北海道大学の宮脇淳先生が、『政策を創る!考える力を身につける!「政策思考力」基礎講座』(2011年、ぎょうせい)を、出版されました。中央政府の職員にも、地方政府の職員にも、新しい課題に対し、政策を考えることが要求されます。
何度も書いていますが、先進諸国に学び、政策を輸入する時代は、とっくの昔に終わりました。例えば、世界一の高齢国になった日本に、お手本はありません。地域の産業をどう振興するか。課題は、地元にあります。
自治大学校などでは、いわゆるケーススタディで、具体的な課題について、どのように対策を考え実行に移すかを、練習してもらっています。
宮脇先生の新著は、ケーススタディではなく、その前に必要となる基礎力を養うものです。例えば、「全体の議論をしているはずなのに、個々の詳細な細部の議論に終始してしまうと、1つの枝(細部)の議論が終わると、次の枝の議論になってしまい、全体の議論に至らない。これを、ムササビ議論と呼ぶ」といった指摘(p239)は、皆さん思い当たるところがあるでしょう。長い会議や、回数だけ重ねているのに、結論が出ない会議です(笑い)。
読者としては、政策を創っている人やこれから政策を創っていく人、30~40代の町を盛り上げようとしている人を中心に、考えておられるそうです。この本は、政策基礎力原論ともいうべき書物で、読みこなすには少し努力が必要かもしれません。政策を作ることができる幹部を目指している職員の皆さん、チャレンジしてください。
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自衛隊・海上保安庁の国際貢献
9月11日の朝日新聞オピニオン欄に、大野博人記者の「もう一つの3.11。国籍のない犯罪の時代」が載っていました。東日本大震災が起きた2011年3月11日に、ソマリア沖の自衛艦で、米軍から引き渡された海賊4人を、海上保安官が逮捕したことを、解説しています。公海上の事件でも、日本の司法手続にかけることができるという「海賊対処法」での、初の事例です。
海賊といってもTシャツに短パンという、普通の若者4人です。彼らが襲ったタンカーを運航していたのは、日本の商船三井です。現場は公海上。船籍はバハマ、積み荷は中国向け、乗組員24人に日本人はいません。現場に急行したのは、アメリカ軍とトルコ軍。
破綻国家ソマリアに、国民を裁く能力はなく、どこの国も敬遠する中で、日本が裁判を引き受けたとのことです。
国籍のない事件を、世界政府がない現代では、どこの国が引き受けるか。かつての日本なら、「一国平和主義」の下、遠慮したのでしょう。海賊が「活躍する」アデン湾・ソマリア沖で、海運の利益を最も受けているのは、日本です。わが国は、「関係ありません」とか「能力がありません」とは、言っておられなくなりました。PKO活動や多国籍軍への協力など、危険が伴っても世界の安全への貢献が、求められています。
アデン湾・ソマリア沖の海賊対策での、自衛隊の活躍については、自衛隊のホームページをご覧ください。
復興提言、政治の関与のないプロセス
8月7日読売新聞1面コラム「地球を読む」は、御厨貴教授の「3.11後の政治」でした。
・・3.11から5か月が過ぎようとしている。「戦後は終わり、災後が始まる」と、あの折感じた人は決して少なくなかったはずだ。「国難」という言葉が、久しぶりに日本人の口の端に上ったのも事実だ。だが今、我々の胸をよぎるこの脱力感は一体何なのか。
今度こそ、政治が変わると思ったのに、今の体たらくはこれは一体何なのだ。しかも、解法がすべて行き詰まってしまったという無力感にさいなまれる日々なのではないか。
私はこの間、政府の「東日本大震災復興構想会議」の議長代理として、6月末の「復興への提言」の答申に力を尽くしてきた・・
しかし、有り体に言えば、「提言」をまとめるプロセスに、与野党ともに”政治”は全くと言ってよいほど、関与も介入もしなかった。菅さんだけが、独自の発想と考え方に基づき支え続けたということである。
