カテゴリーアーカイブ:政治の役割

政治の役割15

2009年4月11日   岡本全勝

22日の産経新聞「正論」、伊藤憲一さんの「イラク戦争は戦争ではない」から。
イラクで起こっている現象を、「戦争」という既成概念でとらえるのは、誤りである。戦争は社会現象の一種にすぎず、それを成立させている社会基盤が消滅すれば、それに伴って消滅する。戦争は、国際システムの誕生と軌を一にして誕生した社会現象であった。第二次世界大戦終了後、国際システムは急速に根本的な変質を遂げ、いまや不戦時代に移行しつつある。戦争に代わって、新しい挑戦として「紛争」という社会現象が重大問題化しつつある。
いま世界と日本にとって問題なのは、戦争でなく紛争である。それに対処するために、これまでの「日本さえ戦争に巻き込まれなければ」という一国平和主義や「あれもしない、これもしない」という消極的平和主義でなく、「世界の平和が即日本の平和だ」という国際平和主義や「あれもする、これもする」という積極的平和主義に転換しなければならない。
イラク紛争(戦争)の本質は、米国がイラクを侵略して、それを併合しようとしていることにあるのではない。それは国家間戦争ではなく、国民国家を形成しきれていないイラクの部族間紛争である。われわれ国際社会は、これを解決するために関与するのか、それとも手を引いて放置するのか、という問題である。(1月27日)

(EECから50年)
19日の日経新聞経済教室は、庄司克宏教授の「ローマ条約50年とEU法規制。企業も作成段階で参加を」でした。3月25日で、EUの前身であったEEC設立を決めたローマ条約調印から、50年になります。今や、27か国、総人口5億人の規模です。次のようなことを指摘しておられます。
EUは、国家ではなく、他に類を見ない超国家的統治体である。それは、複数の国家が共通機関を設立し、主権の一部をプールして共同行使する統治の枠組みをいう。
2004年の英国下院資料では、すべての英国立法のうち、EU法に基づくものは7~9%。しかし、EU規則は国内法化の必要がなく、EU指令の国内実施が行政措置でなされる場合、数字には表れない。英国で2005年に行われた食品規制立法100件のうち、EU関連立法は75件にもなる。
EU立法過程の特徴に、企業やNGOなどの利害関係者とのオープンな事前協議を重視する点がある。これを、参加民主主義と称して奨励し、ロビイングも日常的に展開される。(3月21日)

(遅れた裁判は、裁判の拒否に等しい)
17日の産経新聞に、宗像紀夫元東京地検特捜部長が、次のように書いておられます。
ライブドア裁判(堀江貴文被告)は、公判前整理手続が取り入れられ、極めて迅速な裁判が行われた。昨年9月4日の初公判から今年1月26日の弁護側の最終弁論まで、およそ4か月半の超スピード審理だった。公判回数も28回で、被告が全面否認する事件としては、空前絶後の短期公判だった。リクルート事件(江副浩正被告)の裁判は、平成元年の起訴から14年余り、322回の公判を重ね、有罪となった。あまりの長期裁判で、事件は完全に風化してしまった。(3月21日)

(知日派の育成)
19日の日経新聞「人脈追跡」は、「自衛隊で学べ、留学生続々」でした。防衛省の研究機関や自衛隊の教育機関(防衛大学校など)に、外国からの留学生が来ています。そして彼ら卒業生が、知日派として母国との橋渡しをしてくれるのです。「同期」意識は強いでしょうから。これは、大きなソフトパワーだと思います。(3月21日)

(産業再生機構)
23日の日経新聞経済教室は、産業再生機構社長の斉藤惇さんでした。産業再生機構は、破綻企業を再生させる会社です。国がつくったことに、特徴があります。先日、業務を終え解散しました。
本来、個別企業の設立・運用・解散は、市場の自由主義経済で行われるもので、政府活動とは別の世界にあるものです。よいものが生き残り、だめなものは淘汰される。それが、自由主義経済です。「官と民」という区分の中で、反対側にあるものです。官がすることは、企業一般の設立や解散のルールづくりです。
しかし、この機構(会社)は、平成15年に政府が主導してつくりました。個別の破綻した企業を再生するための会社を作る。その会社を政府が作ったのです。それほど、日本の市場主義経済は、危機・混乱に陥っていたのです。もっとも、この機構自体は、民間の市場原理で運用されました。国家と市場、官と民という観点からは、この機構は興味深い実例だと思います。私は、岡本行政学のなかで、どう位置づけるか悩んでいます。
この論文では、企業の社会的位置づけを述べ、社会の理念との乖離が起こりうること、破綻事例は金融機関と事業会社が社会的使命から外れることで起きたことを指摘しています。そして、事業のリスクを社会がどのように分散し、収益を上げるべきかが述べられています。(3月23日)

