カテゴリー別アーカイブ: 政治の役割

行政-政治の役割

財政規律

5月3日の日経新聞「私が考える憲法」、大田弘子・政策研究大学院大学学長の「財政再建、改憲ありきに反対」から。

ー日本国憲法は第7章で財政について定めます。様々な立場で政策決定に関わり、憲法にどんな問題意識がありますか。
「憲法に財政規律条項を入れるべきだとの主張がある。日本の財政規律が弱いのは憲法に問題があるからではない。財政規律を維持しようとする政治的意思が弱いからだ。1997年に(歳出削減目標などを示す)財政構造改革法ができたが、翌年停止になった。景気がよくなってから復活させる動きもなかった」
「今のままでは、たとえ憲法が改正されたとしても財政状況は変わらないだろう。やるべきなのは5年程度の中期で予算や財政を管理することだ。危機感が薄くなり視野が短期的になっている」

派閥はなくならない

自民党の派閥の裏金事件で、解消することを決めた派閥があります。それも一つの対応ですが、派閥はなくならないでしょう。それは人間の性(さが)であり、総理の座を競う集団には必須の機能だからです。

まず、人間の性格です。「人間3人集まれば派閥ができる」とは、大平正芳元首相の言葉です。2対1に分かれるからです。

次に、政権=総理を競う集団の原理です。そこには、派閥が必ず生まれます。代議制民主主義、議院内閣制では、総理になるためには国会議員の多数の支持が必要です。そこで、政党が生まれます。日本国憲法には政党は規定されていませんが、政党の存在を否定する人はいないでしょう。その際には、「総理を目指す多数派を作る」という力の面と、「総理になったらこんな政策を行う」という政策の面があります。通常は、両方を主張します。政権を取ると、主張していた政策の実現と、党内構成員に政府の役職を配分します。

同様に、政党の中、特に人数が増えた政党の中で、党首を目指す競争が起きます。「小政党」ともいうべき派閥が生まれるのです。この派閥を禁止しても無駄なことです。名前は変わっても、多数派を作る作業と、政策を実現する手段として、派閥はできるのです。
政党を認めるなら、派閥も認めるべきでしょう。また、数百人の構成員が小集団を作らずに、全員を党の代表や執行部が把握することはできません。もしそうなると、代表の独裁に近くなるでしょう。

問題は、裏金を作ることです。これは、派閥の機能とは別のものです。派閥の参加者を増やすために、構成員に資金を配ることも起きるでしょう。それは政党と同じように規制し、透明化すればよいのです。もっとも、裏金はそういうところには出てこない金なので、このような規制をしてもずるをする人は出てくるかもしれません。

ドイツに学ぶ財政監視

5月2日の朝日新聞夕刊、寺西和男ベルリン支局長の「GDP逆転 独に学ぶ、財政監視のあり方」から。

・・・昨年の名目国内総生産(GDP)で日本を抜いて「世界3位」になったドイツに高揚感はない。GDPを押し上げた主な要因はインフレだ。エネルギー高に、高齢化による人材不足が重なり、取材した企業経営者からは長期低迷が続く「日本化」を懸念する声も聞かれた。現状だけをみると、「強いドイツ」の姿は浮かんでこない。
ただ、それを差し引いても、考えないといけないことがある。経済対策で歳出を膨らませてきた日本と違い、ドイツは経済が少しぐらい弱くてもすぐに「成長のために財政拡大」とならない点だ。昨年秋から年明けにかけての出来事はその典型だった。

ドイツには基本法(憲法)で財政赤字を一定割合までに抑える「債務ブレーキ」という財政ルールがある。2021年にコロナ禍の緊急対応でルール適用を一時停止し、政府は600億ユーロ(約10兆円)の予算を確保。それが余ったため、翌年に基金に移し、別の用途に使うことにした。
だが、憲法裁判所は昨年秋、この転用を違憲と判断した。基金は廃止になり、議会では歳出削減策が議論され、補助金の削減対象になった農家はデモで反発した。

独メディアは騒動を「予算危機」と報じたが、私は議会で予算の使い道の議論を重ねる様子に感心した。
裁判所に訴えたのは転用を批判してきた最大野党。予算案を審議する議会予算委員会の委員長も慣例で最大野党が務め、財政に目を光らせる。国民の代表である議会が予算をチェックする「財政民主主義」の意識の高さを感じた。
国際通貨基金(IMF)によると、日本は名目GDPに対する政府の債務(21年)の割合は255%、ドイツは69%。数字が歩みの違いを物語る・・・

