カテゴリーアーカイブ:災害復興

復興白書

2012年11月22日   岡本全勝

今日、「東日本大震災からの復興の状況に関する報告」を閣議決定し、国会に提出しました。復興基本法に、「年1回、国会に報告する」と決められています。現在、国会は閉会中ですが、受理してもらい、次の国会に報告されます。
復興庁のホームページなどでとりまとめていた「復興状況」を、簡潔にまとめたものです。ご利用ください。

政府の新たな取り組み

2012年11月19日   岡本全勝

復旧・復興に際して、政府が取った新たな取組を整理しました。今年4月にまとめたものに、その後の項目などを追加しました。これまでにない災害なので、これまでにない運用をしたり、新しい制度を作っています。
今回は、「被災者支援」「復旧」「復興」「原子力災害からの復興」の4つに分けました。このうち、被災者支援と復旧は、主に発災直後から1年程度に集中的に行ったものです。例えば、民間賃貸住宅を応急仮設住宅として借り上げる仕組みを積極的に活用したことや、仮設店舗や仮設工場を貸し出すことなどです。
その後の復興段階でも、これまでにはなかった取り組みをしています。例えば、高台移転のため防災集団移転促進事業につき戸数要件を引き下げたり、国、県、URの専門スタッフでチームを編成して被災地域の復興まちづくりに専門的知見やノウハウを提供しています。原子力災害からの復興は、新しいことが多いです。
今回も、取り組みだけでなく、それがどのような成果を上げたかも書いてあります。ご活用ください。

原発被災地視察

2012年11月14日   岡本全勝

13日14日と、福島県に行ってきました。復興推進委員会の視察の随行です。1日目は、楢葉町、大熊町、浪江町、南相馬市、相馬市で、インフラの復旧、警戒区域内、津波被害地、高齢者向け復興住宅、コメの全袋調査を視察。2日目は、飯舘村と南相馬市で、仮設の中学校、計画的避難区域内で操業している工場、精神病院、仮設の宿泊施設などを見ました。結構な強行軍でした。
相馬市の高齢者向け復興住宅「井戸端長屋」は、立谷市長のアイデアの結晶です。
飯舘村では住民が避難していますが、事業所は許可を得て操業しています。すなわち、従業員は村外から通っています。約300人の従業員は、村にとって大きな雇用の場所です。ただし事故前に比べ、従業員は戻ってきていないようです。働く場は、復興のために不可欠の要素です。ありがたいことです。
村出身の社長が、最先端の金型を作っておられます。「過疎はハンディじゃない」という発言が、頼もしかったです。「日本の物流はよくできていて、ありがたい」とのこと。高速道路があること、運送会社のサービスが良く、福島の山の中でも問題はないのだそうです。また、従業員の確保も、東京より良いとのこと。コンピュータによる精密設計だけでなく、熟練の技術が要るからだそうです。
南相馬市の精神病院は、避難指示で入院患者を圏外に避難させました。職員、特に看護師が戻ってこず、十分な数を確保できないので、ベッド数を削減して再開しています。患者さんと家族は、困っておられるでしょうね。精神病院と患者は、災害の際に、目の行き届かない場所です。
仮設の宿泊所は、中小企業庁がつくった「仮店舗、仮工場貸し出し事業」を活用しています。被災地では、ホテルが壊れ、さらに復興のための作業員がたくさん入っているので、宿泊施設が不足しています。しかし、作業員は事業が終わるといなくなるので、ホテルをつくるには採算が難しいです。仮設の宿泊所は、プレハブ仮設で6畳の広さ、100室です。中小企業庁が、良い制度を作ってくれました。

双葉町視察

2012年11月10日   岡本全勝

今日は、復興大臣のお供をして、福島県双葉町に行ってきました。双葉町は放射能汚染が強く、また警戒区域の見直しが行われていません。入るには、検問所を越え、簡易な防護服(タイベックス・スーツ)、帽子、手袋、靴カバー、マスクをします。町から出る際にも、体についた放射線を測ります(正確には、北の浪江町、南の大熊町・富岡町が検問所です)。
土曜日ですが、町長の案内で、町内を見て回りました。住民が避難したままなので、津波と地震が起きた昨年3月11日の状態が、残っています。遺体捜索のためのがれき片付けはされています。
今日は、第6回目の一時立ち入りの日で、何人かの住民の方が自宅に戻って整理をしておられました。屋根瓦が落ちた家や窓ガラスが割れた家では、雨水が入って、建物が傷んでいます。また、雨水が入らない家でも、ネズミが入って臭いがきついです。
その後、いわき市の仮設住宅で、避難しておられる住民と意見交換をしました。「いつ帰ることができるか、わからない」「先の見通しが立たない」という、切実な声が多かったです。