「官僚論」カテゴリーアーカイブ

行政-官僚論

官僚の行動原理?

5月19日の朝日新聞オピニオン欄、豊永郁子さんが、「忖度を生むリーダー」に、ハンナ・アーレントの有名な著作「エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」から、ナチスのユダヤ人大量殺戮がどのように実行されたか、官僚はどのように行動するかについて書いておられます。官僚のみならず、組織人に共通することででしょう。しかし、公権力の行使をする官僚には、会社員とは違った倫理が求められます。

・・・アイヒマン裁判でも、アイヒマンにヒトラーからの命令があったかどうかが大きな争点となった。アイヒマンがヒトラーの意志を法とみなし、これを粛々と、ときに喜々として遂行していたことは確かだ。しかし大量虐殺について、ヒトラーの直接または間接の命令を受けていたのか、それが抗(あらが)えない命令だったのかなどは、どうもはっきりしない。
ナチスの高官や指揮官たちは、ニュルンベルク裁判でそうであったが、大量虐殺に関するヒトラーの命令の有無についてはそろって言葉を濁す。絶滅収容所での空前絶後の蛮行も、各地に展開した殺戮部隊による虐殺も、彼らのヒトラーの意志に対する忖度が起こしたということなのだろうか。命令ではなく忖度が残虐行為の起源だったのだろうか。
さて、他人の考えを推察してこれを実行する「忖度」による行為は、一見、忠誠心などを背景にした無私の行為と見える。しかしそうでないことは、ヒトラーへの絶対的忠誠の行動に、様々な個人的な思惑や欲望を潜ませたナチスの人々の例を見ればよくわかる。

冒頭で紹介したアーレントの著書は、副題が示唆するように、ユダヤ人虐殺が、関与した諸個人のいかにくだらない、ありふれた動機を推進力に展開したかを描き出す。出世欲、金銭欲、競争心、嫉妬、見栄(みえ)、ちょっとした意地の悪さ、復讐心、各種の(ときに変質的な)欲望。「ヒトラーの意志」は、そうした人間的な諸動機の隠れ蓑となった。私欲のない謹厳な官吏を自任したアイヒマンも、昇進への強い執着を持ち、役得を大いに楽しんだという。
つまり、他人の意志を推察してこれを遂行する、そこに働くのは他人の意志だけではないということだ。忖度による行動には、忖度する側の利己的な思惑――小さな悪――がこっそり忍び込む。ナチスの関係者たちは残虐行為への関与について「ヒトラーの意志」を理由にするが、それは彼らの動機の全てではなかった。様々な小さなありふれた悪が「ヒトラーの意志」を隠れ蓑に働き、そうした小さな悪が積み上がり、巨大な悪のシステムが現実化した。それは忖度する側にも忖度される側にも全容の見えないシステムだったろう・・・

予算執行を急ぐと・・・?

5月18日の日経新聞「司令塔不在の科技政策」から。詳しくは原文をお読みください。

・・・内閣府の大型研究開発プロジェクトである戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で、一部の候補者に事業の詳細を説明して応募を促していたことが判明した。プロジェクトを指揮する「プログラムディレクター」は公募が大前提で、選考の透明性や妥当性から疑問が投げかけられた。5年間に約1500億円規模の予算を投じる大型プロジェクトは、どんな問題を抱えているのか。
SIPは政府の総合科学技術・イノベーション会議(議長・安倍晋三首相)が主導して、2014年度に始まった。従来の省庁の縦割りによるテーマ選定をやめ、横断的な研究を推進することを目標に掲げた。産学官連携で基礎から実用化までつなげて産業競争力を高め、新たな市場や雇用を生むのが狙いだ。リスクは大きいが、成果が出れば社会や経済に大きな影響をもたらすテーマが対象になる。
今回問題になったのは、18年度から始まるSIPの2期事業だ。内閣府は12の研究課題についてディレクターを公募し、4月13日に11課題の内定者11人を発表した。このうち、10人は内閣府の依頼で関係する省庁が候補に挙げた研究者だった・・・

・・・2期は当初、19年度の開始を予定していたが、17年末に補正予算がつき、1年の前倒しが決まった。内閣府は3月にホームページで公募を開始し、短期間で選ばざるを得なかった。ディレクターは非常勤の国家公務員になるため、公募が通常の手続き。結果的に公募なのに、推薦で候補者を募っていることを周知せずに選考を進めてしまった・・・

・・・こうした施策で、科技イノベーション会議の司令塔機能が高まることが期待された。だが事務局の多くは各省庁や企業からの出向者で、必ずしも科学技術政策に詳しいわけではない。有識者議員の多くは非常勤だ。世界の研究動向も十分に把握できていない。
内閣府の大型プロジェクトは他にもあるが、ほとんどが当初の狙い通りの成果を出せていない。問題を抱えた体制を見直さずに推し進めても、成果は期待できない・・・

