カテゴリーアーカイブ:行政

戦後日本の民主主義思想

2016年10月22日   岡本全勝

宇野重規編『リーディングス戦後日本の思想水脈3 民主主義と市民社会』(2016年、岩波書店)を紹介します。このシリーズは、戦後日本の思想を、名著名作のアンソロジー(選集)でたどるものです。集められた論文は、それぞれの時代を切り取り、また後世に与えた影響において、読み直す価値があります。また、宇野先生がどのような考えでこれらを選ばれたか、それも勉強になります。
お勧めは、巻末についている、宇野先生による解説「民主主義と市民社会の模索」(p279~p321)です。実は、私はこの部分しか読んでいない、ここを読むために買ったのですが。
日本人が、戦後改革で受け取った民主主義をどのように考え、育ててきたかがよくわかります。そして、識者が考えた理想的な民主主義や市民社会像と、現実とが違ったことも。見出しは次のようになっています。
Ⅰ敗戦からの再出発、Ⅱ民主主義の諸構想、Ⅲ大衆と市民社会、Ⅳ戦後民主主義の問い直し、Ⅴ新たな民主社会像を求めて、Ⅵ政治空間の行方。(2016年10月22日)

国際化する行政

2016年10月17日   岡本全勝

日経新聞10月10日の「金融用語なぜ? カタカナ連発」から。
・・・金融庁が一般になじみの薄いカタカナ言葉を金融行政で多用している。フィデューシャリー・デューティーやスチュワードシップ・コードなどが代表例だ。あえて難解なカタカナ言葉を使う理由を探った・・・
・・・これまで国会議員に説明する機会が多い霞が関では、カタカナ言葉を使わずにかみ砕いて表現するのが常道だった。最近になって金融庁があえてカタカナ言葉を多用し始めた背景には、東京市場の構造変化がある。東京証券取引所第1部の売買金額をみると、2006年時点で海外投資家の比率は58%だったが、直近の今年9月時点では73%に上り、全体の4分の3に迫る勢いだ・・・
・・・長引くデフレで株式市場などでは国内投資家が投資をためらい、海外投資家の存在感が高まっている。かつて護送船団と呼ばれ、官民一枚岩で進められた金融行政も今は昔。金融庁のホームページで「講演等」の項目を開くと、森長官らの講演録はほとんどが英文で掲載されている・・・
文中に出てくる「金融庁の講演等」のホームページ。考えてみれば、当たり前のことですよね。日本人だけを相手に仕事をしているわけではないのですから。復興庁でも、海外の方に理解してもらえるように、英語のホームページを作り、わかりやすい資料を載せています。(2016年10月17日)

トランプ現象を支えるもの

2016年10月15日   岡本全勝

10月9日の読売新聞、フランシス・フクヤマさんの「トランプ氏”善戦” 中間層根強い不公平感」から。
・・・彼のような大衆扇動型候補の台頭は、英国が国民投票で欧州連合(EU)脱退を決めたのと同様、決して驚くべきことではないからだ。
過去10年以上にわたり、米国でも欧州でも、政治エリートたちは大きな間違いを重ねてきた。米国の場合、イラクとアフガニスタンという二つの不人気な戦争に突入し、大恐慌以来最大の金融危機の下地を作り、庶民を傷つける一方で、自分たちは利益を得た。欧州では、共通通貨ユーロと域内移動を自由化したシェンゲン協定という、課題が多い二つの制度が、米国と似たレベルの大混乱を引き起こしている。
これらの経済的動揺の深刻さを見れば、2008年の金融危機を契機に、もっと早くポピュリズム(大衆迎合)が主要政治勢力となってもおかしくなかった。むしろ驚くべきは、これほど長い時間がかかったことである・・・

10月7日の読売新聞、竹森俊平・慶應大学教授の「米大統領選 自由貿易に影。決められない政治 怒りの矛先」から。
・・・トランプ氏は無知をさらけ出しているのだが、無知を恥じて勉強する代わりに、「知識を持った専門家が米国をダメにしている」という論理を振り回す。
それが彼の一番の問題だ。しかし、「白人、高齢者、低学歴」の国民層にはかえって受けるのだ。これほど米国社会の分裂を深刻にした大統領候補はいない・・・
・・・米国民の不満が今回の選挙を動かしていると言われる。しかし、米国経済は、政治が安定している日本と比べても、はるかに良好で、さらに改善しつつある。不満の原因は「経済」ではなく、何も決められない米国の「政治」だろう・・・(2016年10月15日)