推進力を徹底的に欠いていた「復興構想会議」は、若き官僚たちと一部の政務の人たちとの献身的協力と、メディアの積極的な報道がなければ、至る所で立ち往生したものと思われる。
結果は、まことに逆説的であるが、”非政治”であるが故に、コトが進んだのである・・
詳しくは原文をお読みください。
臨時的組織の難しさ
私たちの復興本部は、臨時的組織です。大臣、副大臣、政務官を持ち、職員は現時点で約60人。すると、政策を企画する部隊のほかに、様々な機能が必要になります。すなわち、大臣などの秘書室、国会担当、広報担当、人事や庶務担当です。前線で戦う部隊のほかに、後方で支援する部隊です。
これがなかなか難しいのです。各省にある大臣秘書室、国会担当課、庶務課では、過去からの蓄積があり、経験豊かな職員とノウハウを持っています。しかし、臨時的組織で寄せ集めの組織では、いかに優秀な職員を集めても、経験やノウハウの伝授がありません。 また、多くの職員は、法律を作るのは上手でも、旅費の支出手続は詳しくないとか。
例えば、私はかつて総務省総務課長で、国会担当を勤めました。新人課長を、経験豊かな職員たちが、過去からの引継ぎを基に支えてくれました。(2004年2月26日の記事)。紙には書かれていない「しきたり」があって、それを知らないと仕事がうまく回らないのです。
今日、久しぶりに国会の準備に回りましたが、かつての経験はすっかり忘れてしまいました。2年半にわたり、年間の半分を国会で過ごしていたのに・・。仕方ないので、当時のお師匠さんである福本さんに、電話をかけて教えてもらいました。
復興担当大臣は防災担当大臣と兼務なので、内閣府防災部局に助けてもらっています。もっとも、そこも一つの省ではなく、局に相当する「政策統括官」組織です。秘書課や総務課を持っていません。
日頃の業務が、いかにたくさんの人たちに支えられているのかが、良くわかります。感謝。
政党の役割
朝日新聞6月25日朝刊オピニオン欄は、佐々木毅先生と宇野重規先生の「地に落ちた政治、求心力を取り戻せるか」でした。
佐々木:選挙とか支持率とか、目先のことを優先して政治権力をつくってきた。その結果、政権、権力が摩滅するプロセスが4、5年続いていますね。「権威」はかなり前になくなっているが、「権力」もすぐに不安定化、弱体化することが繰り返されている。与党であれ野党であれ、選挙以外ほとんど何もしない政党の限界だと思います。
・・・制度改革の中で「政党」はブラックボックスでした。楽観していたわけではないが、立ち入らないでいました。でも、ここまでくると、外部がどこまでかかわるのか議論はあるが、政党にお任せだとおかしくなってしまいかねない・・
宇野:民主党はまさに政治改革の結果、生まれた政党といえますが、いかなる価値や理念を目指す政党なのか、いまだに分からない。右から左までまとまりがなく、自民党がもう一つできたようなものだという人もいます。
佐々木:「自民党に代わる政権政党」が民主党のアイデンティティーでした。政権につかなければ、党内秩序のうえでも党を成熟させるうえでもそれで十分だった。しかし、政権を取っちゃった以上、それでは不十分です・・
宇野:民主党は政策を煮詰める前に政権につき、迷走した。社会保障はその象徴ですね。
宇野:グローバル化が進むなかで、雇用が流動化し社会不安定化している。それにどう向き合うかというときに、日本政治はリアリティーを欠いたまま迷走している、と。
佐々木:最近の政治家はすぐに処方箋の話をするけど、その前に診断がない。「こうだから、こうしたらこうなる」と詰めて議論する習慣が失われ、「こうすればいい」とだけいうのが目に余る。これはやぶ医者です。丸山真男さんは「現実は可能性の束」と言ったが、どういう可能性がどこまであるかを追求するというのは、ぎりぎり頭を使う作業です。そうした現実にしつこくこだわり、それを変えていくという政治的習俗が弱体化している。ちょっと気が利いたことを言って終わりという、根無し草的な政治になっています・・
詳しくは、原文をお読み下さい。