カテゴリーアーカイブ:政治の役割

官民投資のあるべき姿

2026年8月10日   岡本全勝

7月28日の日経新聞経済教室、赤井伸郎・大阪大学教授の「官民投資に役割分担の設計を、民間追随なければ失敗に」から。

・・・「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針)」では、高市早苗政権の「責任ある積極財政」路線の下、17の戦略分野について官民投資ロードマップに盛り込まれた施策パッケージを着実に実行する方針が盛り込まれた。2040年度までに累計370兆円超の投資が予定される。
筆者の整理では、官民投資における役割分担は以下の5つのポイントにまとめられる。▼政府が投資予見性を高め、民間が投資実行を担う仕組み▼民間投資のボトルネック解消を政府が担う仕組み▼官民双方で需要創出を分担する仕組み▼財政措置により政府が直接的にリスクを引き受ける仕組み▼分野横断的な基盤整備により、個別分野で投資する民のリスクを軽減する仕組み――である。

官がリスクを取る際のカギは、民の投資リスクを減少させ収益性を高められるかどうかである。そうでなければ事業選定か、リスクの取り方に問題がある。重要なことは官民が適切に役割を分担しているかどうかである(図参照)。すべての施策には不確実性・リスクが伴う。官民の適切なリスク分担で、より大きな効果が期待できる。

社会には政治の変動・政策変更や自然災害など、民ではコントロールできない大きなリスクが存在する。それが原因で民が投資できない場合には、リスクを官が担うことによって将来の期待収益がプラスとなり、民間投資が可能となる。
官が担うことが望ましいかどうかは、リスクのタイプによる。政治・政策や自然災害については一般的に官が民よりも情報を持ち、リスク許容度も高いと考えられる。しかし事業性の見極めなど、本来であれば民が比較優位を持つ判断領域において官が先行してリスクを取ってしまうと、失敗につながる可能性がある。

過去の失敗事例として、官民ファンドのクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)や農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)が大きな損失を計上したケースが挙げられる。背景には公益性と収益性のトレードオフ問題に対する制度設計上の不備、事業リスクの見積もり・審査体制の甘さ、投資回収のコントロールの不備、高コストな組織運営、カントリーリスク・地政学リスクの直撃などがあったと考えられる。
官民ファンドの理念としては、政府が「アンカー出資者」としてリスクを先取りし、民間資金の呼び水となることが掲げられていた。しかし現実には政府出資比率が非常に高くなり、民間資金がほとんど追随せず、リスクが政府に一方的に集中する「呼び水効果の空洞化」が起きていた。
今回の官民投資ロードマップが前提とするリスク分担モデルはどうか。事業性の見極めが十分でないまま政府がリスク分野で先行投資を行うものの、民にとってはいまだ投資リスクが大きく、収益確保が見えないため、民間投資が追随しない――という落とし穴に陥る可能性がある・・・

・・・以下では、これまでの経験・教訓を踏まえ、より具体的に官民の役割分担の制度設計を考えてみたい。
第一に17分野を一律のリスク分担モデルで扱うのでなく▼研究開発の比率の高い分野(量子・核融合・次世代半導体など)▼大規模設備投資・量産能力構築が中心となる分野(造船能力増強や蓄電池・データセンターのインフラ整備など)――の2種類に区別する・・・
・・・第五に、意思決定主体の権限を明確化する。専門性と一定の裁量を持つプログラム責任者による機動的な判断(早期の見直し・撤退を含む)を可能にするガバナンス制度を設計する・・・
「クールジャパン機構、回収率低迷6割」

クールジャパン機構、回収率低迷6割

2026年8月9日   岡本全勝

7月21日の日経新聞に「統廃合検討のクールジャパン機構、回収率低迷6割 総花投資ツケ重く」が載っていました。
・・・経済産業省は官民ファンドの海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)の統廃合に向けた検討を7月中にも始める。累積赤字は540億円に膨らみ、投資回収率は60%と他の官民ファンドに見劣りする。コンテンツの「目利き」を欠いたまま総花的な投資に走ったツケが出ている。機構は日本文化などのコンテンツ振興につながる商品やサービスの海外展開を目的に13年に発足した・・・

・・・クールジャパン機構は政府が財政投融資を使ってリスクを取り、民間投資の呼び水となることを狙う官民ファンドの一つだ。国が1406億円と出資金のおよそ9割を出している点は他のファンドと共通する。
「官民ファンドの枠組みに無理があった」。経産省幹部はこう振り返る。官民ファンドには民間が手を出しにくい投資リスクの高い案件が集まりやすい。高い利益を出せば「民業圧迫」との批判も浴びる。民間に比べ運営に一定の難しさはつきまとう。それでもクールジャパン機構の業績は他の官民ファンドに比べて悪い。
会計検査院によると、投資実行額に対する回収額の割合を示す回収率でクールジャパン機構は24年3月末時点で60.0%だった。業績不振で26年3月に解散した農林水産省所管の農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)の58.5%と同水準だった・・・