(責任ある政治)
読売新聞は23日から連載「付加価値税増税、ドイツ報告」を始めました。ドイツは、1月から付加価値税(日本の消費税)の税率を3%引き上げ、19%としました。現在のメルケル首相が引き上げを主張し、総選挙に勝って政権を取ったのです。これについては、かつて紹介しました(2005年7月13日の項)。
ケルンの主婦は、「日本の消費税は5%? 信じられない。でも、ドイツも生活を圧迫するほどではないわ」と発言しています。別の人は「年金の先行きを考えると、一定の税負担は仕方ないという考え方が浸透している」と指摘しています。(2007年3月23日)
読売新聞連載「付加価値税増税、ドイツ報告」中・下は、24、26日に載りました。
2005年9月の総選挙は、当時与党だったSPDが所得税の最高税率を3%引き上げることを主張し、野党だったCDU・CSUが付加価値税率を2%引き上げることを主張するという、異例の展開となった。ドイツの財政赤字がGDPの3.3%に達し、3%以内にとどめるというEUのマーストリヒト条約に抵触する事態になったことがきっかけだ(このルールについては「地方財政改革論議」p26を見てください)。
選挙後、SPDとCDU・CSUは連立協定を結んで、付加価値税率と所得税率の双方を3%引き上げることで合意した。付加価値税率3%の引き上げのうち、2%分を財政再建に、1%分を失業保険料軽減に充てることとした。そこには、「不人気な政策でも、国民のために必要ならやる」(ドイツ財務省の広報担当者)一方で、国民の理解を得るための施策も同時に実施していくという政治の姿勢がある。
また、ドイツ政府は1月、2007年の実質経済成長率見通しを、昨年10月時点の1.4%から1.7%に引き上げた。ドイツ財務省の担当者は「経験から言えるのは『成長なくして国家財政は強化できない』ということだ」と解説する。しかしそれは、増収に頼るということではなく、成長を見込める時が、財政再建のための増税の好機という意味だ。「経済が上向きな今改革せず、いつできるのか」と、理解を示す財界人も多い・・・。(2007年3月26日)

(日本のソフトパワー)
3月29日の朝日新聞「新戦略を求めて」は、「ソフトパワーを磨け」でした。イギリスBBC放送の調査によると、多くの国で、日本は世界によい影響を与えると評価されています。例えば、アメリカでは日本が良い影響を与えるが66%、悪い影響を与えるが15%です。イギリスでは63対19、ロシアでは56対15、インドネシアでは84対9です。しかし、韓国では31対58、中国では18対63と、大きく悪くなります。隣国での評価が、特に悪いのです。
ソフトパワーは、相手国が持つ印象ですから、一朝一夕には好転しないでしょう。しかし、かつて対日印象が悪かったインドネシアも、好転しました。それは、日本企業、観光客、アニメなどの影響だと考えられています。多くの国から、日本は良い国だ、信頼に足る国だ、あこがれの国だと思われるよう、努力の積み重ねが必要ですね。個人が社会で評価されるように。(4月2日)

(アマチュアリズムと改革)
11日の読売新聞「ウイークリー時評」、牧原出教授の「あいまいな美しい国、アマチュアリズム百家争鳴」から。
・・首相の著書「美しい国へ」では、「どこかうさんくさい」「どこか不自然」と「どこか」が繰り返される。政敵を猛然と攻撃するのでも、決然と切り捨てるのでもない。そして突然「闘う」と唱える・・・もやもやとした疑念と唐突な「闘い」の開始という特徴は、一面で素人くさく、他面で初々しくもある。そこには政治のアマチュアリズムとして、国民から歓迎される要素が含まれている。安倍内閣は、アマチュアリズムによって専門家を攻撃することで、世論を味方につけるという戦略を、とりつつあるようにみえる。
教育改革は、教員・教育専門家への疑念が、改革の原動力である。公務員制度改革も、官僚への不信感が、改革の原動力となっている。また、大臣の多くは、所管分野の専門家とは言い難い。そして、経済財政諮問会議が公務員の天下り規制を議論するのは、筋違いというものである。
ふりかえれば、90年代までは、専門家による自己改革の時代であった。小泉内閣はアマチュアを諮問機関に多用したが、「構造改革」という経済路線は明確であった。だが、安倍内閣では「美しい国」というあいまいな目的の下で、アマチュアリズムが百家争鳴状態を作り出している。
恐れなければならないのは、こうした改革のパターンが、改革能力を劣化させることである。改革の政治に必要なのは、アマチュアと信頼に足る専門家との統合である・・・

