カテゴリーアーカイブ:官僚論

信頼できない人たち。国会議員、マスコミ、国家公務員。

2019年1月24日   岡本全勝

1月21日の日経新聞に、世論調査結果「浮かぶ日本人の姿」が載っていました。電話調査でなく郵送なので、じっくりと考えて回答されていると考えられます。
もっとも、面倒だと考え、回答しない人たちの傾向はわかりません。

そこに、8つの機関・団体・公職を挙げて、信頼度を聞いた問があります。
最も高かったのが自衛隊で60%です。次いで裁判所47%、警察43%、検察39%、教師32%、国家公務員、マスコミ、国会議員の順です。
信頼できないも、この反対で、国会議員56%、マスコミ42%、国家公務員31%です。これら3つが、「信頼できない」が「信頼できる」を上回っています。

困ったことです。私の所属する「国家公務員」は、かつては国民から高い信頼を得ていました。この数十年、そして近年の不祥事で、急速に信頼失いました。
これは、国家公務員にとっても、国民にとっても不幸なことです。どのようにしたら信頼を回復できるか。
この項続く

官僚の役割、アイデアと実現。佐々江・元外務次官

2018年11月15日   岡本全勝

11月14日の朝日新聞オピニオン欄は、「日韓 和解の誓い道半ば」でした。
内容は、1998年の日韓共同宣言。当時、それぞれの外交当局の担当課長として宣言づくりにあたった佐々江賢一郎さんと朴チュ雨(パクチュヌ)さんとの対談です。内容は、原文をお読み頂くとして。私は、官僚の先輩である佐々江・元外務次官の行動と発言に関心を持ちました。

・・・――歴史的な日韓共同宣言は、どんな背景から生まれたのでしょう。
朴 金大中(キムデジュン)大統領の就任前年の1997年から、韓日間では漁業協定の改定が最大の懸案でした。そして98年1月、日本政府が協定の破棄を通告したため断絶状態に陥った。韓国はそれでなくてもアジア通貨危機で大混乱していました。そんな中、当時の小倉和夫・駐韓大使から韓日間で共同宣言を作ってみてはどうかというアイデアを聞いた。韓国はそれまで、二国間の本格的な共同宣言を作った経験がありませんでした。
98年2月、金大統領の就任式に外務省の北東アジア課長だった佐々江さんが来たので、3日間、一緒に食事をしながら話し合いました。ただ、韓国としては協定を破棄した日本から先に何か措置をとってほしいと考えていました。その後、外相会談などがありました。

――実際に宣言を作ろうと提案したのはどちらですか。
佐々江 考え方は日本から示したと思うけど、最初は確か韓国から……。
朴 98年6月の局長会議で私たちが最初の案を出しました。
佐々江 我々からすると、とても案とは言えない内容でしたが(笑)。でも、それに一心不乱に手を入れました。日韓の政治、経済、安全保障、文化といった関係に加え、地域やグローバルな問題など包括的に考えました。それと過去だけではなく現在の関係にも光をあて、両国がどういう方向に進むのか、いかに手を携えていくのかという大きなコンセプトで。
朴 8月末に日本案が出てきた後、韓国側の意見も加えました。金大統領は就任前から日本とは過去を乗り越え、未来志向的な関係を構築すべきだと繰り返し語っていた。だから私たちも自信をもって、大統領に韓日関係発展のための報告書を何回も出しました・・・

次のような発言も。
・・・――お二人とも現役の外交官を退かれましたが、今の後輩たちに思うところはありますか。
朴 気の毒ですね。韓国も日本も、外交に関する権限が低くなっている時代。韓国の外交官にはもっと大きい視点で地域全体を見て、日本との協力関係を築いてほしい。
佐々江 私は日本外務省の士気が下がっているとは思いません。外交は外務省が独占してやるのではなく、いろんな力の結集で成り立つべきです。外交官は自ら蓄積した知見を政府内にも外にも堂々と伝えていく。それがプロの意識だと思います。

――共同宣言が今も注目されるのは、その意義もさることながら政治の関係がうまくいっていない証拠でもあります。
佐々江 日韓関係において、政治指導者の役割は極めて大きい。特に韓国では指導者の言動が国民感情に影響を与えます。要はお互い何を譲れないか、何が違うのか、双方が理解することが大切なんです。違いから出発しないといけない。
朴 真の和解にはまだ遠い。似た者同士だけど、ずいぶん違いもあるんですよ、韓日は・・・

田中秀明・明大教授。官僚、1ポスト3年原則に

2018年10月13日   岡本全勝

日経新聞10月4日の「政と官」、田中秀明・明大教授の「1ポスト3年原則に」から。
・・・霞が関からの人材流出は、長時間労働など仕事がブラックであることと、やりがいが失われた点が大きい。忙しくても専門性が身につけばいいが、実際は夜中に国会議員の質問通告を待つとか、その答弁を書くといった生産性の低い業務を重ねている。霞が関で通用する暗黙知は身につくが、市場価値は高まらない・・・

