カテゴリーアーカイブ:官僚論

法律を作るか解釈で切り抜けるか

2017年10月19日   岡本全勝

先日、霞が関で、現役の後輩と出会いました。「今、何しているの?」と聞くと、「○○の件で、法律を作ろうとしているんです」とのこと。内容は、私も関与したことがあるものです。既に実施されているのですが、今後に備えて、法律で枠組みをきちんとしておこうとのことです。
「良い話じゃない。ぜひやってよ。誰も反対しないから、難しくないだろう」と励ますと、「いえいえ、関係省で反対するところがあるんです。『運用でできているんだから、法律を作らなくても良いだろう』と言うんです」。????

「官僚とは、できないという理屈を考える優秀な人間である」という批判があります。その手で言うと、「官僚とは、しなくてもよいという理屈を考える優秀な人間である」と言いたいですね。一部ですが、このような官僚がいることは、困ったものです。
国民のために政策を作る。それが、官僚の任務のはずです。仕事に取り組む職員と、逃げる職員。きちんと職員の評価をしなければなりません。売り上げという評価基準がないので、事務の職場は、それが難しいのですが。

週刊誌『アエラ』インタビュー

2017年6月20日   岡本全勝

6月19日発売の、朝日新聞の週刊誌『アエラ』(6月26日号)に、私の発言が少しだけ載りました。特集「自由民主党の研究」の中の、「立ち枯れてゆく霞が関」です。
この記事の一つの主題は、「官邸主導で官僚のモチベーションが下がっている」とのことのようです。私は、それに対し「官邸主導はあるべき姿」と異論を言っています。
もう一つの主題は、「内閣人事局ができて、官僚が萎縮している」とのことのようです。これに対しても、「昔から幹部人事は内閣承認だったので、人事局ができたからといって変わっていない」(運用の仕方である)と申し上げました。
そして、政策を提言し、実行するのが官僚であると、説明しました。

日本の公務員の質は

2017年4月16日   岡本全勝

4月8日の日経新聞読書欄に、真渕勝・立命館大学教授(京都大学名誉教授)が「日本の官僚、公務員の質は。行政サービスは効率的か」を書いておられます。
・・・キャリア官僚は近年、何かにつけて批判の的になっている。
筆者が大学生であった40年ほど前、キャリア官僚がやり玉にあげられることはまずなかった。多くが東京大学を優秀な成績で卒業していることを知ってか、国民は畏怖の目で見ていた。この傾向は「官尊民卑」という「前近代性」の現れとして指弾されたこともある。官僚バッシングが「国民情緒」に指示される現在、悪しき伝統は完全に打破されたかに見える。
それにしても評価の振れ幅が大きい。もっと距離をとって眺めることはできないものか・・・

・・・日本の公務員は数が多く、能率が悪いと指摘されることがある。まず、前段は「都市伝説」である・・・政府が毎年度発表する「公務員の数と種類」における公務員数は約338万人(2016年度)、人口千人あたり36.2人である。この数字には、独立行政法人や特殊法人の職員、国立大学法人の教職員も含まれている。他の先進国の人口千人あたりの公務員数はフランス89.1人、英国69.3人、米国64.1人、ドイツ60.4人であるから、日本は5か国のなかで、最も「小さな政府」に当たる・・・

(反対の主張を紹介した後で)・・・ここでの論点は、公務員数が相対的に少ないとしても、それはただちに行政の効率性の高さを意味するわけではないという厄介な現実があることである・・・
ごく一部を紹介したので、原文をお読みください。

先生がご指摘の通り、高い評価から批判の的へと、日本の官僚は尊敬を失いました。それだけの理由はあります。求められている機能を果たしているか、日本社会の問題を適確に解決しているかという機能論とともに、官官接待や権限を利用した天下りという倫理面からの問題によってです。
としても、官僚も公務員もなくすことができない職業です。では、どのように改革したら、国民の期待に応えることができるか。私の職業生活と研究テーマは、これを追求してきました。かつて連載していた「行政構造改革ー日本の行政と官僚の未来ー」もこれを考えていたのですが、総理秘書官になって中断しました。慶應大学での講義では、このテーマに再度取り組みます。

担当者の異動と行政の継続性

2017年3月24日   岡本全勝

3月20日の読売新聞文化欄、藤村龍至・東京芸術大学准教授の「考景・幕張ベイタウン」から。
千葉市の幕張ベイタウンは、高さを5階程度に低く抑えた集合住宅が並び、それに包まれるように街路や中庭を配置し、洗練された外部空間を作っています。
・・・バルセロナやパリ、ベルリンなどに見られる良質な住宅街のようだ。このような街がなぜ日本で実現できたのだろう。
いくつかの理由があるようだ。ひとつの要因は、沼田武知事時代の1980年代後半に、都市デザインの専門家組織が継続的に関わる仕組みが作られたことだ・・・行政組織は通常、特定の人に権限が集中しないように人事を流動化させる。幕張でも行政及び企業の担当者は、長い事業期間のあいだに次々と入れ替わり、変わらなかったのは部外の専門家組織だけだった。簑原さん(都市プランナー)を含む彼らが開発事業者の意向をくみつつ、全体方針に基づいて絶えず調整を継続したから行政担当者や開発担当者が次々と交代しても、当初の方針を守ることができたのだ・・・

指摘されているように、行政の担当者は、2年や3年で異動していきます。これは、職員を活性化するためにも必要なことなのですが、過去のことが忘れ去られることや、政策の継続が途切れたり、実績の検証がおろそかになるという欠点があります。
これを防ぐ方法に、大きな政策や方針は、法律や条令で規定しておくこと、要綱などを定めておくこと、住民と協約を結んでおくことが考えられます。また、役所内部では、引き継ぎ書が重要です。

官僚の責任

2017年3月14日   岡本全勝

3月10日の日経新聞特集は「緩む財政 元大蔵幹部の悔恨録」でした。
・・・赤字国債の大量発行が当たり前になってしまった日本の財政。敗戦直後のハイパーインフレの記憶は高度経済成長にかき消され、借金を膨らます失敗の歴史を繰り返してしまった。当時の大蔵省(現・財務省)幹部は何を考え、どう対応しようとしたのか。取材班は退官後に現役当時を振り返る内部資料「口述筆記」を情報公開請求で得た。大蔵幹部の「悔恨録」は未来への警句でもある・・・

詳しくは原文をお読みいただくとして。私は、「官僚の責任」を考え続けています。不祥事もありますが、政策の失敗です。政策の失敗は、国民に与える影響が大きいのです。もちろん、大きな政策の失敗は、大臣や内閣の責任です。しかし、それを支えた官僚の責任はどうなのか。また、責任の取り方はどうするべきかです。
振り返ると、水俣病などの公害を防げなかったことや被害拡大を止めることができなかったこと。近年では、血液製剤事件で厚生省薬務局が廃止になりました。BSE牛処理・牛肉偽装事件に関して、農水省畜産局が廃止されました。原発事故を防げなかったことで、経産省原子力安全・保安院が廃止されました。
責任の取り方は別としても、政策の失敗は検証するべき課題です。何をもって「失敗」とみるかも含めてです。