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地方行財政-地方行政

神野試案

神野直彦東大教授が、2003年3月27日に、地方制度調査会に提出された地方税財政改革の試案です。
分権型社会における地方税財政(メモ)
― 三位一体改革の検討試案 ―
平成15年3月27日
東京大学大学院経済学研究科教授
神 野  直 彦
1 三位一体改革の基本的な考え方
1-1. 地方税財政改革の基本方針
(1)「ゆとりと豊かさの実感できる」社会を実現するために、地方分権を推進しようとすれば、行政面ばかりでなく財政面でも、地方自治体が住民の意志に基づいて自己決定できる財政制度を確立しなければならない。
(2)国民の将来不安を解消し、新たな経済活動にチャレンジできるようにするために、対人社会サービスを中心に、地方自治体の提供する公共サービスへのニーズが高まっているが、そうしたニーズに対応して有効に効率的に機能する地方自治体の財政を確立する必要がある。
(3)地域社会のニーズに有効に対応する公共サービスを供給するには、遠い政府が決定するのではなく、身近な政府(地方自治体)が住民の意志決定に基づく公共サービスが供給できるような地方自治体の財政が必要である。
(4)そのためには、地方自治体に割り当てられた行政任務が確実に遂行できるように、地方税の課税権が設定されていなければならない。
(5)地方自治体に配分される税源あるいは課税権が拡大することによって、地方自治体が自立すればするほど、地方自治体間の相互理解・協力のもとに、一定レベルの行政水準を保障しあう財政調整が有効に機能するようにしていかなければならない。
(6)住民に身近な公共サービスを提供するという地方自治体の本来の任務を、効率的に遂行できるようにするためには、本来、国の任務である減税や公共投資等の景気対策の影響を、地方自治体の財政が受けることのないようにすることが必要である。
1-2.三位一体改革の具体的な進め方
1-2-1. 基本的シナリオ
(1)地方自治体が住民意志に基づいて、地方自治体の財政を自己決定できるように、地方の歳出規模と地方税収との乖離を縮小し、住民の受益と負担の対応関係を明確化するため、地方税源を充実強化する改革が、三位一体改革の軸となるべきである。
(2)地方自治体が住民ニーズに対応した公共サービスを供給できるように、実質的な政策決定の自由を与えるため、歳出面で国庫補助負担金の廃止・縮減、事務事業への義務付け・枠付けの見直しを行うとともに、歳入面では国庫補助負担金の廃止・縮減により地方歳入に占める一般財源の割合を高めるべきである。
(3)一般財源の割合を高めるに際し、受益と負担の明確化を図り、地方自治体の自己決定権を強化するため、地方税収入の割合を高め、地方交付税への依存度を低下させるべきである。
(4)このような改革は、税源移譲による税源配分の抜本的な見直しを軸としながら、国庫補助負担金の廃止・縮減、地方交付税制度の改革を相互に有機的に関連付けて、三位一体で行われる必要がある。
1-2-2. 機軸としての税源配分の抜本的な見直しの基本方針
(1)国民さらには地域住民の自己決定権を強化するため、国民の少なくとも半分以上が、地方交付税に依存しない基礎的自治体で生活できるように、税源移譲を実施すべきである(市区町村ベースで、不交付団体に我が国人口の50%程度が居住することを目標-現状の不交付団体居住人口は20%弱)。
(2)税源移譲を実施する際には、受益と負担の明確化を図るという趣旨から、市町村への税源移譲に重点を置くべきであり、少なくとも、政令指定都市や中核市、特例市といった拠点的な都市の相当部分が不交付団体となることを目指すべきである。
2.地方税源充実のための税源配分の抜本的な見直し
 2-1.税源配分の基本的な考え方
(1)地方税は応益原則に基づく租税を中心に構成し、応能的な累進的負担を求める租税は、国税にすることを原則とすべきである。
(2)地方自治体が地域社会に公共サービスを提供する財源となる地方税は、その地方自治体で選挙権をもつものが負担する租税と、地方自治体が提供するサービスの受益者が負担する租税とで構成されるべきである。