逃げ切れなくなったシルバー世代

2009年1月31日   岡本全勝

日経新聞「やさしい経済学ー21世紀と文明」、田中直毅さんの連載「多元化する世界と日本」。18日は、「自己統治と日本」でした。
・・以前は、将来世代への負担転嫁は可能との命題が、それなりの妥当性を持っていた。投票に熱心なシルバー世代は、年金や医療の給付水準にこだわりを示す。このシルバーポリティクスの下では結局、数が少ない若年の投票者、ないし投票資格のない次世代以降の人々の負担が高まるという現象が起きる。ところが、10年前から状況は一転した。財政の巨額赤字は、退職後も20年程度は社会保障給付に依存できると考えていたシルバー世代に、厳しい自己認識を促すだけの迫真性をもった。自らの世代内で決着をつける以外にはなくなったのだ・・
国債増発で公共事業拡大を、という内閣に対しては、市場は円売り・外貨買いで応じる以外にない、という見極めが広がったのだ・・自己統治の第一歩は、日本社会の持続性確保のため、政治のバランスシートを圧縮することだ・・この自己統治のための制度設計が本格化すれば、市場は日本買いに転じる一方、族議員型の古い政治機構や政党組織は見限られて一挙に瓦解しよう。それは、日本文明に画期をもたらすはずである・・(2008年1月19日)

大山耕輔先生の編著による『日本の民主主義 -変わる政治、変わる政治学』(慶應義塾大学出版会、2008年)が出版されました。曽根泰教先生のお弟子さんたち、先生と親交のある欧米の研究者による論文集です。詳しくは、リンク先の紹介をご覧ください。

ねじれ国会が見せる国会の機能

2009年1月12日   岡本全勝

12日の朝日新聞opinionで、飯尾潤教授が「給油法案、再議決。国会の課題、ねじれで露呈」書いておられました。
・・参議院で否決された補給支援特措法案が衆議院で再議決されたことを、「ねじれ国会」という特殊な状況における異常事態であるかのように考える人もいるが、日本国憲法を前提にすれば十分にあり得ることだ・・
また、混乱を制度的問題のせいにばかりもできない。「ねじれ」に至る前も、国会が本来の機能、つまり与野党が国会審議の中で、よりよい法案を作り上げるという当たり前のことが、長年にわたって軽視されてきた・・
では、なぜ日本の国会に徹底審議の文化が育たなかったか。それは、与党が国会上程の前に官僚に頼って法案をほぼ完成させてしまい、後は与野党とも安易に党議拘束をかけ、修正を嫌う慣行が関係している。長年、内閣提出法案に関しては、自民党の事前審査を通じて、議会外で事実上の立法作業を完成させてしまい、完了した立法作業が議会で蒸し返されるのは好ましくないと考える本末転倒した状況があった・・

政治の役割14

2009年1月11日   岡本全勝

政治の役割13から続く

16日の日経新聞「成長を考える-識者に聞く」は、佐々木毅教授でした。「個別の業界にかかわるような狭い利益であればあるほど、必死になって守ろうとする傾向がある。広くみんなにかかわることは、だれも熱心にならない。これは民主主義の一つのパラドックスだ。少数者の利益が無視されるとよく言われるけども、実際は案外、多数者の論理の方が後ろに退き、狭い利益にものすごく関心の強い一部の人たちが大きな影響力を持つ」
「政治家は人々を説得して票を獲得しないといけないから、国民にいろんな便益を提供する必要があるという気持ちが強かった。でも、小泉純一郎前首相の時代から、便益を提供しなくても票が入ってくるようになった。日本の政治の感覚も、何かをやってあげないと票が出ないという利益政治から、ニュートラルな方向にシフトしつつある」
格差問題について、「問題は地域間格差だ・・・地方に成長の余地を与えることが大事だ。従来型の公共事業は難しく、中央と地方の関係を整理しなければならない。地方に権限と税財源を与え、腰を落ち着けて問題に取り組めるようにするべきだ」(2006年12月17日)

