カテゴリーアーカイブ:災害復興

復興でのコーディネイト力

2014年5月30日   岡本全勝

藤沢烈さんが、被災地支援とともに、現地からさまざまな情報を発信してくれています。
その一つは、釜援隊の活躍です(5月28日の記事)。
・・釜石で、仮設住宅団地と町内会が連絡会を発足させています。仮設住宅の縮小が進み自治が弱まると予想される中で重要な動きです。橋渡しは釜援隊の岡田さんが務めました・・。「河北新報の記事」。
また、NHK Eテレ「東北発未来塾」で4週(6月2日、9日、16日、23日)にわたって、「コーディネイトする力」が特集され、出演するそうです。
これらに共通するのは、烈さんの言葉を借りれば、「コーディネイトする力」です。現場での要望を発掘し、支援する用意のある人や団体とをつなぎます。こう書けば簡単ですが、現場での課題を発掘するには、現地に入り、信頼を得る必要があります。支援する側を見つけるためには、広い人脈が必要です。

震災関連死者数

2014年5月29日   岡本全勝

震災関連死者数を、発表しました。これまでに亡くなられた方は、3,089人です。半年前(平成25年9月まで)に比べて、173人増えています。この半年間に亡くなられた方は11人です。その差は、以前に亡くなられた方で、関連死と認定された方が増えたのです。

被災地視察

2014年5月28日   岡本全勝

今日28日は、衆議院復興特委員の宮古市視察に、同行しました。三陸鉄道、田老地区の復興計画、田老観光ホテルの震災遺構としての保存、高台の造成工事などです。
造成工事は、霞が関ビル1棟分=東京ドーム2杯分の土を削って、谷を埋めます。巨大な重機が、山を削り、土を運んでいました。3月にも見たのですが、工事は着実に進んでいます。説明によると、かなり工期を短縮できるとのことです。
新幹線から見える里山と田植えが終わった田んぼは、田舎出身の私にとって、懐かしくほっとする風景です。また北上高地を抜けるバスの窓からは、新緑の緑、ホオノキの白い大きな花など、自然が一杯です。
もっとも、盛岡まで新幹線で2時間、そこから宮古までバスで2時間、そして田老まで電車で30分です。座席に縛り付けられていると、疲れますね。発災直後は、バスの中で揺られながら、おにぎりやコンビニ弁当を食べていました。被災地では食堂が復旧していなかったので、出発地で積み込むのです(何度も同じことを書いています。反省。でも、記憶が強烈なのです)。
毎回のように醤油をこぼすので、学習した後は使わないようになりました。それに比べると、改善されました。今日の昼食は、三陸鉄道の中で、社長の説明を聞きながら、「海女弁当」でした。時間がないので、こんな日程になります。おいしかったです。
岩手県内では、ほとんどのところで、ソフトクリームを売っています。帰りの休憩でこれを食べるのが、当時からの楽しみです。疲れに効きます。議員の先生方にも、推薦しました。