(3)地方税源の充実は、基幹的税目の再配分を基本として検討すべきである。独自課税の創設や課税自主権の拡大による地方税源の充実は、補助的役割にとどめるべきである。
(4)税源の偏在性が少なく、税収の安定性を備えた地方税体系を構築する観点から、地域間の格差が小さく、景気の変動による税収への影響が小さい租税は、地方税にすべきである。
(5)地方税の課税ベースに相応しい税源であるが、偏在が大きく地方税にできない租税を、次善の策として、地方交付税財源にする場合には、地方自治体共同の地方税源であることを法律上、明確にすべきである。
(6)地方自治体に割り当てられる行政任務が高まっていくことに対応して、所得、消費、資産のバランスのとれた地方税源により、地方税収入を確保する必要があるため、基幹税目で国税と課税ベースを共有せざるをえない。そうだとすれば、国税と地方税の税源配分を適正化しつつ、課税ベースを共有する国税と地方税との円滑な課税調整(taxcoordination)を実施しようとすると、地方税の標準税率制度は、基本的に維持せざるをえない。
   もちろん、地方分権を推進する観点から、一定の標準的な行政サービスが標準的な税負担で受けられる地方行財政制度を、どの程度維持していくのかについて考慮しつつ、標準税率制度の在り方を論議することや、税目ごとに標準税率制度の意義、果たすべき役割に関して検討することも必要である。
   
2-2.税源移譲の具体的シナリオ
2-2-1.個人所得課税の税源移譲
(1)地方自治体の提供する公共サービスが、福祉・教育などの相互扶助的対人社会サービスの供給に、重点をシフトしていくことを考えれば、累進税率をとっている個人住民税を比例税率として、所得税から個人住民税への税源移譲を行うべきである。
   7対3の割合とされてきた国と地方の個人所得課税の配分割合は、国と地方自治体に配分されている行政任務を考えると、地方所得課税のウェートを高めて4対6程度とすることが適切であり、少なくとも5対5とすべきである。
※ もちろん、個人住民税への比例税率の導入に際しては、所得税非課税世帯等低所得者層の税負担が増加することのないよう、適切な負担軽減措置を講ずる。
(2)相互扶助的対人社会サービスの受益を、地域住民が相互扶助的に公平に負担を分かちあう観点から、各種控除を廃止し、個人住民税の課税ベースの拡大を図るべきである。
   
(3)個人所得課税の累進部分は、現金給付を中心とした所得再配分を任務とする国に配分して国税とするが、生活保護等の所得再配分に地方自治体も一定の負担をしており、累進所得課税の一定割合を地方共同税として、地方交付税対象税目とする制度を維持すべきである。
(4)税源移譲により、地方交付税に依存しない基礎的自治体で、より多くの国民が生活できるように、所得税から個人住民税への税源移譲は、国民に身近な基礎的自治体である市区町村へ傾斜配分すべきである。
   もちろん、個人所得課税増税の際には、住民税への傾斜配分が検討されるべきである。
2-2-2 地方消費税
○ 消費型付加価値税も、相互扶助的な対人社会サービスの財源に適した税源であることから、国と地方の行政任務に対応して配分し直すことが必要である。そうした観点からすれば、消費税と地方消費税の比率は、4対6程度が適切であり、少なくとも、5対5とすべきである。
2-2-3 個別間接税
○ 地域経済の動向に関連が深い個別間接税や、地方自治体間で偏在の少ない個別間接税は、税財源移譲の対象とすべきである。
2-2-4 相続税
○ 相続税の課税対象である相続財産は、被相続者が地方自治体の行政サービスを享受した結果と考えられるので、相続税の遺産税化を図りつつ、地方税として税源移譲をするか、その一部の地方譲与税化を図るべきである。税源移譲や譲与税化が実現できない場合でも、少なくとも、相続税を地方交付税の対象税目とすることを検討すべきである。
2-3 税源移譲以外の地方税の見直し
(1)世界的にみても固定資産税は、地方自治体の財源として、最も普遍的な税源であり、その継続的、安定的確保を図るべきである。
(2)法人事業税については、法人企業も地方自治体の公共サービスからの受益に応じた負担をする観点から、応益課税という性格を明確化して、負担の公平を実現するとともに、税収の安定化を図り、税収の偏在を是正するため、外形標準課税が導入されるべきである。