佐々木毅先生の「政治学は何を考えてきたか」(筑摩書房、2006年)を読みながら、いろいろ考えました。いつもながら、先生の議論は射程距離の大きな議論で、目を開かされることが多いです。20世紀の政治は何だったかという観点から、今日は、これまでの日本政治・行政とこれからの日本政治・行政について少し書きます。
日本の20世紀が追いつけ追い越せだったこと、そして官僚制と中央集権がそれによく適合したことは、「新地方自治入門」の主題でした。行政の成功を支えたのが経済成長であり、経済に特化した日本が、成長が止まったことで混迷していることも。その続きと思ってください。
(日本だけが優秀ではない)
石油危機後、欧米各国が低成長に陥る中、日本だけが「特殊」だともてはやされました。ジャパン・アズ・ナンバーワンと、喜んでいたのです。でも、今から考えると、これも、国際条件の中でのことでした。欧米先進国は成熟化し、所得が高くなり高齢化で社会保障も大きくなったのです。その時に日本はまだ若く、社会保障も小さくて済みました。ここまでは、いつも書いていることです。
最近の講演会では、もう一つ、アジア各国のことも言っています。それは、彼らが経済発展に目覚めるのが遅かったので、日本は先行者利益を享受できたのです。すなわち、韓国が北朝鮮と対峙していなかったら、中国がもっと早く改革開放路線に進んでいたら、ベトナム戦争がなかったらです。昨今の産業の国際競争を見ると、当時アジア各国が経済発展に参加せず、そのおかげで日本が恵まれていたことを物語っています。
日本は、欧米の後、アジアの前を走ることで、優位になったのです。そして、成熟して欧米に追いついたこと、アジアが追いかけてきたことで、「日本特殊論」は終わりました。
(新保守主義・市場主義と官僚日本)
経済と政治の関係で言えば、20世紀はケインズの時代でした。国家が、経済に介入し、景気を制御することが責務となりました。しかし、サッチャー・レーガンに代表される新保守主義は、それを放棄し、国家の役割を限定しました。それぞれ、経済運営に失敗したことが背景にあります。また経済のグローバル化が進むと、国家ではコントロールできないのです。しかし、日本では、同時期にこのことは意識されず、1990年代にもいいえ1990年代こそ、景気浮揚のために、盛んに公共事業をしていました。ケインズ政策の放棄は、小泉内閣まで持ち越されました。
それは、経済成長の成功体験、ジャパン・アズ・ナンバーワンのおごりで、目が曇っていたからでしょう。さらに、官僚以外に政策の担い手がなかったことによります。政権交代を経験していない、政治が政策を競うものだという経験のなさが、「官僚の言うことが正しい」という信頼をつくっていました。残念ながら官僚も、理性的存在でなく、過去との連続を尊重する(政策の転換ができない)だけでなく、利益集団の一つであるのです。公共事業関係官僚に、公共事業を減らすことを期待する方が間違っています。
もっとも、政治は経済運営から、全く撤退したのではありません。レッセ・フェールの19世紀に戻るのではなく、国際競争に負けないだけの市場基盤をつくることが、新しい責務になっています。この点、日本の政治と行政は、まだ任務の方向転換に遅れているのでしょう。
(世界で競争する)
産業にしろ文化にしろ、世界で戦えるかが、グローバル化の基準でしょう。自動車産業だけでなく、小さな町工場でも世界一の技術を持っているところもあります。銀行は日本ではメガバンクといっていますが、世界ではそれほどの存在ではないようです。農業は輸出している果物をのぞいて、防戦一方です。観光も、観光客の呼び込みに負けています。投資も、海外への投資が大きく、海外から日本への投資は小さいです。それは、日本の魅力を表しています。
文化は、アニメ以外は輸入超過。スポーツは、野球が近年がんばっていますが、サッカーなどももう少しですね。相撲と柔道は、国際化に成功しました。学問では、自然科学系は世界でがんばっていますが、人文社会部門ではあまり活躍を聞きません。高等教育は、日本のチャンピオンである東大しかり。世界で勝負していませんよね。留学生の受け入れでも、負けているでしょう。官僚は、一部アジアへ制度を輸出していますが、世界市場では輸入ばっかり。こうしてみると、日本は何に成功し、何がもう一つだったかが、見えてきます。世界で戦わなかった分野が、弱いのです。
人の輸出入は制限しているので、まだ顕在化していません。移動が自由になると、非熟練の労働者は、所得の低いアジアから入ってくるでしょう。しかし、問題は能力の高い人たちが、日本を選ぶかどうかです。他国に比べ魅力ある国をつくる。これが、国際化した21世紀での、国家の役割の一つでしょう。(2007年1月4日)

