カテゴリーアーカイブ:社会

低い幸福度の理由

2026年1月26日   岡本全勝

2025年12月13日の日経新聞「くらしの数字考」は「幸福度 日本の順位なぜ低い」でした。

・・・日本は今なお世界4位の経済大国で、長寿も世界トップレベル。だが、国や地域別に「幸福度」をはかる国際調査では、順位の低迷が続いている。なぜなのだろうか。

英オックスフォード大などがまとめる「世界幸福度報告書」2025年版で、日本は147カ国・地域のうち55位と、前年の51位から順位を下げた。同調査は各国・地域の約1000人に対し、生活満足度を0から10の範囲で自己評価してもらい、直近3年間の結果を平均して幸福度を測定する。
国・地域間の違いを理解するための項目別データをみると、日本は「健康寿命」は世界2位、「1人あたりの国内総生産(GDP)」は世界28位と高水準。一方で「人生の自由度」(79位)や「寛容さ」(130位)などの順位が低い。
他の調査でも日本の幸福度は低迷している。米ハーバード大学などの研究チームが4月に公表した調査結果では、調査対象の22カ国・地域中で最下位。国際調査会社の仏イプソスが25年に実施した幸福度ランキングでも日本は30カ国中27位だった。

どうして日本の順位は低くなりがちなのか。幸福度の分析をする青山学院大学教授の亀坂安紀子さんは「当然の結果」と言い切る。
賃金の伸びが物価上昇に追いつかず、男性の稼ぎだけで家計を支える生活モデルが厳しくなった。仕事をする女性は増えたが、家事負担は減っておらず、時間に余裕がない人が増えており「時間貧困で、生活満足度が低い」(亀坂さん)。幸福度を上げるには、睡眠時間を長くし趣味や娯楽を楽しむ時間を確保することが有効だとみる。

一方で「日本人は世界一幸福だが、その幸せに気付けていない」ことが低迷の原因と分析するのは、幸福やストレスについて詳しい精神科医の樺沢紫苑(しおん)さん。感謝の気持ちを持つとセロトニンという脳内物質が出て幸福感を感じられるが、日々の生活に不自由しないことが当たり前になり、感謝の気持ちを持ちづらくなっているとみる。
調査方法が一因との見方もある。幸福度の調査に詳しい武蔵野大学教授の前野隆司さんは、幸福度を聞く調査だと「謙虚」に回答しがちな日本人は順位が低くなりがちだと指摘する。
「個人主義的な国は(自分の幸福度を)高めに答えて(アジアなど)集団主義的な国の人は低めに答える傾向がある。その点は差し引いて考えた方がよい」(前野さん)

一方で前野さんは、日本人が孤独を深めていることが幸福度を下げている側面もあるとみている。「もともと日本人は誰かと一緒に過ごすと幸福を感じやすい傾向にあるが、欧米的な個人主義の広がりと共に幸せを感じにくくなっているのではないか」
世界幸福度報告書は「若年成人の孤独感は日本が突出している」と指摘する。報告書中の調査では、日本の若年成人の30%以上が、家族や友人など親しいと感じられる人が「いない」と回答した。
高齢化や晩婚化により、一人暮らしをする単独世帯も増えている。日本は誰かと一緒に食事をする頻度のランキングで、142カ国・地域のうち133位だった。
誰かと一緒に食事をする割合が高い国の人は、社会的に強く支えられていると感じ、孤独感が弱い傾向にあるという。日本では主体的に「おひとりさま」を選び単身生活を楽しんでいる人もいるが、社会的に孤立し困りごとを一人で抱える人も少なくない・・・

退職後、組織外に居場所の準備を

2026年1月19日   岡本全勝

2025年11月18日の朝日新聞オピニオン欄「それぞれの卒業」から。

「組織外に居場所の準備を」 太田肇さん(同志社大学名誉教授)
・・・会社などを定年退職することを「卒業」と言うことがあります。学校の場合、卒業要件を満たして出ていくといった意味だと思いますが、職場についても、その組織から与えられた役目を終えて、送り出してもらうといったイメージが重なるのかもしれません。
職場は、一種の共同体のようなものです。組織にどっぷりつかり、会社と一体化しているような人は、共同体の外部と接する機会が少なくなりがちです。すると、地域コミュニティーとの接点も少なくなり、卒業後に居場所がなくなってしまいがちです。