(3)環境行政の多くが地方自治体の手によって実施されることから、環境課税の導入の検討に当たっては、まず地方環境課税の導入を検討すべきである。
3 地方財政調整制度の改革
 3-1.税財源配分と関連付けた地方交付税制度の改革
(1) 地方交付税対象税目の対象部分が、地方自治体間の相互理解・協力に基づく地方共同税であることを法律上明確にすることにより、実質的な水平的財政調整制度であることを明確化すべきである。
○ このため、地方交付税特別会計に地方交付税の財源を、国税収納整理資金から直入する制度を導入すべきである。
○ 自立した地方自治体間の相互理解・協力に基づいて財政調整が実施されているという趣旨からすれば、地方交付税の配分に関して、地方自治体の意志を反映させる仕組みを強化すべきである。
※ なお、地方自治体間で直接財源を移転する水平調整は、日本の地方自治体の団体数を考えても不可能である(団体数で十数の単位までが限界)。
(2)税源配分の抜本的な見直しに合わせて、課税ベースとしては地方税源に相応しいが、税源の偏在が大きい租税を地方交付税の対象税目とするという考え方から、地方交付税の対象税目や地方交付税総額の決定方法を検討すべきである。
○ 本来、地方税で地方行政の任務に対応した財源を確保することが望ましいが、地方自治体に多くの任務が割り当てられることを考えれば、偏在性のある税も地方交付税対象税目として地方共同税とせざるをえない。従って、地方税と地方交付税の合計額と国税の比率を、国と地方自治体の行政任務に対応させるべきである。
○ 地方交付税が地方共同税と位置付けられることを踏まえ、地方交付税財源は、現在の特定税目の一定割合を法定する方法や特定税目の全部を対象とする等、地方共同税として明示的なルールによって決定される仕組みを基本とすることが必要である。
○ 地方税、地方交付税等の一般財源が、標準的な地方自治体に付与された行政任務を合理的に執行できる水準で確保されていることを、国民が客観的に確認できる仕組みが必要である。
  また、大幅な財源不足が続いていることから、単年度ごとに財源を確保する措置が講じられているが、地方自治体の自主性・自立性を強化する観点から、中期的、制度的、安定的に財源を保障する本来の方式に移行することを検討すべきである。
○ 税源移譲の具体的シナリオで述べたとおり、地方交付税の対象税目について、国税・地方税の税源配分の抜本的な見直しに合わせて検討すべきである。
3-2.財源保障機能などの問題について
(1)地方自治体の事務事業を国が義務付けるのであれば、その財源は国が保障しなければならない。
(2)義務付けに関わらず、国は地方自治体を国民国家として統合していくため、地方自治体が標準的な行政水準を確保するための財源保障を行う中央責任(Central responsibility)を有する。
(参考)ヨーロッパ地方自治憲章
第9条第1項 地方自治体は、国家の経済政策の範囲内において、かつ自らその権限の範囲内において、自由に使用することのできる適切かつ固有の財源を付与されなければならない。
第2項 地方自治体の財源は、憲法及び法律によって付与された責務に相応するものでなければならない。
第5項 財政力の弱い地方自治体を保護するため、財政収入及び財政需要の不均衡による影響を是正することを目的とした財政調整制度又はこれに準ずる仕組みを設けるものとする。ただし、これは、地方自治体が自己の権限の範囲において行使する自主性を損なうようなものであってはならない。
(3)地方自治体の自主的・主体的な財政運営を促す方向で、地方交付税の算定方法を見直すべきである。
○ 事業費補正については、既に実施されている見直しの影響を見定めながら、検討していくべきである。
○ 段階的な見直しが実施されている段階補正については、その見直しを継続すべきである。
○ 地方税の課税を強化している地方自治体は、課税の強化を必要とする程に財政需要が高いと、住民が判断していると考えられるので、多くの地方交付税の配分を受けられる仕組みを検討していくべきである。
(4)税源移譲に伴う地方税と地方交付税の割合に応じて、留保財源率の在り方について検討を行うべきである。
○ 現在の地方税と地方交付税の割合を考えると、地方自治体の自主性・自立性を強化する観点から、留保財源率の引上げは有効である。
