ということでして、「濃厚」とか「~過ぎる」という意味で使われていました。
その後、毒草を表す「トク」という字(クサカンムリに「副」)の代わりに使われる(いわゆる「仮借」)ようになりまして、「毒薬」の「毒」の意味になったのです。
なお、「毒」の日本語の訓のひとつに「ぶす」という読み方がありますが・・・」
「なんじゃと? ブス、とはなんじゃわいな」
「ぶす」というコトバを聞きますと、今度は碧霞元君がぶすーと膨らみました。
「あ、いや、あの、その、これはオンナの飾ったのが「ブス」という意味ではなくて、猛毒を持つ毒草「フシ」(附子)に「毒」の字をあてたからと言おうとしたので・・・」と先生はおろおろしています。(なお、女性のブスの語源は「附子のように毒がある」説のほか、江戸時代に、長崎に来たチュウゴク人が女性の品定めをする際、不合格という意味で「不是」(プウシィ)と言ったからだ、という説もあります。念のため)

ライバルたちの正体判明する

金属の盾まで齧ってしまうオソろしい食欲。ニンゲンわざではない地仙ちゃんの能力を見咎めたのは、地仙ちゃんと最後まで争っていた金陵代表の元青霞女史でした。
表彰式の最中に寄ってきまして、じっと地仙ちゃんを見つめていたのですが、やがて、「なんだ、よく見たら精霊の地仙ちゃんだったのね。それなら勝てなくて当然だわいな」と言ったのです。
それを聞いた先生は大慌てです。(注:「読書人」はひとを批判することは得意ですけど、批判されることには弱いのです。)
「あわわ、地仙ちゃん、ニンゲンでないことがバレちゃったよ・・・」
「うふふ。ちんぱい要らないの」
優勝盾を抱えた地仙ちゃんは余裕綽々でして、元女史もにこやかに、
「ダイジョウブよ、わちきは大食いができるので変装して参加しているけど、泰山にまつられている道教の女神「碧霞元君」なのでありんすわいな」と答えたのです。なんとメガミさまだったのです。
「それに三位の能大黒もニンゲンではないのでわいな」
能大黒が元君サマに勧められて、地仙ちゃんにアイサツしました。
「そうでがす。おいらは秦嶺のクマなのでさあ。ほかに唐老人もニンゲンのふりしてますけど、もともとは三百歳のフルダヌキ。参加者の中にニンゲンはほとんどいやせん」
 なるほど。みなさんの回りでもニンゲンとは思えないほど食べるひとがいると思うのですが、そういうひとはニンゲンではないと思った方がいいかも知れません。
先生もなんだか納得しています。
「さすがですね、①「能」は、水中の貝類とか虎だとかの説もあり、またクマという説もありますが、いずれにせよすごい能力を持つドウブツのことだったようで、「能力」とか「可能」とか「(ナニかが)できる」ことを現す文字になったのです。

現在「クマ」のためには、下に四点のついた②「熊」という字を使いますけど、コレも「能」というすごいドウブツに「火」を加えた字で、何か呪術的なモノが背景にあるのかも知れません。
クマは左手で身体を支えて、右手でいろんなモノを持って舐めるので、クマの右のてのひらは色んな味が染みついてとてもおいしいらしく、「熊 」(ユウバン)と言って中華料理の最高の食材とされています。
「春秋左伝」に、楚の王様が謀反を起こした太子に監禁され、「最期にナニかひとつだけ希望を聞いてあげましょう」と言われて、「それでは「熊 」を食べさせてくれ」と言ったというハナシが載っています。王様は結局、食わせてもらえずに自殺してしまうのでして、それほど貴重なモノだったようですね。
ちなみに「状態」「態度」の「態」の字も「能」を使っていて、「ワザと」と訓じるが、これは「能」というドウブツが内面ではワルなのに外面だけは飾っていたためだといいます」
紹介された能大黒は、奥山育ちで根が純朴なタイプなのでしょう、「へへへ、内面がワルで外面を飾っているなんて、まるで都会のコギレイな方のような・・・おホメに預かりまして光栄でございやす」とアタマを掻いて照れています。
しかし地仙ちゃんは、その能大黒の右手を興味深そうにじっと見つめています。これはナニかおいしそうなモノを見つけたときの目です。キケンですよ~。

