カテゴリーアーカイブ:行政

政府内意見調整

2009年9月20日   岡本全勝

11日の朝日新聞が、諫早湾干拓裁判について解説していました。佐賀地裁が、排水門開門を国に命じました。これに対して、国が控訴するかどうかが、注目されていました。記事によると、農水省は控訴する考えであったのですが、法務大臣が環境保護の観点から、難色を示しました。また、副大臣たちも、激論したそうです。10日に農水大臣が表明したのは、開門の実施ではなく、開門調査のための環境アセスメント実施でした。
各省間、政治家間の意見対立が、表面化した例です。このような事例は数多くあると思いますが、これまでは多くの場合、官僚による調整で結論を出していたようです。このように、内閣の政治家が議論することで、国民に政策決定過程が見えるようになります。(2008年7月11日)

(内閣の各種会議)
1年も、ホームページを更新しなかったので、ホームページの加筆の仕方やリンクの張り方を、すっかり忘れてしまいました。作成ソフトの画面を立ち上げて、試行錯誤しながら、思い出しています。
各ページを書いてから、時間が経っているので、リンク先がなくなっていることも、多くなりました。気がついたところから、修正しているのですが。
ところで、内閣の関係する各種会議で、すでに終了したものは、一覧になっています。また、過去の資料(ページ)もリンクされていて、見ることが可能です。
現在活動中の内閣の会議一覧
すでに終了した内閣の会議一覧

日本の教育熱心度

2009年9月19日   岡本全勝
19日の朝日新聞は、OECDの教育費調査を載せていました。
教育予算のGDP比は、26か国中25位です。私的負担を加えても、21位です。「限られた投資で結果を出しており、非常に効率的」と評価しているようですが。
このほか、次のような特徴を指摘しています。初等教育で1学級28.4人は、韓国に次いで2番目に多い。教員の給与は比較的高い。小学校教員の授業時間が最も少ない一方、労働時間は最も長い。

産業と補助金

2009年9月18日   岡本全勝
17日の日経新聞経済教室、米田雅子教授の「補助金依存の農林水産業、林業突破口に自立目指せ」から。
・・農林水産省の統計によると、農、林、水産業の国内総生産の規模はそれぞれ、5兆2800億円、2400億円、8900億円である。この3業種にそれぞれ2006年度で、2兆400億円、3900億円、2500億円の国の予算が投じられ、単純な費用対効果で考えれば、2.6倍、0.6倍、3.6倍となる。林業予算には二酸化炭素吸収や水源涵養、国土保全などの公益的機能維持のための経費も含まれており、単純には比較できないが、生産額よりも投入された税金の方が多い・・
しかも、ここで書かれた国費以外にも、地方団体が予算を投入しています。

再チャレンジ室廃止

2009年9月18日   岡本全勝

このたび、内閣官房再チャレンジ室が、廃止されました。仕事は事実上終わっていたのですが。わたしの、再チャレンジ室長併任も、解除になりました。関係資料は、内閣官房の「活動を停止・終了した会議」の中に保存されています。このページは、これまでの内閣の関心事項(各府省でないもの)が、わかります。「大連載」でも、内閣官房による政策の統合を取り上げました。どのような分野が対象になったか、整理してみようと考えているのですが。

外交と国家戦略の歴史

2009年9月15日   岡本全勝
本田優「日本に国家戦略はあるのか」(2007年、朝日新書)を、読みました。そこに、外交・国家戦略から見た戦後の3区分が載っています。
第1期は、敗戦の1945年から沖縄返還の1972年までです。第2期は、1972年から冷戦終結の1989年までです。第3期は、1989年から現在までです。
第1期は独立と復興が国家目標で、沖縄返還と経済成長を達成しました。目標は明らかでした。そして、平和を保ち、経済大国になりました。第2期は、経済大国になって目標を失いました。国際的には、ニクソンの対中政策などで冷戦が緩和し、またソ連のアフガニスタン侵攻で緊張しました。しかし、日本は新たな目標や戦略を持たないまま、時間が過ぎました。
第3期は冷戦が終結し、国際的枠組みが大変化し、地殻変動が起きています。日本は、湾岸戦争への協力、PKOへの参加など対症療法的に対応しています。また冷戦終結は、経済にも大きな影響を与えました。
私は、戦後日本の行政を考える際に、経済成長から3つの時期に区分して説明しています。「新地方自治入門」p125など。私の区切りは、石油危機の1973年とバブル崩壊の1991年です。私のは経済財政であり、本田さんのは外交国家戦略です。しかし、少しずれてはいますが、私の区分と本田さんの区分は、見事なくらいに一致しています。
そして、第1期は目標が明確でありそれを達成したこと。第2期は目標を失ったこと。第3期はもっと混乱していることも、同様です。国家戦略からいうと、第2期は現状を謳歌し、次の手を打たなかった考えなかったという点において、「失われた期間」だったのです。
連載「行政構造改革」第1章第2節(10月号)では、経済成長の3区分を基に、これが負担を考えないという日本の欠点になったことを論じています。また、冷戦時にアメリカの傘に入ることによって、「一国繁栄主義」「一国平和主義」になり、国際貢献を考えなくなったことも、議論しています。