○ しかし、税源移譲によって、地方税の割合が相当程度高まることを考慮に入れれば、これ以上の留保財源率の引上げを行うべきではなく、留保財源率の引下げ、税目に応じた留保財源率の設定等も検討されるべきである。
※ 課税強化の有無に関わらず、経済情勢によって地方税が伸張し、留保財源が増加することが多いことに、留意すべきである。
 
(5)税源移譲に伴って財政力格差が拡大するとしても、国庫補助負担金や地方譲与税などの配分の調整によって、対応することが可能であると考える。
4 国庫補助負担金制度の見直し
4-1.基本方針
(1)国庫補助負担金による国の地方自治体に対する関与を廃止・縮減し、歳入・歳出の両面で地方自治体の自由度を高める観点から、行政任務に対応して、税源移譲による税源配分を機軸とする三位一体改革を実施することを前提に、国庫補助負担金を抜本的に削減すべきである。
(2)シャウプ勧告に戻って、国庫負担金を削減の検討対象とすべきである。税源移譲による税源配分を機軸とする三位一体改革に当たっては、行政責任を明確化する観点からも、シャウプ勧告の考え方に再度、光をあてるべきである。
○ シャウプ勧告は、全額負担金(経費は全額国負担であって、施策は地方自治体が実施するもの)の廃止及び国による直接実施、一部負担金の廃止及び平衡交付金への編入を提示しており、この考え方に沿って、国庫負担金の削減にも踏み込むべきである。
(参考1)シャウプ勧告(抄)
  第一に、経費は全額政府負担であって、施策は地方自治体によるところの、全額補助金はこれを廃止すべきである。このような場合はほとんどすべて、中央政府自身の官吏が自ら直接に施策を行うべきである。(中略)
  第二に、一部補助金の総額はこれを削減さるべきである。(中略)補助金のうちのあるもの、政府負担金と呼ばれるものは、ある種の施策は、一部は国家的利益をもち、一部は地方的利益をもつものであるという理由に基くものである。すなわち、教育、自治体警察、その他周知の統治作用に対する財政的援助に補助金が交付されるのである。われわれはかかる行政活動に対する国家の援助は、後に述べる平衡交付金によって与えられるべきものと信ずる。(以下略)
(参考2)ヨーローパ地方自治憲章
第9条第7項
  地方自治体に対する補助金又は交付金は、可能な限り、特定目的に限定されないものでなければならない。補助金又は交付金の交付は、地方自治体がその権限の範囲内において政策的な裁量権を行使する基本的自由を奪うようなものであってはならない。
4-2.個別具体のアプローチ
(1)義務教育費国庫負担金や保育所の保育費負担金などの相互扶助的対人社会サービス(生活保護関係等の現金給付に係るものは含まれない)に関する国庫補助負担金は、地方自治体が地域住民のニーズに沿った公共サービスを提供できるように、地方自治体の裁量権を拡大し、政策決定の自由度を増加させる観点から、一般財源化すべきである。
   改革実施に当たっては、経過措置が必要なものは、段階的に一般財源化を図るとしても、実施時期を明示した道筋を示すべきであり、三位一体改革として、税源移譲による税源配分の抜本的な見直しと、整合をとりながら実施すべきである。
(2)公共事業関係については、地方自治体の自主性・自立性を強化するとともに、国と地方自治体間の行政責任明確化の原則に立って、国庫補助負担金、直轄事業負担金を原則廃止し、純粋の直轄事業と単独事業に明確に切り分けていくべきである。
(3)地方分権推進計画(閣議決定)、国と地方の基本方針(昨年末閣議報告)に沿って、奨励的補助金(地方分権推進計画で定められた例外とすべきものは除かれる)を中心に、国庫補助負担金の廃止・縮減の基準と各省庁ごとの数値目標を定め、一定期間内に抜本的な見直し(原則廃止、縮減)を図ることとし、このための具体的な計画を策定すべきである。
(4)特に、地方分権推進計画に定められているように、① 職員設置費に係るもの、② 法施行事務費に係るもの、③ 施設の運営費・設備整備費に係るものなど、地方自治体の事務として同化・定着したものに係る補助負担金その他零細なもの、低率補助に係るもの等については、速やかに一般財源化すべきである。

神野試案概要

「三位一体改革の検討試案」の概要
