財政学の教科書には、財政の3つの機能が載っています。
1 公共財の提供(資源配分の調整)
2 所得再分配(所得と富の分配の調整)
3 景気の調整(経済の安定化)
市場の失敗に対する補完として説明されます。マスグレイブが体系化しました。
これは、財政の役割です。しかし、市場と政府の関係をより広い視野から見ると、政府の役割には、これら以外にも重要な役割があります。
すなわち、市場経済が機能するように条件を整備することです。私有権の保護、契約の尊重、取引のルールの設定、紛争が生じた際の解決などです。これらが機能して、初めて市場の失敗が議論になるのです。
私は、「国家の役割と機能の分類」で、「経済社会活動のルール設定」という項目を立て、次のようなものを具体的な行政分野としてあげました(行政の分類)。
①経済社会:民法・商法・会社法、通貨制度、金融制度、経済取引
②労働:労働・雇用法制
③公共空間管理:電波・電気通信の監督、交通ルール
④紛争処理:民事裁判、各種ADR制度
もう一つ、市場に対する政府の役割があります。
「国民生活の向上」のために、産業政策、科学技術の振興を行うことも、現代の政府には期待されています。これも、財政の3機能(市場の失敗の補完)とは違った、政府の役割です。
拙稿、「行政構造改革」第3章第3節政治の役割(月刊『地方財務』2008年9月号)で、このような政府の役割を整理しました。ところで、このような議論(政府の役割)を整理した教科書は、案外見つかりません。もちろん拙稿は、十分とはいえません。連載自体が中断しています。すみません。いずれ、完成させます。
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行政-行政機構
歴史の教訓、2
『歴史の教訓』から、もう一つ考えたことを。
著者は、「第6章 予測」で、次のように書いています。
・・さらに避けてとおることのできない問題は、行政部門とホワイトハウスに関する問題である。ニクソンは、かつては省務と考えられていたいくつかの職務を、国家安全保障会議の専門職員に移管し、専門職員たちが情報を収集し、事件の評価を提出し、取るべき行動方針を分析することになった。このような機構改革の結果、あらゆる省・部局の権力や影響力がいちじるしく減退することになった。だから、未来を推測する時われわれは、次のような問いかけを行わなくてはならない。すなわち、こうした傾向が一時的現象でないなら、肥大化し複雑化した国家安全保障会議の専門職員は、国務省やCIAの場合と同じように、自らの機構の利益や機構内の紛争を今後助長させようとするのだろうか。もしそうなら、その利益や紛争はどのような形態のものになっていくのか・・p235
かつて韓国を訪れ、内務部や後に行政自治部(これが韓国の自治省に当たります)の幹部と話した際、内務部の職員と権限の一部が大統領府に移され、大統領府と内務部との間で仕事の進め方が難しくなっていると、聞きました。
アメリカや韓国は大統領制なので、日本とは少し事情が異なります。しかし、総理主導・官邸主導が多くなると、似たような問題は起きます。総理が担当大臣や担当省幹部を呼んで、相談し指示を出している分には、問題は起きません。総理が担当省でない人たちを使うようになると、問題が出てきます。総理と各大臣との役割分担をどうするか(組織論であるとともに政治権力論になります)、官邸で総理を支える職員や官僚でないスタッフと各省官僚との関係をどうするか(これは組織論です)。
もちろん、各省から官邸に出向している秘書官や参事官は、板挟みになることは、これまでにもありました。このほかに、内閣官房や内閣府に設けられる各種の改革本部も、他省の所管業務を改革することが多く、各省との利害対立が起き、本部に出向した官僚は、板挟みになります。その所管業務に詳しいのは、各所管省の職員です。彼らを排除して改革することも、難しいです。
民間の組織や市場ルールを改革する場合は、官対民の戦いになりますが、各省改革や各省の所管業務を改革する場合(それも各省の反対がある場合)は、政対政または官対官の戦いになるのです。政治が仕切ってくれれば、官の悩みは少なくなります。この点については、組織内改革・組織間改革をどう進めるかという観点から、別途書きましょう。
規制委員会は業界から嫌われるべき