インフラ工事以外の復興支援を、どう認知してもらうか

2014年5月27日   岡本全勝

今日は、石巻市に行ってきました。
まず、NPOのセーブ・ザ・チルドレンの活動を、見せてもらいました。この団体は、世界の子どもたちを支援することを任務としていますが、東日本大震災も対象にしています。石巻市もその一つです。子どもたちと遊んでいる現場を見るのかと思ったら、市内の子育て関係者の会議でした。子ども・子育て支援制度が新しくなり、これまでの保育園や幼稚園だけでなく、NPO等がやっていた子育て支援活動も国費支援の対象となります。それを地元のNPO関係者にも説明する会議です。内閣府からは西田君(去年まで復興庁で私の部下でした)が来て、熱弁をふるっていました。
幼稚園や保育所では漏れ落ちる子育て支援、子どもの相手を、NPOや個人が補ってくれています。これは全国共通ですが、被災地では特にその必要があるのです。しかし、国の制度に乗っていないので、誰がどこで何をしてくれているか、全体像は把握できません。
これまで、市役所の対象(業界)に入っていなかったこれらの団体に、どのように国の支援制度を周知するか。これが難題です。セーブ・ザ・チルドレンが、その役割を担ってくれているのです。資金の支援の前に、情報の支援が重要なのです。また、いずれ市外からの支援団体は、「撤退」します。地元の団体が自立することが、復興ですから。その過程の一つです。
次に、石巻市役所で、応援に入っている職員と意見交換をしました。他の自治体からの派遣職員は、100人を超えているのですが、この方々は今回は勘弁してもらって、そのほかの仕組みで行っている職員たちです。
一つは、企業からの派遣。もう一つは、ワークフォー東北で行っている職員。もう一つは、復興庁が採用して市町村に駐在している職員です。合わせて10人ほどいるのですが、なかなか情報交換する機会がありません。しばしば会う市長や副市長との挨拶はサッサと切り上げて、この職員たちと意見交換をしたのです。激励をかねて、仕事の内容や困っていることなどを聞いてきました。
ほとんどの方が、民間企業経験で来ています。役所の流儀は、とまどいます。「はんこが多い」「挨拶がない」とか。他の自治体経験がある人も、石巻市役所の流儀とは違います。志は高いのですが、それだけでは、市役所の組織内では仕事は進みません。
そのあと、積水ハウスの新採職員研修の現場を、見てきました。積水ハウスは、新採職員研修の場として、被災地でのボランティア活動を組み込んでいます。被災の現場を見て、オリエンテーションを受け、そして仮設住宅の清掃や側溝の泥出しなどの活動をします。
こう書けば簡単なようですが、被災者に迷惑になってはいけない、新採職員でもできる仕事でないといけない。現地での要望とのすりあわせ、宿泊や輸送の準備など、結構な準備も必要です。それを、NPOが仲介しているのです。「なるほどね」と納得し、感心しました。
会社の方から聞きましたが、職員研修に、大きな効果が上がっているとのことです。擦り傷くらいはありますが、事故はないとのこと。いろいろと苦労はあるようですが。
側溝掃除(この場所は、発災以来3年間掃除をしたことがなかったそうです)で、泥だらけになった職員たちを見て、「この後のビールが、おいしいやろうね」と言ったら、「研修ですから、禁酒です」とのこと。失礼しました。
報道では、復興というと、高台移転やかさ上げ工事などが取り上げられます。それに比べ、このような支援活動は、一つひとつが小さい、数字に表せない、写真に撮りにくいので、あまり報道されません。重要な取り組みなのですが。
このような、復旧工事とは違う取り組み、行政ではない支援活動を、どのように世間に知ってもらうか。そして今後の日本社会に根付かせるか。一つひとつは小さな活動ですが、社会を変える大きな流れになるでしょう。そして流れにしたいのです。私としては、長年課題としている「日本の行政の変化」の一つです。
参考、復興庁のNPOとの連携のページ活動事例企業による支援活動

広い視野から大震災を考える

2014年5月26日   岡本全勝

今日は夕方から、「災後の文明」フォーラムを聞きに行ってきました。これは、御厨貴ほか『災後の文明』(2014年、阪急コミュニケーション)の発刊を記念したフォーラムです。執筆に当たられた先生方が発表と討論をされ、招待を受けた観客が参加しました。
日々、復興の仕事に携わっていると、それはそれで復興に詳しくなるのですが、広い視野や長期の観点からの考察がおろそかになります。蟻の目になって、鷹の目を忘れるのです。皆さんの発言を聞きながら、いろいろと考えました。サントリー文化財団は、広い文明論・文化論の視点から、いろいろと良い企画をしてくださいます。
私の考えは、「大震災、変わらない日本社会、変える日本社会」(2014年3月17日、18日)に、書いたことがあります。
会場で、何人かの研究者と話を交わしました。ある研究者から、次のような議論を提起されました。
・巨額の資金と人員を投入しているが、その効果の検証はどうなっているのか。まだ工事途中であるが、いずれ検証が必要である。インプットやアウトプットでなく、アウトカムである。
・すると、人口減少が続き、また今後も続くであろう津波被災地での、本当の復興とは何であろうか。阪神淡路大震災までは、人口が増える時代の復興であった。今回は日本全体、特に被災地では人口減少が続くなかでの復興である。人口がどれだけ戻ったか、産業の出荷額がどれだけ戻ったかのような指標では、復興は成就しないだろう。
・復興とは、町でも人でも、自立することであろう。支援を続けている限りは、復興とはいえない。
・町の復興計画も、当初作ったものより、見直しをして縮小する必要がある。いくつかの自治体では、行われているようであるが。
・復興を機会に、コンパクトなまちづくり目指して、集落の集約も行うべきである。
後の2つは、まさに先週、参議院予算委員会で議論したことでした。前の2つは、これから取り組まなければなりません。