1 基本的シナリオ
○ 地方自治体が財政を自己決定できるように、地方税源を充実強化する改革が三位一体改革の軸となるべき。
○ 地域住民の自己決定を強化するという観点から、市町村ベースで人口の50%程度が不交付団体に居住することを目標に税源移譲を実施(現状20%弱)。
2 地方税源充実のための税源配分の抜本的な見直し
○ 地方税は応益原則に基づく租税を中心に構成。
○ 税源の偏在性が少なく、税収の安定性を備えた地方税体系を構築。地方税の課税ベースに相応しいが偏在が大きい租税は、次善の策として地方交付税の対象税目に。
○ 基幹的税目の再配分を基本に地方税源を充実。課税自主権は補助的役割。
○ 個人住民税を比例税率とし、所得税から個人住民税への税源移譲。
国と地方の個人所得課税の配分割合は少なくとも5対5に。
○ 消費税も行政任務に対応し、消費税:地方消費税は少なくとも5対5に。
○ 個別間接税、相続税の税源移譲、地方環境課税の導入を検討。
3 地方交付税制度の改革
○ 地方交付税が地方共同税であることを法律上明確化し、交付税原資を特別会計に直入するとともに、地方交付税の配分に関して地方自治体の意志を反映させる仕組みを強化。
 (実質的な水平的財政調整制度であることを明確化)
○ 課税ベースとしては地方税源に相応しいが、税源の偏在が大きい租税を交付税対象税目に。
○ 交付税財源は国の特定税目との関係で、地方共同税として明示的なルールによって決定される仕組みが基本。あわせて地方税、地方交付税等が地方の行政任務に見合った水準にあることを客観的に確認できる仕組みが必要。
○ 国は地方自治体が標準的な行政水準を確保するための財源保障を行う中央責任を負う。
○ 自主的・主体的な財政運営を促す方向で、交付税の算定方法を見直し。
  (事業費補正、段階補正、課税努力インセンティブの強化)
4 国庫補助負担金制度の見直し
○ 国の関与を廃止・縮減し、歳入・歳出両面で地方自治体の自由度を高める観点。
○ シャウプ勧告の考え方に戻り、国庫負担金を削減の検討対象とする。
○ 義務教育、保育所保育費等の対人社会サービスに係るものは時期を明示して一般財源化。
○ 公共事業関係については、国庫補助負担金及び直轄負担金を原則廃止し、純粋の直轄事業と単独事業に明確に切り分け。
○ 国庫補助負担金の廃止・縮減の基準と各省庁ごとの数値目標を定め、抜本的見直しを図るための具体的計画を策定。

西尾私案

西尾勝東大名誉教授が、平成14年11月1日に、地方制度調査会に提出された、今後の基礎的自治体のあり方に関する私案です。
今後の基礎的自治体のあり方について(私案)
西 尾  勝
1 これまでの地方分権と市町村合併
・地方分権推進委員会における地方分権改革の議論は、当初、分権の受け皿となる都道府県と市町村の二層制の枠組みには手を着けないことを前提としていた。国からの権限移譲等を進めるに当たっては、当面、都道府県により重点を置いて進めることとし、そのうえで市町村への移譲を進めるという考え方であった。
・しかしながら、具体的な地方分権を進めていく中で、各方面から、基礎的自治体への権限移譲等を推進するとともに、これを実現するためには、規模・能力を備えた基礎的自治体の体制整備が必要であるということが言われるようになった。これを踏まえて、地方分権推進委員会の第2次勧告や第25次地方制度調査会の答申が行われ、合併特例法が強化されることとなったものである。平成11年8月以降は、この枠組みのもとで自主的な市町村合併が強力に推進されている。
・平成17年3月の合併特例法の期限までにできるかぎり、自主的な合併が多数行われることが必要である。これに向けて、現在、関係者の真摯な努力が行われており、これに大きな期待を寄せている。市町村の自主的な合併の進捗状況を踏まえ、平成17年4月以降の基礎的自治体のあり方について検討していく必要がある。
2 地方分権時代の基礎的自治体に求められるもの
(1)充実した自治体経営基盤
・機関委任事務の廃止及び関与のルールの設定等により国と地方の役割分担を明確にすることを眼目とした先の地方分権一括法の施行により、わが国における地方分権改革は確かな一歩を踏み出した。