組織の中にいれば、仕事や役割は基本的に与えられるし、地位の高い人ほど周りがコミュニケーションの「場」を作ってくれます。ですが、一歩外に出たら、その肩書や地位は通用しなくなります。卒業後は、受け身の姿勢では何も始まりません。家庭や地域コミュニティーで「私は部長だった」などと言っても、嫌がられてしまうでしょう。
ソフトランディングが必要です。定年は来るものだし、それが何年後かも、だいたい分かっています。卒業後を見据え、在職中から職場以外の居場所を作っておくことが大事です・・・

・・・組織に属していると、「会社に迷惑をかけられない」と考えるなど、色々と制約が多いのも事実です。卒業後は、そこから解き放たれ、自分の意思や能力で自由に何でもしやすくなる面もあります。私自身も今年春に大学教授を卒業しましたが、考えたり書いたりするためのまとまった時間が取りやすくなり、よりスケールの大きい、大胆なことも言いやすくなったような気がします。
組織を卒業した後は、それまでの経験を生かし、自分個人の力を存分に発揮できる「第二の人生」が待っている。そして、その準備は卒業前からできる。そう考えてみてはいかがでしょうか・・・

聖者が街にやってくる?

2026年1月16日   岡本全勝

「聖者が街にやってくる」という歌、ご存じですよね。
Oh, when the saints go marching in・・・
中学生の頃でしたか、私にもわかる英語です。黒人の歌手が迫力ある歌い方をするので、印象に残りました。表題を見て、キリスト教の偉いお坊さんが街にやってきて、信者がついて歩くのだと思っていました。

しかし、それにしては軽快なメロディーだなあとも、思っていました。インターネットで調べたら、わかりました。ウィキペディアには、次のようにあります。
「原詞は聖書の黙示録を踏まえ「最後の審判で聖者が天国に入って行くとき、自分も一緒にいたいものだ」と歌うのもので、「聖者が街にやってくる」訳ではない」
納得。それにしても、とんでもない誤訳ですね。

と書いたのですが、次のような反論がありました。そんな訳詞があるのですね、知らなかった。
・・・「聖者の行進」の「マーチングイン」をうまく生かした「街にやってきた」という訳は、誤訳ではなくて意訳というべきだと思われます。
「黒人霊歌」はほぼ我が国における「御詠歌」の役割を果たしていたものと思うのですが、南部の黒人教会(白人たちとは別の教会)でお墓までの葬送曲として謳われていた「聖者の行進」(「この世の終りの最後の審判で、星が墜ち、月が血のように赤くなるとき、その(天国に行ける)メンバーの中に我らを入れたまえ」これは暗い御詠歌)を、ルイ・アームストロングがコミカルな歌(今のリズミカルな歌)に替え、さらに作訳詞者・小林幹治さんが、黙示録を読んだこともないわたくしどものために明るいみんなの歌みたいな歌(「星と歌の国から聖者が街に来た、聖者を迎えようぼくらの街に」)にしてくれたらしいです・・・

若者が戻りたくなる「寛容な故郷」に

2026年1月16日   岡本全勝

2025年11月26日の朝日新聞「若者が戻りたくなる「寛容な故郷」に」から。

・・・人口減少が進み、現役世代が今の8割に減る2040年の「8がけ社会」。高齢化も進むなかで、地元を出た若者をどう呼び戻すか、各地の自治体が頭を悩ませている。誰もが答えを見つけ出せないなか、「寛容性」が解だとライフルホームズ総研(東京)の島原万丈所長は説く。その真意を聞いた。

―若者が故郷に戻らない理由は、地方に就職先がないからだと聞きます。
そもそも故郷を出た若者に、地元へ帰ろうという発想がない。仕事がないことがUターンの阻害要因になっていることは否定しません。でも働き先が少ない沖縄県はUターンする若者の割合が69・0%と、全国平均(42・4%)を上回り全国トップです。
経済指標が高いとは言えない北海道や宮崎県もUターン率は高い。そこで私たちがたどり着いた答えが「寛容性」です。

