カテゴリーアーカイブ:行政

政治の役割、国家嚮導行為

2013年2月3日   岡本全勝

高橋信行著『統合と国家―国家嚮導行為の諸相』(2012年、有斐閣)を、本屋で見つけました。
「国家嚮導行為」とは、「政治的計画や予算、外交、国防といった、国家の進むべき基本方針に関わる創造的・積極的な作用」と定義されています。そして、国家が国家として存在するためには、国家がその時々の課題に応じて積極的に政策を遂行することで、国民を国家につなぎ止め、統一がもたらされるという考えです。

連載「行政構造改革―日本の行政と官僚の未来」で、政治家と官僚の役割分担を論じた際に、政治家や政治の役割を書きました。そして、「立法は国会に、行政は内閣に、司法は裁判所に分担される」という三権分立の考えが、政治の役割を忘れさせていることを指摘しました(連載第三章一1統治の中の政治)。
「国会=法律の決定」→「内閣=法の執行」では、誰が政策の立案をするかが抜けています。「法律の決定」の前に、「政策の立案」が必要なのです。すると「政策の立案」→「法律の決定」→「法の執行」という流れになります。そして、現代国家では、政策の立案の多くは内閣が行います。高橋和之先生の「内閣によるアクション―野党と国会によるコントロール」を、わかりやすい説明として紹介しました。
また、政治目標(政治課題)の設定と政策の統合が、与党と内閣の大きな責務であること。この「政策の立案」の多くを官僚に委ねることが、官僚主導です。官僚への批判と官僚主導の問題は、官僚が政治家の仕事を代行していたことを指摘しました(第二章四1政治の責任)。
連載を中断し(総理秘書官になって、とても時間がとれませんでした)、時間が経ってしまいました。月刊誌で14回、200ページを超えるまで書いたのですが。ライフワークと考えているので、勉強を重ね、いずれ本にしたいと考えています。官邸でも現在の職場でも、政策の立案や政と官の役割を、日々体験させてもらっています。経験や知識は増えているのですが、今の仕事の状況では、執筆はいつになるやら(決意表明ばかりで、反省)。
高橋先生の本は、公法学からのアプローチですが、私の視点からも勉強になりそうです。もっとも、読み終えるには、時間がかかりそうないので、読んでいない時点で紹介しておきます。

国勢調査ができない国

2013年1月31日   岡本全勝

1月30日の朝日新聞に、「ボスニア・ヘルツェゴビナ、国勢調査また延期へ」という記事が載っていました。1991年に実施して以来、国勢調査ができないのです。
ボスニア・ヘルツェゴビナでは、1992年から95年まで、激しい内戦が続きました。1995年の和平合意による現憲法は、3つの民族の均衡を定めています。議会や政府は、ボシュニャク(モスレム)人、セルビア人、クロアチア人の3民族から均等に選ばれることとなっています。国勢調査で、3民族の人口比が異なる結果が出ると、この憲法と政府の正当性が疑われることになります。
しかし、国勢調査がないと、人口も年齢分布もわかりません。いろいろと困難なことがあるでしょうね。何か別の手法で、国民を把握しているのでしょう。でないと、税金徴収や行政サービスができません。

戦争の歴史

2013年1月30日   岡本全勝

マイケル・ハワード著『改訂版 ヨーロッパ史における戦争』(2010年、中公文庫)を読みました。数週間前に読み終え、このホームページで紹介しようと考えていたのですが、パソコンの前に放置してありました。中世から現代までの戦争を、小さな書物で解説することは、とても難しいことです。大胆な切り口で分析と分類をしないと、収まりません。この本では、次のような視角で、時代を追って分類しています。
封建騎士の戦争、傭兵の戦争、商人の戦争(交易と海賊)、専門家の戦争(専門的軍隊の出現)、革命の戦争(ナポレオンの衝撃)、民族の戦争(民族国家の成立)、技術者の戦争(第1次大戦)。
わかりやすいです。戦争の歴史というと、軍事技術の歴史を想定しますが、技術以上に、各時代の戦争がその時代の社会・政治・経済を反映した、それが許す範囲内でのものであったことがわかります。

赴任地の困難さ、孤立感

2013年1月29日   岡本全勝

1月23日の日経新聞「アジア跳ぶ、現地ルポ」に、ミャンマーの首都ネピドーの丸紅出張所長の話が紹介されていました。ネピドーは旧の首都ヤンゴンから300キロメートル離れ、密林を切り開いてできた町です。住んでいる日本人は、もう一人の職員と合わせ2人だそうです。
安全な町なのですが、居住困難度は最も高いと判定されました。理由は、孤立感と医療水準の低さだそうです。周りに、日本人どころか外国人がいない。ミャンマーの政府高官も、週末はヤンゴンに戻ります。空港はあるのですが、国際線が就航していません。万が一、重病になっても医療設備の整った近隣国に駆け込むことも難しいのです。気候の他、風土病や食糧事情が悪い国での生活は大変だと知っていましたが、「孤立感と医療水準」の2つは、なるほどと思います。

新しい社会のリスク、セルフネグレクト

2013年1月24日   岡本全勝

1月22日の日経新聞夕刊に、セルフネグレクトの記事が載っていました。アメリカで生まれた概念で、「高齢者が通常1人の人として、生活において当然行うべき行為を行わない、あるいは能力がないことから、自己の心身の安全や健康が脅かされる状態に陥ること」だそうです。
内閣府の経済社会総合研究所の調査では、自治体の地域包括支援センターや民生委員が把握している件数は、7,394件です。これをもとに推計すると、全国では約1万人のセルフネグレクト状態の高齢者がいることになります。
高齢者が一人住まいになると、自分の生活に関して意欲や能力が低下して、無頓着になります。家の中が散らかり、ゴミ屋敷にもなります。各自治体が、ゴミ屋敷対策に乗り出していますが、このような高齢者を支えないと、ゴミ問題は繰り返されるだけです。
一方、「監視社会になってはいけない」という指摘もあります。自己決定権を、他人が邪魔をしてはいけないのです。しかし、健康や判断能力が低下している場合は、後見人制度など、支えが必要でしょう。意識がしっかりしていて、「放っておいてくれ」という人をどうするか。これは難題です。
孤独な社会での、新しいリスクです。この調査は、昨年1月に公表されているようです。よい調査をしてくださっていたのですね。かつて経済企画庁に「国民生活局」があったのですが、なくなってしましました。私がこのホームページで取り上げているように、「生活の安心」を所管する部局が、国にも自治体にも必要です。