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行政

川崎市の改善の取り組み

川崎市役所行財政改革室の北村卓也君から、広報せよとの指示が来たので、皆さんに川崎市の改革の取り組みを紹介します。川崎市では、業務改善・研究事例発表会として、2月12日に「第1回チャレンジ☆かわさき選手権」を開催します。
職員が、業務を行う中で考え、改善・研究した取組を発表する場です。各局の代表事例が、発表されます。例えば、外国人市民にも利用しやすい区役所づくりとして、「フロア案内・対応マニュアル」を作成した例などです。詳しくは、市のHPをご覧ください。
北村君によると、狙いは次の3点です。
①各職場の改善の取組や研究成果を庁内で共有する
②改善や研修への挑戦がしたくなる風土を創るため
③市民・全国に川崎市の改善を伝えていくため
そして、職員のモチベーション向上を、狙っています。これが、私が昨日このHPで書いた「改革の勧め」に合致しているので、取り上げてほしいというのが、北村君の依頼です。
3月には、20都市が集まって、「全国都市改善改革実践事例発表会」を、中野区で開催する予定だそうです。どんどん広がると良いですね。
北村君には、内閣府で経済社会システム担当をしていた時に、一緒に仕事をして、お世話になりました。このHPの「日本の人口」なども、北村君が作ってくれたものです。

高齢者は弱者か

週刊「東洋経済」2008.1.12号「経済を見る眼」八代尚宏教授の「高齢化社会へ対応した年金改革を」から。
・・過去の高い成長期には、働く者は年々豊かになる一方で、貧弱な蓄えに依存した高齢者は、疑いもなく「弱者」であった。その意味で年金や医療保険における世代間の負担と給付の格差は、公平な所得再分配であった。しかし、戦後生まれの団塊世代が引退期を迎え、高齢者世代はもはや弱者でなく、最も所得や資産の格差が大きな年齢層でもある。
社会保障の負担を若者世代につけ回すのではなく、貧しい高齢者の生活保障は、豊かな高齢者の負担で賄う、同一世代内の所得再分配を基本とする必要がある・・

文化と芸術による元気なまちづくり

元気で住みよい街の要素に、地域の文化や芸術があります。海外の優れた芸能文化に触れることも良いことですが、そのような輸入ものだけでなく、地域の財産である文化を受け継ぐことや、地域の芸術を振興することも必要です。
そのような活動を支援する団体として、「地域創造」という財団があります。いろんな公演や活動を、支援しています。また、ホームページに、たくさんのデータが入っています(地域の文化資産公演スケジュール地域の公立ホール・美術館)。便利ですよ、ご利用ください。

地域振興、ないものねだりからの脱却

新聞各紙が、新年から1面で、日本の未来に向けて、課題と処方箋を連載しています。先日も書きましたが(明るい日本に、誰がするのか)、悲観論だけでない、建設的な記事や主張を期待しましょう。4日の朝日新聞では、地域の活性化のために、これまでは、道路がほしい××が欲しいといった「ないものねだり」をしてきたが、これからは、地元にある歴史や文化といった資源を見つけ出す「あるもの探し」が重要だと、指摘しています。
また、アレックス・カーさんの次のような指摘も、紹介しています。「戦後の日本は、古いもの=文明でない、自然=危険として、古い街並みを壊し、山を真っ平らにし、土手をコンクリートにかえた。日本の自然や古い街並みには、欧米人をも引きつける力や妙があったのに・・なぜこんなことになったのか。原因の一つは、日本人の誇りの欠如だ。もう一つは、古いものを残しつつモダンにする技術が、これまでに日本になかったことだ・・」。
そうですね、「残そう」と言いつつも、その技術が欠けていました。古い家や街並みは、精神論だけでは、残せませんね。詳しくは、原文をお読みください。

人口減少時代の自治体

矢作弘著『「都市縮小」の時代』(2009年、角川oneテーマ21新書)が、興味深かったです。人口減少に直面した都市が、どのような対策を打っているか。欧米と日本の代表的な都市を、取り上げています。本書にも書かれているように、これまでの各市の「総合計画」は、将来推計人口が増えるという前提・願望で作られていました。しかし、ほとんどの都市で、それが裏切られたことも事実です。山村や離島での過疎と産炭地域の衰退などは早くから政治課題になり、特別立法が作られました。しかし、それ以外の地域でも、基幹産業の退出などで、人口が減った都市はいくつもあります。さらに、東京一極集中が、地方都市を空洞化しています。そして、日本全体の人口減少が、全国を覆います。一部の都市の問題ではないのです。
私もこの問題が、地域政策の重要問題だと、関心を持っていました。拙著「新地方自治入門」でも、中心市街地の空洞化やニュータウンの衰退など、人口減少の問題を指摘しました。また、どうしてイタリアやフランスの片田舎で、満足して暮らせるのかも、問題提起しました。しかし、それ以上の議論は、できませんでした。地方に講演に行くたびに、その街の衰退を聞かされ、悩んでいました。十分な議論ができないのですが、いくつか論点を、羅列しておきます。
1 市役所も街のリーダーたちも、引き続き工場が来て人口が増える夢を追い求めたこと。1980年代までは、多くの地方で企業誘致による産業振興が成功しました。だから、その夢を追い続けたのです。
2 しかし、アジア各国が成長し、加工組立型工場は海外に逃げ、従来型の工場誘致は困難になりました。そして、それに代わる新たな産業振興モデルを、政治も行政も経済界も、提示することができませんでした。
3 農業では、従来のような、小規模米作では所得は増えない。そのことは早くから指摘されていながら、大規模化などが進みませんでした。
4 住宅開発、商業施設や公共施設の郊外立地が、都市を寂れさせることに気づきながら、止めることができなかった。学校や老人施設、公共ホールが、郊外に立地したことは、残念なことでした。
今ようやく、コンパクトシティを目指す動きが出てました。
この問題の基本は、その地域が何で食っていくか(人を養うか)という産業論と、もし雇用と所得が増えないとするならば、それを前提としてどのようなまちづくりをするのか、だと思います。
もちろん、これは、それぞれの地域が、取り組むべき課題です。しかし、国としてどう対処するかも課題です。特に産業論は、国の役割が大きいです。かつて国土庁に、地方振興局がありました。省庁再編で分割され、そのような局はなくなりました。また、総務省(旧自治省)には、古くから地域政策を担う課はあったのですが、地域経済局(課)はありませんでした。経済産業省には、地域経済産業グループ(審議官)があります。