マンホール、あの道路にある穴と蓋です。下水道などの点検の際に、作業員が出入りするように作られています。
その語源が、人(man)の(通る)穴(hole)だと、知っていましたか。あるとこで教えてもらい、ウイキペディアを見たら、確かにそう書いてあります。なるほどと思いつつ、安直な命名ですね。
その連想で思い出しました。東大寺大仏殿の中の柱に、穴が空いているものがあります。大仏さんの右後ろ(大仏さんからは、左後ろ)の柱です。くぐると御利益があるとのことです。私も、子供の時にはくぐりましたが、大人になってからは引っかかりそうで、試したことがありません。大きな柱とはいえ、柱に穴を空けるのは、危険なことと思うのですが。あれも、マンホールかな。
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親の老いを見守る
2016年12月10日の日経新聞夕刊「こころ」面、長尾和宏医師へのインタビュー「親の老いを見守る」から。
・・・「親の人生の穏やかな終末期や臨終を子供たちが邪魔している。20年にわたる在宅診療で約1000人を看取った長尾和宏さん(58)はそう言い切る・・・
・・・担当する高齢患者の家族や親の介護の相談に訪れる方々の話には共通点があります。「親の体が衰えたり認知症になったりして困っている。医療や薬の力でなんとかしてほしい」というのです。本人はちっとも困っていないのに、子供たちがうろたえている、という構図です・・・
・・・子供にとって親は、ある時期まで強くて頼りになる存在です。親しみを持ち敬意を払う対象でもあります。親の老いを受け止められないのはこうした親像から離れられないのも一因でしょう。
しかし、そんな親もいつかは老いていきます。元気いっぱいだった母親にがんが見つかり、物知りだった父親が認知症になる。子供は戸惑い、嘆きますが、今や2人に1人ががんになり、認知症も2人に1人がなる時代が間もなくやってきます。「当たり前」のこと親に起きているだけで、自分の親だけはそうならない、と考えるのは現実を直視しない独りよがりです・・・
立ち乗り2輪車の活用
今日、ご近所で、セグウェイに乗った人を見かけました。電動立ち乗り2輪車、と呼んだら良いのでしょうか。開発された頃はニュースで見ましたが、その後お目にかかったことはありませんでした。
「それほど便利ではないな、遊び用かな」と思っていましたが、今日の使われ方を見て、これは価値があると思いました。
乗っているのは中年男性で、左足が少し不自由なようです。ギプスの様な補装具をつけておられます。横断歩道を渡って歩道に乗る際に、タイヤが小さいので(直径30センチくらいでしょうか)、そのまま乗り上げることができず、いったん降りて歩道に引き上げて、再度乗り直して行かれました(その際に、足が不自由だとわかったのです)。歩いている人たちより、少し速い速度です。
納得です。この方は、車いすに乗るほどの障害ではなく、歩くことはできるのですが、不自由なのです。このような使い方は、活用されて良いと思いました。セグウェイは。公道で使うには、まだ制約があるようですが。
高齢化社会、社会の変化と意識の変化
先日(1月6日)、「高齢者は75歳以上」で、「課題は、75歳までの人たちに、活躍の場を提供することです」と書きました。私たちの寿命が延びることは望ましいのですが、二つ条件があります。一つは健康でいることと、もう一つは生きがいを持って生きることです。そして、後者は個人で趣味に生きることだけでなく、社会での「位置」も必要でしょう。元気な高齢者が、毎日趣味だけで時間をつぶすのは、難しいでしょう。皆が皆、それをできるとは思えません。
すると、個人に任せるだけでなく、高齢者の「活躍場所」を社会で用意する必要があります。活躍できる場を与えるということです。少しずつ定年を引き上げてきたのですが、それですべての高齢化を引き受けることは難しいようです。
今回の老年学会の提言での「65歳から74歳までの人たちを准高齢者と位置づける」ことは、一つの良い方法だと思います。全員が、現役を続けると若者の出番を取ってしまいます。他方で現役並みに仕事を続けるのは、すべての人にとってはしんどいでしょう。「准」という移行段階を設営するのです。それは、個人にとっても、社会にとってもです。その受け皿を、個人に任せるのではなく、意図的に設計するべきでしょう。
個人の寿命が延びるという事実の変化に対して、社会や意識を変える、制度を変更する必要があります。その際に、意図的に制度を変えるか、少しずつ微修正を加えていくか。高齢化が進み、元気な高齢者が増えている事実に対し、社会の制度と意識は追いついていないようです。
また、「時間」という要素が重要です。短期間に劇的に変化するか、緩慢に時間をかけて変わるかです。劇的な変化は認識されやすいのですが、緩慢な変化は意識しないと分かりません。「いつの間にか変わったなあ・・」とです。そして緩慢な変化に際して、社会の制度や意識が追いつくか、先取りするかです。
緩慢に高齢化が進んだ国・社会と、急速に進んだ国・社会とがあるのです。例えば、高齢化率が7%から14%になった「倍加年数」を比べると、フランス115年、アメリカ72年、イギリス46年に対し、日本は24年です(国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集)。なお、韓国は18年、中国は24年です。緩慢に進むと、徐々にそれに会わせて社会も変わるのでしょう。しかし、急速に進むと、制度や意識をそれにあわせて変えることは、重要になります。
年金制度や年金財政については、高齢化を意識して整備、改正を加えてきました。介護保険と老人ホームなども、整備しました。問題はあるのですが、ひとまず用意されています。課題は、このようなお金と設備とサービス以外の、生きがいの場を社会としてどのように用意するかです。そして、高齢化では年齢や比率で、日本が世界の最先端を走っています。単に老人が多いだけでなく、その高齢者が生き生きとしている社会をどのように作っていくかです。
雇用者数は増えている
1月8日の日経新聞「雇用 4年で250万人増」が、興味深い分析を載せています。詳しくは記事を読んでいただくとして。
1 日本の雇用者数は、2012年12月からこの4年間で、250万人増えています。人口が減少しているのですが、働く人が増えているのです。それは、女性と60歳台です。
2 増加したうち170万人が女性で、40~59歳の女性が130万人増えています。25~39歳の女性も増えていて、M字カーブは解消しつつあります。記事のグラフをご覧ください。
3 65歳以上の雇用者は男性で100万人近く、女性も60万人増えています。60~64歳男性の労働力率は8割近くで、65~69歳も5割を超えています。60歳台の人も多くは働いているということです。
働きやすくなったという面と、働かざるを得ないという両面があると思います。また、この数字だけでは、正規非正規の問題は見えません。