カテゴリーアーカイブ:政治の役割

前衛の思想、後衛の思想、その2

2020年7月27日   岡本全勝

前衛の思想、後衛の思想」の続きです。道路を造ってもバスが廃止されると、利用者からすると困る、ということを指摘しました。
他方で、企業は、新しい自動車の技術の開発にしのぎを削っています。世の中を便利にするには、よいことです。企業は利益を求め、新しいことに挑戦します。社会全体がどうなるかは、個別の企業の責任ではありません。それを全体で見て、調整するのが政治の役割です。例えば車に関して言えば、環境保護のため排ガス規制を厳しくしたり、安全のためにシートベルト着用を義務づけたり。企業にとって費用がかかっても、必要なのです。

社会をよくするために、便利にするために新しいことに挑戦する、新しく造る。それは前衛の思想です。他方で、取り残される人を支える、社会の問題に取り組むことは、後衛の思想です。市場経済は前者は得意ですが、後者は不得意です。政治と行政は、後者を担わなければなりません。

行政に関して言えば、明治以来西欧に追いつくために、インフラや公共サービスを整備することに重点を置いてきました。遅れた社会を、行政が先頭に立って発展させるのです。これも前衛の思想でした。他方で、その変化についていけない人を支援することも、行政の役割です。それは、後衛の思想です。
私は、「坂の上の雲」と対比して「坂の下の影」と表現しています。2018年5月23日の毎日新聞「論点 国家公務員の不祥事」私の発言「現場の声 政策に生かせ

連載「公共を創る」でも教育を例に、理想と最先端を教える授業に対し、それについて行けない人(落ちこぼれた人)が出る場合の教育が必要だと主張しています。
駒村康平編著『社会のしんがり』(2020年、新泉社)は、地域での困難や問題を抱えた人を支える人たちを取り上げたものです。

前衛の思想、後衛の思想

2020年7月26日   岡本全勝

7月20日の日経新聞地域面に、「交通崩壊 支え合いで防げ」が載っていました。
・・・「交通崩壊」。新型コロナウイルスの感染拡大で、地域の公共交通が危機に直面している。利用客減少や乗務員不足で収益が悪化しているところにコロナが直撃し、事業者の倒産や休業が続出。6月の移動制限解除後も、乗客数の本格回復は見込めず、苦しい経営が続く。地域の足は一度なくなると戻らない。運行維持へ官民を挙げたサバイバル作戦が始まっている・・・

この記事はコロナウィルスによるバスの経営危機ですが、これに限らず、地方の公共交通は厳しい経営状況にあります。経済原則では、儲からない企業は撤退するのですが、公共交通がなくなると生活できません。自家用車に乗らない学生や高齢者にとっては、学校、病院、お店に行けなくなります。自治体が経済支援をしていますが、公共交通は重要なインフラです。学校や上下水道と同じです。

一方で、新しい道路が巨額の費用を使って造られています。いくら新しい道路ができても、バスがなくなれば、利用者には意味がありません。予算の配分を見直すことはできないのでしょうか。新しい道路ができることはうれしいですが、交通という広い視点で見ると、利用が重要です。造れば喜ばれるという時代は終わっています。あるいは、不都合な事実に目を背けて、部分的にしかものを見ていません。もし国庫補助金がなく、一定額を市長に渡したら、市長は道路建設とバス路線維持にどのように予算を配分するでしょうか。
この項続く

国民の信頼がない日本政府

2020年7月17日   岡本全勝

7月14日の朝日新聞、吉川洋・立正大学学長の「ポストコロナの負担、どう向き合う 財政は「支え合い」、議論深めて」から。
・・・財政赤字はバケツの底が抜けたような形で膨らんでいます。コロナ禍が一服したら、ポストコロナの負担のあり方を抜本的に議論しないといけない。これこそが政治の責任です。
財政というのは本質的に「支え合い」ということを認識する必要があります。みんなで負担してそれに見合ったものをもらうというのが財政の考え方です。

例えば市場原理主義と呼ばれる考え方があります。アメリカの共和党支持者に多いのですが、政府に色々やってもらう必要はない。その代わり、税金は低くしてもらうという考えです。社会保障や公教育すらミニマムでいいと考えます。
しかし日本で年金、医療保険を、全部私的な保険でやればいいと真面目に言う人はほとんどいないでしょう。また、すべての子どもに等しく教育を提供するのが、あるべき社会です。そういう支え合いを保つのが財政の役割なのです・・・

・・・コロナ前から、財政には問題がありました。最大の課題は少子高齢化です。子育て支援や、高齢者が増えることで医療介護の支出が増えることが想定されています。これに加えて、今回のコロナで感染症対応も一つの課題だと思い知らされました。負担の議論は避けられないのです。
北欧のスウェーデンはご存じの通り、社会保険料も税金もものすごく高い。だけど彼らは、国家のサービスを買っているという感覚があります。自分たちで買い物するときに不平を言う人はいない。

日本はそこの信頼感がない。変な例えかもしれないけれど、日本は政府のサービスが福袋に入ってしまい、何が出てくるのか、どれだけ自分が受益をしているのかわかりづらい。
例えば、社会保障によって、国民がどれだけの利益を得ているのかを端的に表しているのが寿命です。1950年代まで先進国の中で日本は寿命が短い国でした。それが1961年に医療が国民皆保険になってから寿命が大幅に延びました。こういった説明を政府はもっとするべきです。
コロナ禍によって、身の回りでの支え合いの意識が高まっています。「財政も支え合いだ」という意識が高まり、負担の議論が深まることを期待しています・・・