朝日新聞3月6日オピニオン欄「原発安全の番人」グレゴリー・ヤツコ前アメリカ原子力規制委員会委員長の発言から。
「日本の原子力規制委員会は、NRCをモデルにして原発を推進する省庁と切り離しましたが、電力業界から不満や批判もあるようです」という問に対して。
・・業界の人たちが不満を持っているのなら、たぶんいいことです。規制当局にとって最も大切なのは、許認可の意思決定の際、独立して判断が下せる能力です。日本には今、それがあると信じます。
それには、自らが技術的な専門家集団でなくてはなりません。そうでないと、他の人たちの情報に頼らざるを得なくなる。規制当局の存在意義とは突き詰めると、事業者が自らノーと言いたくないことに対して、時にノーを言うことです・・
古くてすみません。連休中に資料を整理したら、切り抜いてあったのが出てきたので。でも、この主張には納得します。
グローバル化が行政に与えるインパクト、その2
また、大橋洋一先生は「グローバル化と行政法」で、国際的約束を実現するために国内法が必要である場合に、法律制定手続きが持つ意味を、次のように整理しておられます。
1 与野党間の利害対立を統制する。
2 実現に向けた行政機関の権限や組織を指定する。
3 実施に向けて紛争が生じた場合の評価規範としての意味を持つ。
4 国民に対して、新規施策を宣伝する。
5 既存法律体系との調整が必要になる。
確かに、果たしている機能から見ると、このようにさまざまな効果があります。
グローバル化が行政に与えるインパクト
大橋洋一執筆「グローバル化と行政法」(『行政法研究第1号』(2012年9月、信山社)所収)が、勉強になりました。この雑誌は、宇賀克也東大教授が創られた、行政法学のアカデミックな研究論文を掲載する雑誌です。また、大橋先生の論文は、2012年6月にソウルで開催された「東アジア行政法学会第10回大会」の報告の一部です。
詳しくは、論文を読んでいただくとして、私が参考にしたのは、次のような指摘です。
国家を中核的単位として発展してきた行政法学にとって、国家の境界を越えたグローバル化は、大きな変革要因になっている。
グローバル化には、次の3つが含まれている。
1 経済取引が地球規模にまで拡大したことに伴い発生する問題群、「市場のグローバル化問題」。
2 地球規模で人や物、資本ないしサービスが自由に行き来することに伴う問題群、「移動・移転に伴うグローバル化問題」。
3 国家の枠組みを超えて地球規模での対応を必要とする新規政策課題、「地球規模の政策課題としてのグローバル化」。
そして、グローバル化が地球規模の移動を持つ動態的概念であることから、国境という境界線を設定し、その内部での統治、支配、管理、規制といった要素に起源を持つ伝統的国家像に対して修正を迫る傾向を持つ。また、安定的秩序形成を基本的任務としてきた法律制度と法律学に対しても、緊張関係に立つことがある。
国際行政法では、国家の上位に超国家機関を設立して、そこに各国の行政権が持っていた権限を移譲するのではない。従前のように、各国が議会を持ち、行政機関を配置して、国内行政事務に加えて国際行政事項の執行も担わせるという基本形態を維持した上で、国際機関なり国家相互の協議で取り決めた基準や目標を国内において円滑に実現していく。つまり、国家相互間の制度調整問題が、中心的検討事項とされている。
すると、グローバル化は、行政のスタイルの変化も要請する。
例えば、従来の公法学では、行政主体間の調整原理として、官僚組織を念頭に置いた、垂直関係における階層性の調整が重視されてきた。これは指揮監督権に基づく調整ルールである。これに対し、国家相互間の調整や、国内にあっても地方分権や市民に近い行政過程が重視されるようになると、対等主体間の協議ルールや補完性の原則などが重要性を獲得する。従前のように、広域の主体が優位性を誇るといった調整原理ではなく、それぞれの主体が自己の利害や構想を主張する一方で、相手方の利害や立場に対しても敬意を払う相互配慮が調整原理として注目されることになる。
私たち官僚は、行政実務の先端で働いていて、自分が担当している事案や分野では、第一人者になろうと努力しています。しかし、私たちがおかれている環境や課題の変化とそれに対する理論について、全体像を見ることは困難です。マスコミや学者による、鳥瞰図や理論化は、役に立ちます。