保守とは何か、2

2016年10月14日   岡本全勝

朝日新聞10月7日、佐伯啓思・京大名誉教授の「保守とは何か 奇っ怪、米重視で色分け」の続きです。
・・・ところが話が混沌としてくるのは、アメリカが現代世界の中心に躍り出てきたからである。いうまでもなく、アメリカは王制というイギリスの政治構造や伝統的価値を否定して革命国家を作り出した。「独立宣言」にもあるように、その建国の理念は、個人の自由や平等や幸福の追求の権利をうたっている。
その結果、もしもアメリカの建国の精神という「伝統」に戻るなら、そこには、個人の自由、平等、民主主義など「リベラル」な価値が見いだされることになる。かりに伝統への回帰を「保守」というならば、アメリカの「保守」とは、自律した個人、自由主義、民主主義、立憲主義などへ立ち戻ることである。ここに宗教的・道徳的価値を付け加えればよい。これに対して、「リベラル」は、20世紀の多様な移民社会化のなかで、文化的多様性と少数派の権利を実現するようなひとつの共同社会としてのアメリカを構想する。ここに、イギリスなどとは異なったアメリカ型の「保守」と「リベラル」の対立が生まれたのである。
ということは、本来のヨーロッパの「保守」からすれば、アメリカは自由、民主主義という普遍的理念の実現を目指す「進歩主義」の国というほかない。伝統を破棄して革新的な実験に挑むことが「進歩」だとする意識がアメリカには強い。こうした進歩主義を警戒するのが「保守」だというなら、アメリカには本来の意味での「保守」はきわめて希薄なのである。
さて、それでは日本はどうなのか。われわれは、アメリカとの同盟を重視し価値観を共有する者を「保守派」だという。安倍首相が「保守」なのは、まさしくアメリカとの同盟重視だからだ。するとどうなるか。アメリカと協調して自由や民主主義の世界化を進め、たえざる技術革新によって社会構造を変革することが「保守」ということになる。
これはまったく奇怪な話であろう。構造改革にせよ、第4次産業革命にせよ、急進的改革を説くのが「保守」だというのだ。もともと既成秩序の破壊、習慣や伝統的な価値の破壊を説き、合理的な実験によって社会を進歩させるという革新主義は「リベラル」の側から始まったはずなのである。それが「保守」へと移ってしまい、リベラルは保守に吸収されてしまった。
私は、「保守」の本質は、近代社会が陥りがちな、急激な変革や合理主義への抵抗にある、と思う。それは、社会秩序を、抽象的な普遍的価値に合わせて急激に変革するのではなく、われわれの慣れ親しんだ生活への愛着を大事にし、育ってきた文化や国の在り方を急激には変えない、という精神的態度だと思う。そして、この「本来の保守」の姿が今の日本ではみあたらないのである・・・(2016年10月14日)

かつての業界行政

2016年10月13日   岡本全勝

10月10日の朝日新聞「証言そのとき」斉藤惇さん(元野村證券)の「市場の時代道半ば11 金融制度論深まらず」から。
・・・87年、金融制度調査会(金制調)の制度問題研究会が報告書をまとめ、業態別規制の問題を提起した。銀証制度改革の論争が始まる。
当時、野村証券の債券や株式の担当役員だった。新商品の認可を得るため大蔵省によく出入りしていた。銀行、証券両局で金制調と証券取引審議会が毎週のように開かれていた。銀行側が証券を兼営するユニバーサルバンクを志向、証券側が反発する構図だった。証券局で用事を終え廊下を歩いていると、旧知の銀行局課長から「また何か入れ知恵にきたでしょう」と声をかけられる。証券局の担当者には「向こうは何を話していた?」と聞かれた。
なんだこれはと。同じ階なのに、縦割りで所管の業界や局の権限を守るのにきゅうきゅうとしていた。
制度改革の一番の狙いは、長期信用銀行の行き場所を作ることだと証券業界の人間には見えた。
産業資金を供給してきた長信銀だが、都市銀行が企業向けの中長期融資に進出し居場所がなくなっていた。金融債で資金を集め長期で融資するやり方も金利変動リスクをもろに受けるようになった。国債の発行量で金融債の金利が左右され、調達コストが安定しない。以前は考えられなかった先に貸したり金融債を買ってもらったりしていた。
銀行局は追い込まれた長信銀の生き残る道を証券業務にと考えたと思う。なかでも日本興業銀行は、業界をまとめ役所と一体で動く銀行行政のパートナーだった。だからとにかく守りたかったのだろう。だが証券業界は危機感が強かった・・・(2016年10月13日)