(小さな政府)
朝日新聞7日別刷りbeの「あっと、データ」は、大学の学費負担割合の先進各国比較でした。日本は、親の負担割合が最高で、公費負担割合が下から2番目です。公費負担はGDP比でも最低、これは小中高校を含めても、先進国で最低だそうです。この点では、日本は小さな政府を実践しています。
こう書いたのは、私は「小さな政府論」に、疑問を持っているからです。もちろん、同じことをするなら、安上がりの小さな政府の方が良いです。ところが、人口あたり公務員数で比較すると、先進国の中では、日本は図抜けて少ないのです。防衛も含めていますから、軍隊の差でもないのです。「外郭団体を利用している」との指摘もありますが、それを入れたとしても、そんな大きな数でないでしょう。
私が問題にしたいのは、どの分野で日本が少ないかです。例えば公共事業は、日本が多くやっています。すると、逆にどの分野で日本は手を抜いているか、それが問題だと思うのです。
さて、初めの議論に戻すと、「日本は教育に熱心な国だ」といっています。でも、この数字を見ると、それは一部の家庭が熱心であって、国や地方団体は熱心ではないようです。年金も小さいほど、小さな政府を実現できます。でも、それが良いことでしょうか。財政規模比較では、今の日本は、支出では中くらいの政府、国民負担では小さな政府です。これを実現している「魔術」については、いつも批判しているので、繰り返しません。(1月7日)

9日の朝日新聞私の視点は、木村陽子先生が「生活保護、政府全体で取り組む課題」を書いておられました。このHPでも紹介した、全国知事会と市長会による「新たなセーフティネットの提案」です。(1月9日)

(消費者行政)
朝日新聞は、「消費者の時代へ」を連載していました。この分野は、新しい行政の役割として、私が関心を持っている分野です。9日は、松本恒雄教授へのインタビューでした。日本の消費者政策を3つの時期に区分して、第1期が1960年代で、行政が事業者を規制する形での消費者保護の時代。第2期が1990年代からの司法重視の時代で、製造物責任法や消費者契約法などで民事や裁判のルールが整備された。第3期がここ数年で、市場を利用して消費者の利益になるよう、企業行動を誘導する政策です。そこでは、金融商品取引法など企業に法令順守を求め、意識の低い企業は消費者の支持を得られず衰退する、という効果をねらっているとのことです。
新しく始まる消費者団体訴訟制度は、消費者団体が行政の代行的な役割を担うので、この第1、2、3のそれぞれの要素を含んでいるとの位置づけです。日本の行政の変化を考える際に、新しい分野とともに新しい手法としても、参考となります。また、自治体の果たす役割に、大きな期待をしておられます。(1月9日)

(政治の役割)
11日の日経新聞経済教室「07年の進路」は、佐々木毅先生の「雌伏の時代、政治を変革。全体最適を目指せ」でした。
小泉政権の5年間で、政治の課題は明確に変わったが、政治の体質が本当に変わったかどうかは、なお不透明だ。ここに構造的なリスクがある。このリスクをコントロールすることが、政治全体の基本的なテーマである。政治の課題の変化とは、野放図な利益政治の構造を維持できなくなったことである。自民党内の権力構造の変化は、その従属変数というべきものであった。部分最適が見えざる手によって全体最適に通じるという利益政治の神話を、もはや誰も信じない。新たな全体最適は、首相を中心に集中的に計画され、適切に管理実現されるべきものとなった。
先に述べたリスクは、これにかかわる。利益政治には一つの深刻なパラドックス逆説がある。それは強い政治的意思で支えられた狭い利益ほど最も強力であるということである・・・。
スキのない政権運営にとり、慎重な配慮が必要な最大の問題群は、中央と地方の関係である。この関係は、かつての部分最適全盛時代は、おのずからスムーズに動いていた。そうした時代が終わり同時に分権が進んでくると、両者の関係の管理運営は難しくなる。中央政治の使命は、中央政治の管理運営に加え、この両者の関係を管理することにある・・