・・・要因の一つが総花的な投資だ。日本のコンテンツ振興を掲げるものの、総投資額2040億円のうちメディア・コンテンツ分野は30%に過ぎない。ライフスタイル・ファッション分野が36%と最多で、ほかに食やインバウンド観光など対象は多岐にわたる。

コンテンツ産業に詳しい人材の欠如が背景にある。専修大の松本淳教授は「業界全体で目利きできる人が少ない」として、機構が優秀な人材を獲得できなかったとみる。金融出身の人材を中心に「投資成果を上げないといけない中で総花的な投資になった」と指摘する。
社長はイッセイミヤケ社長などを歴任した太田伸之氏が初代を、18年からソニー・ミュージックエンタテインメント最高経営責任者(CEO)などを歴任した北川直樹氏が務めた。21年に就任した今の川崎憲一氏は大和企業投資の社⻑を務めた経歴を持つ。
機構の投資はアジアでの百貨店事業など発足当初から苦戦を強いられたものも多い。明治大の田中秀明教授は「『損をしない』という目標ではうまくいかない。財務相は株主として国民に還元せよと収益を厳しく求めるべきだ」と強調する。
海外に比べたコンテンツ振興の司令塔機能の欠如も目立つ。韓国コンテンツ振興院(KOCCA)は人材育成から資金調達、海外展開まで一括支援する。フランスはCNC(国立映画・映像センター)が映画入場に関する税金などを原資に製作を補助する・・・

「高市首相のXへの投稿は行政文書に当たらず」

2026年7月25日   岡本全勝

7月23日の時事ドットコムニュースが「高市首相のX、行政文書に当たらず 政府」を伝えていました。
・・・木原稔官房長官は23日の記者会見で、高市早苗首相のX(旧ツイッター)への投稿について、公文書管理法上の「行政文書」に当たらないとの認識を示した。「個人のアカウントによる投稿だ。内閣官房が運用しているわけではないので行政文書ではない」と述べた。
同法は行政文書を公文書と位置付け、整理や保存のルールを定めている。首相は「国民の情報収集手段としての重要性が高まっている」としてXを多用・・・

他方で、官房長官は「広報官のアカウントについては、彼は内閣官房の職員であり、その広報官が運用するものは、公文書、公のものである」と説明しているようです。

職員の発言は行政文書であり(保存され)、首相の発言は行政文書ではない(保存しない)という扱いでよいのでしょうか。行政文書の範囲をどのように決めるのかという問題ですが、何のために行政文書と位置づけるのでしょうか。「上司より部下の文書の方が重要」ではないですよね。

政治家が、自らの考えを発信することはよいことです。政府に入っている政治家、特に総理の考えは、国民が知りたいものです。総理も、それを承知で発信しておられるでしょう。「歴史に名を残す」「歴史の審判を受ける」ためにも、行政文書として保存すべきだと思うのですが。将来、伝記や自伝を書かれる際にも、重要な資料となるでしょう。

コメ輸出より減反、半世紀3

2026年6月16日   岡本全勝

「コメ輸出より減反、半世紀2」の続きです。5月19日には「増産タブー視、消えたコンテスト」が載っていました。

・・・八ケ岳のふもとに広がる長野県富士見町の傾斜地の田んぼに、「米作日本一 生産の地」と刻まれた石碑がたたずむ。10アールあたりの収穫量(単収)を競う全国コンテストを1961、62年と制した、小池政之さん夫妻の功績をたたえたものだ。その収穫量は、975キロ(61年)と863キロ(62年)。一方、2025年産の収穫量の全国平均は、農林水産省によると573キロ。農水省のコメ研究の担当者は、「コンテストの優勝者ほどの収穫量がある農家は、いまはまずいない」と話す。

このコンテストは、終戦直後の食糧難の解決が緊急課題だった1949年に始まった。毎年およそ2万人が参加する激戦を勝ち抜こうと、農家はいち早く多収品種を導入し、日本一に輝く品種は、毎年のように入れ替わった。小池さんが61年に採用した「ふ系55号」も、前年に配布が始まった最新品種だった。
小池さんの棚田は、標高約1100メートルの寒冷地で、土壌は火山灰。コメ作りに不向きとみられていた。小池さんの技術を学ぼうと、全国から10万人を超える人が視察に訪れたとされる。だが、いまは「近くの小学校の子どもたちがキャベツを見に来るぐらい」と、次女美幸さん(80)は話す。

