カテゴリーアーカイブ:政治の役割

憲法を改正できない国、その2。法律で制限しない

2020年8月20日   岡本全勝

憲法改正できない国」の続きです。こんなことを考えたのは、新型コロナウイルス感染拡大防止です。コロナウイルスは全世界に広がり、各国が対策を打ちました。その基本は、外出制限です。

日本では、外出制限を「自粛」で行うこととしました。そしてその効果があって、かなり蔓延を防ぐことができました。国民が、政府の自粛要請を受け入れる国なのです。
・都道府県知事により外出自粛要請、施設の使用制限に係る要請・指示・公表等
・一定規模以上の遊技場や遊興施設など多数の者が利用する施設に対して使用制限や催物の開催の制限等を要請。(新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条)

ところで、諸外国では法律で外出規制をして、その違反に対して罰金や罰則もあるようです。それに対し日本は、コロナウイルス外出規制を、法律でなく自粛呼びかけで行う国です。そしてそれを、ほとんどの国民が守ります。これは一見すばらしいことです。他方で、法律で個人の行動を制限をできない国なのではないでしょうか。
新型コロナウィルスの蔓延は、国民の生命健康に大きな被害を与え、社会にも被害を与えます。よって、外出制限が求められました。外出という個人の基本的人権を制約するのですから、法律に基づく規制とすべきでしょう。自粛はあくまで本人の自由意思ですから、「私は守りません」という人が出てきたら、防ぎようがありません。それを、周囲の「監視の目」で抑制しようとするなら、これまた怖い話です。参考「コロナウィルスが明らかにすること2」「風営法によるコロナ対策の飲食店立ち入り」「マスク着用、みんなが着けているから

ここには、法律による行政ではなく、国民の自主規制による行政が見えます。一見、日本社会の素晴らしさと見えます。しかしそれは、憲法が目指した「法治国家」ではないでしょう。自粛しない人を制限できないのです。

また、日本は、国民が政府を信用してない国という見方もあります。例えば、税金です。「税金は国に取られるもの」という意識が強く、増税には強力な反対が出ます。しかし、近年の消費税増税に見られるように、その収入は社会保障に充てられ、国民に還元されるのです。ドイツで選挙の際、消費税増税を公約にした例を紹介したことがあります。参考「国民の信頼がない日本政府」「消費税増税議論」「もはや高負担でないスウェーデン

憲法を改正できない国

2020年8月19日   岡本全勝

先日で、戦争が終わって75年。その後、新しい憲法を作って、新しい国になりました。その憲法が、一度も改正されることなく、続いています。安定していると言えばそうなのですが。
日本が最古の憲法を持っていることは、知っている人も多いでしょう。日本国憲法より古い憲法を持つ国はありますが、他国はその後に改正しているので、法文としては日本国憲法が世界最古なのです。
第二次世界大戦が終結した1945年から2018年までに、アメリカは6 回、カナダは1867年憲法法が17 回、1982年憲法法が2 回、フランスは27 回(新憲法制定を含む)、ドイツは62回、イタリアは15 回、オーストラリアは5 回、中国は10 回(新憲法制定を含む)、韓国は9 回(新憲法制定を含む)の憲法改正を行っています。国立国会図書館「諸外国における戦後の憲法改正(第6版)

これを、安定しているとみるのか、それとも改正していない、改正できないとみるのか。私は、「改正できない国」と考えています。
日本の政治が安定している、日本国憲法が大まかで改定の必要がないという説もありますが、70年経って社会がこれだけ変わっているのに、全く改正しなくて良いというのはやはり変でしょう。
もちろん、基本的人権、民主主義などの根本は変えることはありませんが、人権の内容や統治の方法などについては、変えるべき点もでてきていると私は考えます。あるいは、憲法を変えなくても不都合がないようにできているのなら、これまた怖いことです。今後、憲法改正をしなくても、かなり重要な変更が可能になるということですから。この項続く

風営法によるコロナ対策の飲食店立ち入り

2020年8月9日   岡本全勝

8月6日の朝日新聞「コロナ禍の日本と政治」に、原田宏二・元北海道警幹部の「コロナ対策で警察、問題ないのか 風営法での立ち入り、根拠なし」が載っていました。

・・・接待を伴う飲食店での新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、政府は、風俗営業法(風営法)に基づく警察官の立ち入り調査に合わせて、感染対策の徹底も店側に促すと表明した。だが、同法はコロナ対策を目的とした法律ではない。政府は通常調査に「合わせた」形での呼びかけで、法的に問題ないと主張するが、政治主導の警察の動員に危うさはないのか。北海道警元警視長の原田宏二さんに聞いた・・・