勝敗は時のウンにもよる

江南食堂協会総協会長が、「えー、優勝、住所不定・地仙どの。右のモノ、江南大食い大会において表記の成績を・・・」と表彰状を読み上げはじめたときです。大会役員席から、敗れた金陵食堂協会会長が突然立ち上がりました。
「異議あり! こんなコドモがあんなに食べるなんてオカシい、イカサマじゃっ」と怒ったのです。怒っただけだったらどうでもよいのですが、「保護者はどこにいる? まさかコドモひとりで出場しているわけではないじゃろうな」と保護者にまで攻撃の矢が飛んできまして、みんな先生の方をじろじろ見ます。
「あ、あの・・・地仙ちゃんはウチのコではなくてフクザツな関係なのですが・・・」と先生がどぎまぎしていますと、「会長、往生際がワルいでありますわいな」
「そうでっさあ、オレたちの負けは負け。イサギよく認めなければなりませんぜ」と二位の元青霞、三位の能大黒の二人の金陵代表が食堂協会会長を叱りつけました。
「な、なんじゃと、キサマらマケグミのタダメシ喰らいのくせに・・・」というコトバを先生は聞きとがめます。
「えー、「勝敗は兵家の常」と申しましてな。勝負ゴトは時の運や人の和などいろんな要素によって決まります。ニンゲンの知性の及びもつかない偶然で勝敗が決まることも多いので、一概に敗者をタダメシ喰らいなどと責めるわけにはいかないのです。
文字から見ても、「勝敗」の「勝」の字は①ですが・・・点線の中はチュウゴク史上最初の皇帝である秦の始皇帝が「皇帝の一人称」と決めたアの「朕」という字(チン。元は「捧げる」「兆候、船板の合せ目」という意味)。「朕」の左側は、天体の月でも肉ヅキでもなくて、舟とか盤を意味する形象で「皿」をタテにしたものと考えてもらえばいいですかな。ということで、「朕」はお盆を両手で捧げているスガタとされております。

 

とても丈夫な歯のコは何でも食べられる

手に汗握る熱戦の末、ついに、「も、もうダメじゃわいな。降参ですわいな」と前年優勝者の元青霞さんがおハシを投げ出しまして、「おお」と観衆から声にならない声があがります。元女史は四十四杯めの親子丼を食べ終わったところでの降参です。食べ残しをしなかったところがさすがというカンジです。
「いや、これはすごかった」「あのコドモが勝つとは」
みんながすごい闘いの余韻に浸っている中、地仙ちゃんが四十五杯目を食べ終えて、「お代わり~」とドンブリを差し出しました。
「あ、あの、もう食べなくてもいいのですが・・・」
「もっとクイたいのー」と言いながらドンブリをお箸でチンチンと叩いていますが、お代わりはもらえません。
「まだ食べられるのに~。・・・ではコレでも食べてちまいます」とドンブリをがじがじと五分の一ぐらいかじってしまいまして、「これは硬いタベモノなの」と言っています。
「ああー、高価なドンブリを歯でかじってしまうとはー!」大会役員はびっくりして付き添いの先生の方を見ました。
「な、なんてコなのですか・・・」
「ホントひどいんですよ。この間は船板もカジってしまったし、わたしの大事な骨董品や書物もあちこちカジられているのです。よっぽど歯が丈夫なんでしょうね。
えー、「歯」という文字は、今はハコの中に「米」が入ってますけど、むかしの字①はハコの中に「人」字形のマークがいくつも入っていたのです」と先生は、勝手に解説にスリカエました。地仙ちゃんも耳ざとく聞きつけまして、「やはりニンゲンを食べていたころのナゴリと申セルの?」と興味深そうです。