・・・年次主義と順送り人事がセットになっているから組織が活性化しない。事務次官が1年で代わることが多いが、大きな弊害だ。リスクを取って課題に挑戦することは難しく、上司の意向を忖度(そんたく)し、うまく立ち回る方が合理的になる。「1ポスト3年」を原則とし、成果で人事評価すれば霞が関は変わる。

公務員の任用には政治任用と資格任用がある。米国は局長以上は政治任用で大統領が任免する。大統領へ従順に仕える『応答性』が求められ、政治家の分身として政治的な調整もする。ただ課長までは能力や業績で任命する資格任用で専門性が重視される。英国などは次官に至るまで資格任用で、代わりに政治任用の大臣顧問がいる。

米英とも政治任用と資格任用を明確に区別している。日本は曖昧で、安倍政権では資格任用の一般の公務員が、首相や官房長官らの裁量で選ぶ(事実上の)政治任用になっている。幹部公務員は「応答性」を強く求められ、忖度に走る・・・

・・・日本の公務員が政治化していることに問題の根源がある。一般公務員が政治的な調整や根回しを担って各省庁の利益の拡大を図る一方で、専門性に基づく分析や検討はおろそかになっている・・・

教員と校長の違い

2018年9月10日   岡本全勝

幹部と職員の違い」の続きです。
この点で、8月29日の読売新聞解説面、アンドレアス・シュライヒャーOECD教育スキル局長のインタビューが参考になります。日本の教育改革=「教師主導の学び」から「主体的・対話的で深い学び」への転換についてです。

・・・各学校で良い方法を取り入れる際、教師たちは協力し、教師一人一人が強い自覚を持ち、学校の実情に合わせて試行錯誤する。それにはリーダーシップが必要だ。時代の変化に対応しながら学校が進化し続けるためにも強力な統率力が不可欠だ。だが、OECD調査によると、日本の校長は各国に比べて、自らを学校教育を引っ張る存在だと意識していないようなのだ。
教師生活の最後を飾るため校長になるのは、必ずしも良いモデルではない。シンガポールでは教師になると、将来は教科の専門教師になるか、校長として学校を運営するか、人材に養成かなどの方向を決める。だから、40代の校長もたくさんいる。日本ももっと若い校長がいていい・・・

記事には、OECD調査「中学校長は教育でリーダーシップを取っているか」の各国比較が出ています。日本はダントツ最下位です。
ここには、二つの要素があると考えられます。一つは、今回指摘している、日本の職場に共通する、管理職と一般職員との区分の不明瞭さです。
もう一つは、文部省→県教委→学校現場という「上意下達方式」の教育内容・方法です。

連載「明るい公務員講座中級編」では、良い係長が良い課長になるとは限らないことをお教えしました。青虫が蝶々になるためには、脱皮しなければならないのです。
スポーツの世界でも、良い選手が必ずしも良いコーチや監督にならないことが知られています。しっかりした競技団体では、指導者研修を受けないとコーチや監督になれないようになっています。
この項続く

幹部と職員の違い

2018年9月9日   岡本全勝

次官・局長の報酬と社長・専務の報酬」の続きです。

公務員の給料は、民間準拠が原則です。全体としてはそうなっているのでしょうが、指定職層(次官・局長・審議官。民間の社長・副社長・取締役に相当すると言われています)での比較は、どうなっているのでしょうか。
公務員の給料体系は、「平等主義」が行き過ぎているように思えます。諸外国や企業のように、「普通の職員=普通の仕事=普通の給料」に対し「責任あるポスト=仕事も過酷=高給」と差別化すべきです。また、労働時間も、後者にあっては定時出社・定時退社は当てはまらない場合があります。
記事でも指摘されているように、高級幹部は責任と評価を厳しくし、報酬も上げるべきでしょう。すると、1年で異動するようなことも、やめなければなりません。

(職員の延長に管理職があるのではない)
この問題を考えると、職員と管理職、特に高級幹部との仕事と責任の違いに行き着きます。
職員の延長に管理職がある、のではありません。軍隊に、士官と兵卒という区分があります。仕事の内容も育て方も違います。企業や役所でも、管理職と職員とは求められる職責が違うのです。もっとわかりやすいのは、学校の校長と教員です。校長と教員とでは、求められるものが違います。

簡単に言うと、「するべきことを考え・指示を出し・責任を取る人」と、「指示を受け実行する人」との違いです。職員の延長に局長があるのではなく、社員の延長に社長があるのではありません。そして、育て方も変えなければなりません。
もちろん、幹部になる人たちも、「一般職員」を経験することで、現場と仕事を覚えるとともに、幹部になる勉強をします。しかし、幹部になる人と職員で終わる人とは、身につけなければならない能力が違うのです。

日本では、職場でこのような差をなくすことが進みました。カイゼン運動も、職員・社員に意欲を持ってもらい、職場の効率を上げるためには良いのですが、職責の違いを希薄化させる副作用があったようです。
官庁では、かつて上級職と中級職・初級職の違いがありました。しかし、この区分がなくなるとともに総合職が多くなり、高級幹部養成課程があいまいになりました。
この項続く