――どういうことでしょうか?
まず私の経験も踏まえて「若者の価値観に対して不寛容な気質の地域からは若者は去り、そして戻ってこない」との仮説を立てました。そのうえで、女性の生き方や家族のあり方への寛容性や個人主義を認める度合いなど8分野64項目で47都道府県を点数化してみました。その結果と、東京近郊(東京・埼玉・千葉・神奈川)に住む地方出身の18~39歳の男女のUターン意向の関連性を調べました。
寛容性を横軸に、Uターン意向を縦軸にした場合、沖縄のほか、大阪、兵庫、福岡など大都市を抱えた府県が右上に、山形、秋田、鳥取など人口減少に悩む県が左下に集中している。縦軸と横軸の関連を示す「相関係数」は0・447で、「地域の寛容性はUターン意向と十分な相関関係にある」といえます。
同じ手法で分析したところ、他県から移住してきた人の離脱意向を下げる効果も確認できました。つまり、地域社会の寛容性は住民をその地域にとどめ、よそへ転出した若者を呼び戻す力を持つ。「寛容性」は地域創生戦略を考えるうえで重要な指標として認識されるべきだという結論に至りました。

――寛容性がある地域とは、どんな地域ですか。
寛容性というのは、言い換えれば他の可能性を認めるということ。「こうでなければいけない」と決めつけない。例えば、女性はこうじゃなきゃいけないとか、若者はこうなんだって決めるから社会が不寛容になってくる・・・

ワーク・ライフ・バランスの移行期

2026年1月14日   岡本全勝

2025年11月9日の朝日新聞、「「全員が猛烈に働く」文化、脱する道は ワーク・ライフ・バランスの現在地 濱口桂一郎氏に聞く」から。

―高市氏の発言をきっかけに「ワーク・ライフ・バランス」に注目が集まりました。
「ワーク・ライフ・バランス」って、実は変な言葉ですよね。この言葉は「ワーク」と「ライフ」が対立を起こしているというイメージを与えます。
でも家事や育児が「アンペイドワーク(無償労働)」と言われるように、「ライフ」は「ワーク」でもあります。同時に、「ワーク」とされるものは「職業生活」という「ライフ」でもある。

―仕事を制限すれば、やはりペナルティーがあります。
ワークの世界は、ライフの領域の責任が希薄な人たちを前提にできています。だから育児で仕事を制限する働き方が、「マミートラック」という揶揄するような言葉で表現される。でも私は、「マミートラック」の価値が見直されてもいいと考えています。

―どういうことですか。
日本企業は全員が「頑張って働く」ことが当たり前とされていますが、世界的に見れば異例です。諸外国では、少数のエリートは厳しい要求に応える、大多数のノンエリートは与えられた水準の仕事をクリアするだけというのが一般的です。
新幹線で「グリーン車に乗るのが当たり前」なのが日本企業です。それ以外はデッキで立たされる非正規雇用。でも本当は、多くの人は一応座れる自由席でいいはずですよね。この自由席が「マミートラック」とされる働き方です。現状はグリーン車が「ノーマルトラック」になっています。

―なぜそうなったのでしょうか。
戦後の平等主義の中で、エリートとノンエリートの格差がなくなったからです。全ての社員が猛烈に働く文化を作り、正社員であれば平等に扱われる。一概に悪いとは言えません。私は「ガンバリズムの平等主義」と呼んでいます。
でもこれは「がんばれる人の平等」です。がんばれるかどうかは個人の問題ではなく、夜中まで働いている時に子どもの面倒を見ている「銃後の守り」があるからがんばれる。この前提を無視して、そこに女性を投げ込んで、さあ活躍しなさいと競争させられたらしんどいですよね。

―人事考課が「ガンバリズムの平等主義」を補強していませんか?
1990年ごろから「欧米はもっと厳しくやっている」という大きな誤解とセットで、ヒラ社員にも「目標に向かってがんばれ」という評価制度が広がりました。現実は逆で、諸外国ではヒラ社員の評価なんてないのが当たり前です。

―あまり希望が見いだせないですね。
社会全体で見ると、今は移行期なのだと思います。男女ともに「転勤がある仕事は絶対にいやだ」というような考え方が広がっている若い世代と、中高年層との感覚の違いが表面化しています。世代交代によって変化は生まれるでしょう。
もう一つ必要なのは、「ガンバリズム」的な働き方に「ついていけない」「嫌だ」という人たちを振り落とさない形で、「がんばる人」をどう選ぶか考えることです。しかし、「社会は平等になった」と感じている人たちにとっては不愉快な話でもあり、納得できるかどうか。難しいかもしれませんね。