政治の役割13

2008年11月4日   岡本全勝

10日の東京新聞「時代を読む」は、佐々木毅教授の「小泉政権を見送る」でした。
「何よりも、この政権は経済の構造的停滞によって自信を喪失し、すっかり内向きになった日本社会の生み出した政権であった・・・政党政治をほとんど一人で演じ、首相のリーダーシップに対する国民の飢餓感をいやし、それへの手応え感を与えるのにかなりの程度成功した政権であったといえよう。ここに首相と世論との太いパイプの源泉があったと考えられる」
「この政権が最もその精彩を放ったのは、『政府は何をしないか(すべきでないか)』について語るときであった。それは結果として民間部門の構造改革や活性化につながったが、『政府は何をするのか(すべきか)』については青写真も乏しかったし、アイデアも乏しかった」
「三位一体改革が課題を残したと言わざるを得ないのも、結局は中央政府の役割のツメができなかったからであろう。公務員制度改革という政権の最も直接的な所掌課題も、ようやく政権末期になって登場したのであった。かくして、政府はかつてなかったほど極めてあいまいな存在と化したままで、次の政権に引き渡されることになったのである」2006年(9月11日)

(総理の条件)
自民党総裁選に関して、記者さん何人かとの会話です。
(公約の優先順位)
記:総裁・総理は、その人の政策で選ぶんですよね。
全:そうだろう。だから、それぞれ公約を発表しているじゃない。良い傾向だと思うよ。
記:でも、ある新聞が書いたように、項目の羅列だったり、すべてに良いことを言ってます。すべての項目に取り組むというのは、どれもできないということですよ。
全:それはわかるね。総理だって、時間と力は限られている。まず、どれをしたいか。また、時間をかけても、これだけはしたいとかね。小泉さんは、その点はっきりしていたね。
記::そうです。その代わり、小泉さんは他のことを切り捨てました。何かをするということは、何かを切り捨てることです。八方美人は、何もしないという結果になります。
(これまでの言動)
記:もう一つは、これまでの言動との整合性です。
全:お三方とも、問題ないじゃない。それぞれ、信念に基づいて発言しておられるよ。
記:違います。公約は何とでも言えます。しかしこの3人は、新人議員ではありません。小泉政権の中枢におられました。白地ではありません。これまでの実績があるのです。例えば地方分権です。
全:3人とも、分権に積極的なことをおっしゃっている。どなたがなっても進むと、僕は期待してるよ。
記:思い出してください。三位一体改革の時に、3人とも当事者でした。一人は総務大臣として推進派、もう一人は財務大臣で税源移譲に反対、もう一人は官房長官で審判役でした。
全:これからに期待しよう。
(実行力の実績)
記:もう一つは、実行力です。
全:新聞の採点では、それぞれ実行力はあると採点されているじゃない。
記:いろんな政治決定の場で、どのようなリーダーシップを発揮したかです。例えば経済財政諮問会議の場で、どれだけ発言したかです。ただし、官僚の用意したメモを読むのは零点、どれだけ自分の言葉でしゃべったかです。そして議論をリードしたかです。
全:諮問会議は議事録が公開されているから、点を付けたらいいじゃない。
記:そう思っているんですがね。
全:3人とも実行力があると評価されているし、小泉さんを見た国民は、目が肥えているよ。日本の首相像は、間違いなく変わったと思うけどね。
(人を使う)
記:総理や政治主導者には、人を使うという能力も必要です。
全:それは当然。かつて、アメリカのクリントン大統領が、凡庸な大統領と批判されたときに、「そうかもしれないが、私には有能な人を使う能力がある」と反論したことがあった。私はそれを聞いてなるほどね、と思ったよ。
記:そうです。いかに有能な人でも、すべてのことはできません。それぞれの道に優れた人をうまく使うかどうかです。
全:人を使うためには、人の話を聞くことも、重要だよ。
記:ええ、しかし人の話を聞くだけでは、だめなんです。八方美人にならないように、話を聞くけど採用するかどうかは、別なのです。その際には、側近も重要です。政策の優先順位、時間配分の優先順位を、進言できる人です。それは、最初に述べた「何を切り捨てるか」を判断できる人です。そのような側近を持っているかどうかも、重要です。もちろん、最後の決断は、その政治家がするのですが。(9月15日、16日)