『政治はなぜ失敗するのか 5つの罠からの脱出』

ベン・アンセル著・砂原庸介監訳『政治はなぜ失敗するのか 5つの罠からの脱出』(2024年、飛鳥新社)を紹介します。

宣伝文には、次のように書かれています
「政治はなぜ常に私たちを失望させるのか? 古代ギリシャから気候変動条約、ブレグジットまで、私たちが集まると近視眼的選択の「罠」に落ちてしまう。それを回避す
べく、直感に反する最近の研究成果、例えば政治・社会的平等の増加が大きな不平等をもたらし、不平等の高まりが民主主義を促す逆説などを活用して、現実政治の罠から脱出する方法を生き生きと説明する。」

監訳者である砂原庸介教授の解説が、わかりやすいです。
民主主義、平等、連帯、安全、繁栄という5つの概念が、それぞれに罠を抱えています。民主主義にあっては、集合的な意思決定と個人の選好がが必ずしも一致しないこと。平等にあっては、結果の平等が個人の自由を求める行動によって損なわれること。連帯にあっては、人びとの連帯にただ乗りして利益を得たいと思うこと。安全にあっては、安全を守るための制約から自分だけは自由になりたいこと。繁栄にあっては、将来の繁栄を実現するために抑制すべきなのに当面の利益を確保したいこと。
よりよい社会を実現するために、いずれも集団と個人との間で、あるいは将来と現在の間での「我慢すべきこと」を、我慢できずに個人や短期的な願望を選択してしまうのです。
では、どうすればこの罠から脱出できるのか。重要視されるのが、制度と規範です。公式、非公式に私たちの行動に方向付けを与えてくれて、罠に陥ることを防ぐのです。

このように、政治の分析だけでなく、処方箋を提示するのです。砂原教授は次のように指摘しています。
「近年の政治学研究は、他の社会科学分野と同様に、方法論の精緻化が進んでいる。それによって、少しずつ因果関係を理解することができるようになっているのは確かで、特に政治制度がどのように人々の行動に影響を与えるかについての知見は広がっている。しかし、発見された因果関係が社会の中でどのような意味を持つのかは確定しにくく、得られる知見は技術的な性格が強くなっていて『このようにすべき』という指針を生み出すことが難しくなっている。そのような中で、本書の素晴らしいところは、実証研究の積み重ねの上に立ちながら、その含意を引き出して包括的な社会ビジョンを示し、そこに至る道筋を議論していくところだ。」
参考「実用の学と説明の学」「文系の発想、理系の発想

韓国輸出規制の代償

3月24日の朝日新聞に「韓国輸出規制、解除1年 半導体製造「日本リスク」回避へ、失ったシェア」が載っていました。

・・・2019年夏に発動され、韓国側の猛反発を招いた半導体素材の輸出規制が、昨年3月に解除されて1年が経った。政治の対立を背景に当時の安倍政権が切ったカードだったが、日本側は代償も支払った。影響は今なお残っている。

「朝起きたら突然、規制の話が出ていて、てんやわんやの騒ぎになった。客先のサムスンからどうなるのかと聞かれ、慌てて韓国に飛んだ」
日本企業の幹部は、当時の衝撃をそう語った。
安倍政権は19年7月、韓国で日本企業が賠償を命じられた元徴用工訴訟判決への対抗策として、半導体の生産に使われる素材3品目(フッ化水素、フッ化ポリイミド、フォトレジスト)の韓国への輸出について新たな規制を発動した。
輸出を完全に止めたわけではない。それまで企業ごとに一定の期間について包括的な許可を与える方式だったのを、個別に審査する方法に切り替えた。これにより、日本メーカーの通関の手間が増すことになった。
影響は大きかった。半導体の洗浄などに使われるフッ化水素をつくる森田化学工業(大阪市)は、最初の半年間ほど輸出許可が下りなかった。輸出量の9割以上は韓国向けで、20年6月期決算の純利益は前年度比で9割も減少した。
昨年3月に規制は解除されたが、韓国への輸出量は元通りにはなっていないという。今後も量は戻らないとみており、担当者は「米国など別の所に販路を拡大したい」と話す。
「韓国で『日本リスク』が確立されて、日本企業の製品を使わなくなっている」。そう語るのは、同業のステラケミファ(大阪市)の広報担当者だ・・・

・・・輸出規制はなぜ打ち出されたのか。日本政府は、今日まではっきりとは語っていない。
ただ、日本側の狙いは後年になって、意外な形で明らかにされた。
「韓国は、日本との関係の基盤を損なう対応をしてきたわけです。(中略)私は『国と国との約束が守れない中において、貿易管理は当然だ』とも述べました」
安倍晋三元首相は、死去後の23年に出版された回顧録の中で、経産省と首相官邸が徴用工問題の対抗措置として輸出規制強化を発案したと認めた。
経産省中堅官僚は「私たちは『やってはならない規制強化だ』と2度突き返したが、最後は官邸に押し切られた」と漏らす。外務省に至っては「発表数日前に初めて知らされた」(幹部)といい、一貫して蚊帳の外に置かれていたという・・・

このような大きな政策転換も、首相官邸主導だと、公文書などにはどのような検討をしたのか残らないのでしょうね。