・・・風営法はコロナ対策を目的とした法律ではなく、それに基づく立ち入りは法的根拠がありません。警察の責務は警察法で明記され、活動は厳格にその範囲に限られます。逮捕などの強制捜査をすることもあり、ほかの行政機関よりも厳格に法や、法の手続きを守ることが求められるからです・・・

・・・問題はそれだけではありません。感染リスクもあります。警察官を守る装備や手当、コロナの基本的知識の習得も必要です・・・

危険に対する科学者と政治家の役割分担

2020年8月7日   岡本全勝

8月2日の読売新聞「コロナ禍と原発事故」、小林傳司・大阪大名誉教授の「科学 解答には相応の時間」から。
・・・科学は、人間社会が手にした最強の知的道具です。それ故に、新型コロナをはじめとする新興感染症や2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故のような有事の際には、科学者の知見を、被害拡大を防ぐ政策判断に反映させようと試みられてきました。そこには、常に難しい問題が潜んでいます。
科学者が客観的な事実やリスク評価を示す役割を担い、それをもとに政治が基準を定めたり、判断を下したりするというのが、通常の科学と政治との関係です。こうした分業でうまくいく事例はたくさんあります。ところが、うまく機能しないタイプの問題が噴出してきました。古くは原発の安全性をめぐる議論であり、今回の新型コロナ禍への対応なども、その典型です・・・

・・・新型コロナの場合はどうでしょうか。感染防止という観点だけでいえば「濃厚接触を断つしかない」と、専門家の考えは極めて明瞭です。しかし、いつまで自宅で巣ごもりを続けるべきなのか、感染リスクをある程度許容しながら経済活動を維持すべきなのか。政治と交わる境界領域で何を重視するのか、科学だけでは答え難い「トランス・サイエンス」の問題と言えます。

こうした問題では、政策決定者と専門家の間で十分に議論することが、必要不可欠です。特に、医学や公衆衛生学は、「人の命を救う」「感染症から社会集団を守る」という目標を掲げた学問であり、ある種の線引きや基準づくりが求められる分野です。その点で、政策判断との親和性が高かったはずです。

ただ、政府への提言を検討してきた当事者たちは難しいかじ取りを迫られたと感じていた。新型コロナ対策を助言してきた専門家会議が6月、自身の活動について「前のめり」「政策を決めている印象を与えた」などと総括する報告書を公表したことでも明らかです。
知見が少なく制約が多い中で、提言や情報発信にあたった苦労が文面からも伝わってきます。大事なのは、最終局面での判断は、政治の責任で引き取り、科学との境界をはっきりさせることです。そうしないと、科学者が政治的決定の責任を問われかねず、助言するシステムそのものが崩壊してしまうからです・・・

政治における委任とリーダーシップ

2020年7月31日   岡本全勝

月刊Voice8月号、河野勝・早稲田大学教授執筆「政治における委任とリーダーシップ」から。この論考は、いくつかの新聞論壇時評で取り上げられています。

・・・冒頭で述べたとおり、今日では政治リーダーがさまざまな専門家からアドバイスに支えられることは不可避であり、コロナ危機はそれを誰の目にも明白にした。しかし、アドバイザー体制を構築することで、リーダーの責務が終わるのではない。政治のリーダーシップが本来発揮されるべきは、まだその先である。
現代における政治のリーダーシップとは何か。筆者は、優れたリーダーを測るのは「その人でなければできない」という素質を持っていることが、もっとも重要な基準であると考えている。集められるかぎりの情報を集めさえすれば、そのなかから自ずと答えが出るような意思決定に、リーダーは要らない。情報を集める前に独断専行で決定に及ぶのは、論外である。
集められる情報をすべて集めるアドバイザー体制を整えることは、もちろん重要である。しかし、そのような体制づくり事態は、「その人でなければできない」ことではなく、いってみればそれは優れたリーダーであるための前提条件に過ぎない。

「その人でなければできない」決断は、集められる情報をすべて集めたうえでも答えが出ないときに、はじめて必要となる。そのような場面において、BでなくAの選択肢が正しいという判断を何らかの根拠に基づいて行い、しかもそれを周りの人たちに納得させることができる能力と信頼が備わっていること、それが現代のリーダーシップの本質ではないかと考える・・・