9月25日の日経新聞経済教室「新政権への視点」は、田中直毅さんの「政治再設計で成長確かに」でした。
「小泉内閣の5年半で、『回顧の次元』から『期待の次元』へと政策目標は切り替わり、自己統治の理念に発する財政規律の確立が緒についた。安倍政権では費用分担の仕組み作りという行政色の強い政治空間から離脱し、政治関与をリスク制御に絞り込むのではないか」(9月25日)

(小泉改革の評価と継承)
このHPでは、小泉改革を日本の政治の改革として、取り上げてきました。その点から、次の政権が小泉改革をどのように評価し、どのように継承するのか関心を持っています。もちろんどなたがなられても、改革は進められるでしょう。しかし、そのまま発展させるのか、一部修正するのかを知りたいのです。そのためには、小泉改革をどう位置づけ、どう評価するかが必要なのです。今日の安倍総理の所信表明演説では、改革を進めるとの記述はありますが、小泉改革の文字はないようです。(9月29日)

19日の朝日新聞「保守とは何か」で、原彬久教授は次のように述べておられました。戦後保守の特徴は、米国による占領下で生まれ左傾化されたこと、米ソ冷戦構造の下で自民党イコール親米・社会党イコール親中ソという構図になったこと、政権交代が保守と革新の間で行われず社会主義的な政策を採り入れたこと。外交・憲法面では吉田政治が保守本流だったが、経済政策面では岸政治がむしろ主流だった。
保守は、人間への懐疑がその根底にある。その意味で現実主義と重なる。したがって現状肯定に流れやすい。しかし面白いのは、時に保守が大きなパラダイム転換を成し遂げるという逆説だ。ニクソンの米中和解、サッチャーの英国病克服、岸氏の安保改定、佐藤栄作の沖縄返還、田中角栄の日中国交樹立・・保守は行き詰まった現実を前に、その現実に内蔵された矛盾のエネルギーをむしろ逆手にとって現状打破を果たそうとする。(10月21日)

27日の毎日新聞「世界の目」は、クラロス世界経済フォーラム主任エコノミストの「競争力向上へ8つの教訓」でした。自国の競争力を上げ、貧困減少や国民所得向上につながる資産を生み出すにはどうすれば良いか。
1 分不相応はいけない。税収不足、公共支出の統制不能、あるいはその双方による巨額の財政赤字は、競争力上昇のカギとなる教育、公衆衛生、社会基盤への支出を抑制する。
2 低税率は奇跡の治療薬ではない。北欧のように最も競争力の高い国々は、多額の歳入を十分効果的に運用している。
3 汚職は経済成長を止める。透明性が高く、公共の利益のために働き、支持に値すると認知された政府だけが、国民に犠牲を求めることができる。
4 司法の独立は貴重である。
5 官僚主義の弊害。
6 教育は大黒柱。
7 成長の新しいエンジンは、インターネットと携帯電話。
8 女性に力を。競争力とは、人的資源を含む資源の効率的利用のことだ。
発展途上国だけでなく、日本にも当てはまりますね。(10月27日)

(保守主義)
24日の読売新聞、佐々木毅教授のインタビューから。
「日本の場合、戦後は長く保守対革新の構図だったから、欧米の流れとはまたズレがある。自民党が、諸外国であれば社民主義政党がやった利益配分などを、機能的に代行した・・自民党政権の背後には、経済成長とナショナルプライド(国民の誇り)の合致があった。その合致がバブル経済の崩壊でズタズタに切り裂かれて、ナショナルプライドをどこに定めていいか分からなくなった。他国の保守主義とは異なり、いろいろな要素を積み込んだ自民党保守主義は終わった。今、自民党はどこに向かえばいいか分からなくなっている。ナショナルプライド探しをめぐる議論がいろいろ出てくれば、次の保守、非保守のステップにつながるかもしれない」