安全確保と私権制限の丸投げ

2020年7月3日   岡本全勝

6月27日の朝日新聞オピニオン欄、佐伯啓思さんの「死生観への郷愁」。本論と外れたところですが、コロナウイルス緊急事態時の人権制約についての主張を紹介します。

・・・17世紀イギリスの哲学者トマス・ホッブズが、その国家論において、国家とは何よりもまず人々の生命の安全を確保するものだ、と定義して以来、近代国家の第一の役割は、国民の生命の安全保障となった。われわれは自らの生と死を、自らの意志で国家に委ねたことになる。こうしてホッブズは世俗世界から宗教を追放した。超自然的な存在によるこころの安寧やたましいの安らぎなどというものは無用の長物となった。
かくて、コロナのような感染症のパンデミックにおいては、国家が前面に登場することになる。われわれ自身でさえも、おのれの生死に対する責任の主体ではなくなるのだ。国民の全体が、たとえ0・02%の確率であれ、生命の危険にさらされている場合には、その生死に責任をもつのは政府なのである。それが「国民」との契約であった。ドイツの法学者カール・シュミットのいう例外状態、つまり国民の生命が危険にさらされる事態にあっては、私権を制限し、民主的意思決定を停止できるような強力な権力を、一時的に、政府が持ちうるのである。これが、ホッブズから始まる近代国家の論理である。
そして、いささか興味深いことに、今回、世論もメディアも、政府に対して、はやく「緊急事態宣言」を出すよう要求していたのである。ついでにいえば、普段あれほど「人権」や「私権」を唱える野党さえも、国家権力の発動を訴えていたのである。強権発動をためらっていたのは自民党と政府の方であった。

これを指して、日本の世論もメディアも野党も、なかなかしっかりと近代国家の論理を理解している、などというべきであろうか。私にはそうは思えない。今回の緊急事態宣言は、もちろん一時的なものであり、しかも私権の法的制限を含まない「自粛要請」であった。しかし、真に深刻な緊急事態(自然災害、感染症、戦争など)の可能性はないわけではない。その時に、憲法との整合性を一体どうつけるのか、憲法を超える主権の発動を必要とするような緊急事態(例外状況)を憲法にどのように書き込むのか、といったそれこそ緊急を要するテーマに、野党もまたほとんどのメディアもいっさい触れようとはしないからである。

そうだとすれば、政府はもっと強力な権力を発揮してくれ、という世論の要求も、近代国家の論理によるというよりも、ほとんど生命の危険にさらされた経験のない戦後の平和的風潮の中で生じた一種のパニック精神のなすところだったと見当をつけたくなる。いざという時には国が何とかしてくれる、というわけである。国家はわれわれの命を守る義務があり、われわれは国家に命を守ってもらう権利がある、といっているように私は思える。ここには自分の生命はまず自分で守るという自立の基本さえもない。もしこれが国家と国民の間の契約だとすれば、国民は国家に対して何をなすべきなのかが同時に問われるべきであろう・・・

住民サービス、電子化の遅れ

2020年7月2日   岡本全勝

6月29日の日経新聞オピニオン欄、大林 尚・上級論説委員の「貧しさ見放す日本の政治 制度・組織の一体改革こそ」。記事冒頭のブラックジョークのような話を読んでください。その後に、本論が続きます。

・・・引き合いに出されるのが英米両国がコロナ対策として実施した給付金だ。両国とも支援を必要とする人を迅速に割り出し、滞りなく現金を届けた。それは政府がふだんから稼ぎが少ない人を把握し、必要な人にだけ自動的に現金給付する「給付つき税額控除」が機能していたからだ。
そこそこの稼ぎがある世帯には、課すべき税額から一定の額を差し引く。課税額より控除額が大きい世帯には、その差額を支給する仕組みだ。たとえば納税額が5万円の世帯に8万円分を控除する場合は、マイナスの所得税として3万円を払い戻す。コロナ対策としての現金給付も、この仕組みにのせて実行した。
八田達夫アジア成長研究所理事長によると、英米両国をはじめ、イタリア、スウェーデン、フィンランド、オランダ、カナダ、韓国などが同様の制度を採用している。政府・自治体がともに本当に困っている人をつかめない日本は、必要とする人にだけ30万円を給付する当初の構想を諦めざるを得なかった・・・

・・・こうしてみると、日本の政治は貧困に苦しむ人を的確、迅速、公正に救う政策を一貫して磨いてこなかったのがわかる。それは、生活保護に気安く頼る人を生む副作用を生んだ。
社会保障と税、行政機構、マイナンバーの一体改革がコロナの教訓である・・・

戸籍も住民基本台帳も義務づけられ、電子化されているのに、なぜ個人に番号を振ってそれを行政サービスに利用できないないのでしょうか。プライバシーの観点から反対する人たちがいるようですが、その利害得失を考えて欲しいです。貧しい人たちを救えていないのです。これを進めないのは、日本の怠慢でしょう。

参考 アメリカの例(私は詳しくないのですが、次のページを教えてもらいました)
https://www.irs.gov/credits-deductions/individuals/earned-income-tax-credit
https://www.irs.gov/coronavirus/economic-impact-payments
https://www.eitc.irs.gov/eitc-central/statistics-for-tax-returns-with-eitc/statistics-for-tax-returns-with-eitc