コンテストは68年で打ち切られた。そのころ、コメ政策は転換点を迎えていた。増産が進む一方、食生活の洋風化で需要は伸び悩み、政府は山積みになる余剰米の処理に苦悶していた。翌69年には、生産量を抑えるための減反に踏み切った。
このコンテストの主催者だった朝日新聞は「米作日本一20年史」で打ち切りの理由をこう記している。「『米の増産』に関連することはタブーとみられるにいたった」

減反で消えたのは、コンテストだけではない。
品種開発では、多収の研究が止まり、食味や冷害への対応力の向上が中心になった。限られた生産量でいかに収入を増やすかに注力し、高く売れるブランド米ばかりをつくるようになった。
それが半世紀にわたって続いた結果、かつて世界トップレベルを誇った日本のコメの単収の地位が大きく低下した。国連食糧農業機関(FAO)の統計によると、日本の1968年の単収は世界4位だったが、2024年は14位に落ち込んだ。米中などに抜かれた。

日本が減反を始めたころ、世界では単収を引き上げるために肥料を多く与えても稲穂が倒れないよう、背丈が低い品種の開発や普及が加速した。日本で進んだのは、この逆だった。1979年以降、作付面積トップのコシヒカリは、背丈が高く、単収は少ない。コシヒカリは、56年に命名された古い品種だ。
コメ政策に詳しい荒幡克己・日本国際学園大教授(農業経済学)によると、海外の主流品種は、古くても10年ぐらい前のものだという。「半世紀以上前に開発された品種がいまだにトップになっている日本の構図は、世界では異例だ」と話す・・・

コメ輸出より減反、半世紀2

2026年6月15日   岡本全勝

「コメ輸出より減反、半世紀」の続きです。2面には続きが載っています。

・・・輸出が補助金頼みになるのは、日本の米価が国際水準からかけ離れて高いからだ。農水省によると、25年産の国産米の業者間取引価格(1キロあたり)は627円。タイ産はその10分の1の63円、米国産は4分の1以下の142円だ。
政府は昨年4月、「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定し、24年は4・6万トンだった輸出量を、30年に35・3万トンに増やす野心的な目標を掲げた。だが、25年はほぼ横ばいの4・8万トンだった。
「今の米価では高すぎて売ることは難しい。米価が大きく下がれば輸出は伸びるだろうが、生産者団体としてそれは受け入れられない」。JA全農の高桑健太郎・米穀部原材料課長はそう話す。

日本は60年代後半に、コメ余りの時代に突入した。そのころには、人件費が上昇するなどして国際競争力を失っていた。経済原理に従えば、コメが余れば米価は下落し、国際競争力は回復していくはずだった。だが、実際にはそうはならなかった。農水省は関税などで国内市場を海外と隔離したうえで、予測する需要量にあわせて生産量を抑制する減反政策を続け、米価の高値誘導を続けたからだ。
高い米価は、疲弊する地方経済を下支えし、農家を主な支持基盤とする自民党が安定政権を築くことを可能にした。
その一方で、消費者は、税金や社会保険料の負担が増すなかでも、高いコメを購入し続けることを強いられた。高い米価のもとで生産性が低い零細農家が残り、農家の技術革新も停滞した。この結果、世界有数だったコメの面積あたりの収穫量は、いまではトップ集団から脱落し、かつて日本が大きくリードした中国にも抜かれた・・・

・・・コメ農家(個人経営)の25年の平均年齢は71・1歳。農家数は、5年前から25%減った。団塊世代の引退で、担い手減が一段と加速することが確実視されている。
離農者が手放した土地を、別の担い手にスムーズに移行できれば、コメの自給は続けられる。大規模化による生産性の上昇で、消費者は安くコメを食べられるようになるかもしれない。ただ、移行が進むとは限らない。
千葉県北部の沼南ファームは、130ヘクタールの農地を耕す全国有数の大規模農家だ。橋本英介社長(52)が就農した25年ほど前は60ヘクタールほどだったが、離農者の土地を引き受けてきた。だが、「これからは、引き受ける農地の仕分けに入る」という。
離農で土地を引き受けても、点在していたり、斜面にあったりする農地は、最新の農機具で効率的に耕すことができず、手が回らないからだ。

終戦直後の農地改革で475万戸もの零細な農家が生まれた。小作農を貧困から解放した一方で、農地の細分化で、生産性が低くなる副作用をもたらした。大規模化しても、農地が点在しがちなのはこのためだ。
新しい担い手への農地の移行を進めていくためには、農地の権利を整理し、まとまった農地にしていくことが欠かせない。だが、農水省は「憲法が保障する財産権の制約があり、実行は難しい」(幹部)として、有効な対応策を打ち出せずにいる・・・