アメリカの中間選挙の結果を見て、考えました。各紙とも「民主党大敗」という見出しです。2年前に「チェンジ」を合い言葉に、オバマ大統領を選んだアメリカ国民が、今回はオバマ民主党にノーを突き付けました。オバマ大統領は、国民皆保険や大型景気対策など、実績を積み重ねています。しかし、景気が回復しないことを主な理由に、国民は批判しているようです(2010年10月5日の記事)。
振り返ると日本では、2009年に自民党から民主党に政権交代がありました。その1年後の参議院選挙では、国民は民主党政権にノーを突き付けました。新聞の見出しは、「民主党大敗」でした。
2009年の衆議院選挙では、国民は自民党政権にノーを突き付け、2010年の参議院選挙では、民主党政権にノーを言う。そこにあるのは、政策の選択ではなく、また野党が勝ったのではなく、政権党が負けるという構図です。もちろん、その他のいろんな理由もあるでしょうが。
日本にしろアメリカにしろ、2大政党間に、いまやそんなに大きな政策の違いは出せません。行政サービスを増やすには、あるいは維持するにも、国民負担を増やすしかありません。政府は景気対策を打ちますが、現在のグローバル経済、新興国の台頭の下では、政府が景気を制御することは困難です。そして、かつてのような経済成長はありません。
国民の不満といらだちが、現政権への批判となって現れるのでしょう。しかし、政権が変わったとしても、状況は変わりません。忍耐強く改革を続け、負担に耐え、政府を見守るしかないと思います。水戸黄門は現れないのです。
そうしてみると、日本はアメリカより、一歩先を行っているのかもしれません。また、長引くデフレ経済も日本が特殊なのではなく、日本がアメリカの先を行っているのかもしれません。課題先進国日本の一端と、見ることもできます。もちろん、その課題を克服してこそ、本当の課題先進国になるのです。日本人の力量が試されています。
「政治の役割」カテゴリーアーカイブ
行政-政治の役割
日本農業・失われた50年
日本経済新聞が27日から、連載「ニッポンの農力、自立するために」を始めました。環太平洋協定(TPP)が政治課題になり、農業保護が問題になったのです。
その記事によると、農業就業人口は、ピークであった50年前から8割以上も減り、今年は260万人と全就業者に占める割合が3%台に低下しました。農業総産出額は8.5兆円と、最も多かった1984年に比べ72%に低下しています。農林水産業がGDPに占める割合は、1960年には13%でしたが、現在では1.5%です。記事では、「国内農業は失われた50年」と形容しています。
稲作は50年前に比べ、生産性が大幅に向上しました。これだけ農家が減っても、米は余っています。しかも、減反を4割もしています。その点では、成功したのです。しかし、国外産に比べ、まだ低いのです。問題は小規模なままで、大規模化が進まなかったことです。兼業農家が、片手間でできるようになったのです。日本の農業問題は、稲作とその他の作物に分けて考えなければならないこと、そして問題のカギは農地です(2007年6月23日の記事)。
国家のパワー再考・相手を動かす力と左右されない力
民主制の機能、政治エリートの選別
10月17日日経新聞「民主主義を考える」は、宇野重規東大准教授でした。
・・代議制は国民の代表を通じて民意を反映させるためのものだが、同時に政治エリートを選別し、競争させる仕組みでもある。現在はまさにこの仕組みが機能不全を起こし、指導力のある政治家をうまくつくり出せないでいる。
問題は、政治エリートと呼べる人が今の日本にいるかどうかだ。政治学者はこれまで一部のエリートが政治を独占することを批判してきたが、今や批判する相手が見えにくくなっている。
政党が自らの価値観に沿って人材を養成して「さあどうですか」と人びとの前に差し出すのが政党政治だったのに・・ただ首相を替えていくだけでは、遠からず差し出す営業品目がなくなる・・
詳しくは原文をお読み下さい。
山本健太郎君の著書・政界再編研究
山本健太郎君の著書『政党間移動と政党システム-日本における「政界再編」の研究』(2010年、木鐸社)が、出版されました。
1993年の自民党分裂と自民党下野から、2009年の政権交代まで、日本では政界再編(政党再編)が頻繁に起こりました。なぜそのようなことが起こったのか、国会議員はどうして政党を移動したのか。最大野党である新進党は3年で解党したのに対し、同じ民主党はなぜ10年にわたって存続し政権についたのか。
「政策を同じくする政治家が集まる集団が政党である」といった、甘いものではないことは、国民は知っています。では、政治家は権力追求のために集まったのか。次の選挙で再選されやすいように、その政党に属したのか。選挙の時にお世話になったので、ボスに付いていくのか。
政治部記者や評論家、そして政治家本人も、それぞれに評論的説明はおっしゃいます。それに対しこの本は、理論的分析とともに、1990年以降の全政党、全衆議院議員について移動を調べ上げデータ分析した力作です。
特に巻末に付いているそのデータは、新聞社も顔負けのものでしょう。何をもって政党とするか(実はこれも難しいのです)、いつをもって離党と判断するか(元の所属政党が直ちに離党届を認めず、しばらくしてから除名する場合もあります)、スキャンダルや首長選挙に出るための離党を除いたりと、これは大変な作業です。
さて、著者が述べているように、自民党は政権追求志向の強い議員が集まっていましたが、民主党に自民党からの移動議員を受け入れるインセンティブは乏しく、移動は困難です。すると、自民党の凝集力は消極的に維持されることになりますが、野党時代が続くと、凝集力は失われます。
一方、これまで政権を目指すために、政策をあいまいにしてきた民主党にとって、政権を獲得したことで政策を選択しなければならなくなります。それは、幅広い政策の議員を抱えている民主党にとって、分裂リスクに直面することになります。著者は、このように、現在の二大政党制は必ずしも安定したものではない、と指摘しています。
山本君は、私が東大大学院で客員教授を勤めた際の院生です。私の授業では、不慣れな講師(私)を助ける、3人の塾頭がいてくれたのですが、その一人です(このぺージに出てきます)。みんなそれぞれ立派になって、うれしいですね。私は何の貢献もしていないのですが、著書のあとがきに名前を載せてもらいました。恐縮です。