塩野七生さん、この頃の官僚

塩野七生さんは、しばしばハッとするような、分析をされます。食を巡るエッセイに、次のような文章があります。『想いの奇跡』(2018年、新潮文庫に再録)p131「イタリアを旅する」。この文章は、2008年に書かれたものです。

・・・一昔前は、高級官僚にも政治家並みの健啖家が多かった。政治家は始終人と会っているためか食欲の旺盛な人が多いが、官僚も政治家同様に健啖家であったのだ。それがこのごろでは、なぜか食の細い人が多くなった。それに比例して、仕事もできない人も多くなった気がする。
昨今の官僚タタキも、仕事ができるがゆえに権勢もある官僚だからタタくのではなく、真の力がないために既得権益を守ることしか頭にない官僚に、国民が愛想をつかしたからではないかと思っている。こんなへっぴり腰の集団に自分たちの運命を左右されたのではたまったものではないとは、私だって感じているのだから・・・

塩野さんの眼力が素晴らしいとともに、イタリアから見ていると、日本にいるより、日本が見えるということでしょうか。

金融庁、幹部の資質を明文化

1月11日の朝日新聞が、「金融庁、幹部の資質を明文化」を伝えていました。
・・・金融庁は、幹部を養成するための新たなシステムの導入を検討している。長官や局長ら幹部に求められる資質を明文化して職員に示し、幹部に登用すべき人材を選抜する会議も定期的に行う。人口減や国際化で金融機関のビジネスモデルが大きく変わるなか、監督官庁としても幹部人事を見直す・・・

良いことですね。というか、これまでなかったことが、不思議です(私も反省)。
ポストが空いたら、組織の内外を問わず適任者を募集する開放型人事システム(欧米型)と、組織内部で職員の育成と昇進を行う閉鎖型人事システム(日本型)の違いが、この背景にあります。欧米型(といってもアジア各国も欧米型だそうですが)は、職務内容(ジョブディスクリプション)が明文化されているのに対し、日本はあいまいです。すると、そのポストに必要な資質も明文化する必要がなかったのです。しかし、これからはそうも言っておられません。

職員の評価(能力評価、業績評価)は、行われています。しかし、それは一般職員を想定た、一般的な評価です。「幹部には組織内外での調整能力があればよい」「そこにたどり着くまでに、一定の能力は備えている」という考え方もあるでしょう。でも、そんなジェネラリストだけでは、乗り切れなくなっています。
他方で、「処遇」といった人事や、「変な人事」もやりにくくなるでしょう。

北村亘先生「文部科学省幹部職員の理念と政策活動」

季刊『行政管理研究』2017年12月号に、北村亘・大阪大学教授の「文部科学省幹部職員の理念と政策活動~2016年サーヴェイ調査における4つの官僚イメージ~」が載りました。興味深い調査結果が出ています。

これまでの官僚制の研究では、官僚を次の3つの型に分けて考えていました。
「古典的官僚または国士型」=政治の上に立とうとする態度の官僚
「政治的官僚または調整型」=政治の中で任務を遂行する態度の官僚
「合理的官僚または吏員型」=政治家によって定められた政策を合理的に実施する官僚。
そして、支配的な型は、国士型から調整型へ、さらに吏員型へ変化すると想定しています。

ところが、今回の調査結果では、国士型官僚像が、さらに2分できるのです。彼らは、政治的合理性を重視しません。その中で、行政的合理性を重視する官僚を「古典型」とすると、行政的合理性も重視しない官僚「超然型」とも呼ぶべき官僚が多くいるのです。
ちなみに、政治的合理性を重視する官僚のうち、行政的合理性を重視しないのが「調整型」、行政的合理性を重視するのが「吏員型」です。
この分析では、文科省本省幹部(課長以上、114人中回答は75人)のうち、調整型が19人、吏員型が15人、超然型が20人、古典型が21人です。

質問票と回答を、これらの型に分類する際の分け方が正しいのか、その点は疑問が残ります。また、他省庁との比較をしないと、一概に評価はできません。が、この結果を見ると、いまだに古典型や超然型が多いことは驚きです。文部行政の理念をどう考えるかとも関係するのでしょう。現在の文部行政の目標は何かです。

このような調査は、有意義ですね。内閣人事局と人事院は、公務員 の人事制度と勤務実態を所管していても、官僚の理念と実態は所管の外のようです。このような学者の分析、マスコミの評価によるのでしょうか。かつては、先輩官僚による指導と薫陶がありました。官僚の役割の転換期(と私は考えています)に、このような議論は必要です。
ところで、国家行政や官僚を対象とした研究誌がないのです。地方行政などはいくつかあるのに。『季刊行政研究』は、貴重な雑誌です。

ここでは、論文の一部しか紹介していません。関心ある方は、原文をお読みください。また、予算の関係で、文科省だけの調査になっています。ぜひ、他省庁を含めた調査、そして継続的な調査をお願いします。