「いや、残念なことにニンゲンではなくて、(ア)を見ればわかるように、もともとは歯の形をかたどったと思われる山型が並んでいたんだ。この点線の中の文字は(ウ)から(イ)(ア)、そして①へと新しくなってくるのだけど、(ウ)の字を見ると、歯の象形文字であることがよくわかるね。なんだかスカスカになっていていわゆる「抜歯風俗」(健康な「歯」を抜いて一定の年「齢」になった証拠にする風俗)のせいかも知れないし、ムシバのせいかも知れない。
②の文字は「ウ」と読んでムシバのことなんだけど、これも大昔の(オ)まで遡ることができ、ニンゲンがムカシからムシバに苦しんでいたことがわかる。(オ)は(ウ)の歯の上にニョロニョロしたムシがいて歯を傷めているスガタだね」
もう会場では表彰台が準備されています。どーん、と花火が打ち上げられ、表彰のセレモニーが始まりました。
「これは食べられるの?」地仙ちゃんは並べられていた優勝賞品の盾にもガブリと噛み付いて大会役員を慌てさせています。

 

タタカイの場にマメはない

さて、じゃん、じゃん、じゃ~んと三回ドラが鳴りました。二十杯を越えたのです。さすがにツラそうなひともでてきました。大会はいよいよ佳境に入ってきたのです。
唐老人が、突然「むうう」と胸を抑えて倒れこみました。降参です。「ワ、ワカいころはもっと食えたのにのう、こんなコドモにも負けるとは・・・」
唐老人が皮切りになりまして、次々と脱落者が出始めます。
じゃん、じゃん、じゃん、じゃ~ん・・・。
次にドラが鳴った三十杯のところまで残っていたのは、金陵代表の元女史と能大黒のふたりと、地仙ちゃんだけになってしまいました。ニンゲンの食べられる範囲をもう超えてしまっているのでしょう。既にニンゲンの領域ではないのではないかと思われます。
「すごいな、あのコドモのタタカイぶりは」
「これだけの高度な戦闘はこの数年では見られなかったものじゃ」
会場のひとたちは手に汗を握って見ています。しかし、このタタカイの中でも自分の世界に浸っているひともいるものでして、先生は何かひとりで独り言をぶつぶつ言っているのでした。
「戦闘」というコトバを構成する二文字は、実はよく似た文字なんだ。①の「戦」は「上部に飾りをつけた盾」である「単」という字と武器であるホコを表す「戈」(カ)という字から成っているのでわかりやすい。右手に盾、左手にホコを持った戦士を前から見たスガタなんだ。しかし、②「闘」は、「門」と「マメ」と「寸」から成っている。・・・なんでマメなんだろう、とキミも悩んでいるじゃないかな」
「ピリピリ・・・」
言われるまでそんなこと気づきもしませんでした、というか、そんなことどうでもいいんですけど、とカミナリちゃんは訴えようとしているのですが、伝わりません。

「そういう悩みを持つのはガクモンにとっていいことだね。で、残念だけど、この文字の「門」は「門」じゃないし、さらに門の中にあるモノも、マメでも寸でも無いんだよ。
まず、「マメと寸」に見える門の中の部分は、実は「 」(タク)という文字で「切る」と訓じる。右側のもう少し古い姿を見て欲しいが、左にあるのは「単」と同じかたちの盾で、右側がオノなんだ。「戦」と同じく右手に盾を持ち、左手にはホコでなくてオノを持った戦士を前から見たところなんだよ。
そして、「門」に見えるのは「モン」でなくて「トウ」という字で、点線内のより古いスガタを見ると「なるほど」と思うだろうけど、両側から二人のひとが素手でつかみあいのケンカをしている姿なんだ。武器を使うのもモドカしいというか生ぬるい、というカンジだよね。単なるケンカでなくて、後世ニホンの「相撲」に該当するような「神事としての格闘」だと考えるべきだけどね」
先生の解説には誰も耳を貸しませんでした。先生が話し終えたそのとき、「う、うう・・・」と、ついに能大黒がハシを置いたのです。
「ついに頂上決戦だ」
後残っているのは、元青霞と地仙ちゃんだけになってしまったのです。