・これを踏まえて今後は、地方分権改革を新しい段階に進め、国と地方の税財源の見直しを行うとともに、「自己決定・自己責任」という地方分権の理念を現実のものとして実行できる基礎的自治体が求められている。これからの基礎的自治体は、今まで以上に「基礎的自治体優先の原則」や国と地方の関係における「補完性の原理」を実現できるものでなければならない。今後のわが国における行政サービスの提供のあり方はこれを前提として考えていく必要がある。
・今後の基礎的自治体は、住民に最も身近な団体として、都道府県に極力依存することのないものとする必要がある。基礎的自治体は、地域の総合的な行政主体として、福祉や教育、まちづくりなど住民に身近な事務を自立的に担っていくことができるようにする必要がある。
・ますます高度化する様々な行政事務を的確に処理していくためには、専門的な職種を含むある程度の規模の職員集団を有するとともに、分担する事務の処理に十分な権限とこれを支えるに足る財政基盤を有するものとする必要がある。
・このような基礎的自治体の存在を前提として、都道府県は、広域の自治体として広域にわたる事務に重点を置いて責任を果たしていくこととし、基礎的自治体に関しては連絡調整事務を主に行い、いわゆる補完行政的な事務については必要最小限のものとしていくことが理想である。
 基礎的自治体が極力都道府県に依存せず、住民に対するサービスを自己財源により充実させていくためには、基礎的自治体の規模はさらに大きくなることが望ましい。このような規模能力の大きな基礎的自治体には、これに応じた事務や権限を可能な限り移譲していくべきである。少なくとも、福祉や教育、まちづくりに関する事務をはじめ市が現在処理している程度の事務については、原則としてすべての基礎的自治体で処理できるような体制を構築する必要がある。
・今後想定される改革もこのような基礎的自治体が安定的に財政を運営できるようにすることを基本として制度の構築が図られるべきである。第2次地方分権改革において新しい基礎的自治体をこのような事務権限と財政基盤の双方を有するものとすることにより、これを今後の地方分権の主たる担い手として位置付けていくことが可能となる。
 今後、わが国において地方分権の実を挙げ、第2次地方分権改革の道筋を確かなものとしていくためには、原則として国土の大半がこのような地方分権の担い手となる基礎的自治体の区域に区分されることが望ましいものと考える。
・地方自治法によれば、「地方公共団体は、その事務を処理するに当たっては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければなら」ず(第2条第14項)、「常にその組織及び運営の合理化に努めるとともに、他の地方公共団体に協力を求めてその規模の適正化を図らなければならない」(同条第15項)。このように、地方自治体においては、常にコスト意識を持って様々な行政事務に取り組んでいかなければならない。
 国・地方を通じる財政の著しい悪化など地方行政を取り巻く情勢が大きく変化している中にあって、基礎的自治体においても、さらに一層効率的な行財政運営が求められている。
・これまでの市町村の歴史を振り返ると、明治以来、わが国の市町村は、国の法令に基づく事務を処理するために、「自然村」を統合した「行政村」として設置されてきた。今後の地方分権時代の基礎的自治体においては、権限移譲等に伴い「行政村」として期待される役割が一層増大することが想定される。
 わが国の市町村は、明治初期に、戸籍事務を処理するために設置された団体をその原型としている。以後、小学校事務の処理を目的に300戸から500戸を標準として「明治の大合併」が行われ、中学校事務の処理を目的に人口8000人を標準として「昭和の大合併」が行われたものと概括することができる。
 現在行われている市町村合併は、国全体の人口が減少していく時期が目前に迫っているという背景の中で(厚生労働省の人口推計によれば、平成18年をピークとして、人口が減少する見込み)、分権の担い手にふさわしい行財政基盤を有するとともに地域の総合的な行政主体としての性格を有する基礎的自治体を形成するために、経営単位の再編成を行おうとしているものと位置付けることができる。また、同時にこれは、昭和の大合併以降、拡大してきた住民の生活圏や経済圏を基礎として、時代の要請にふさわしい区域を有する基礎的自治体に再編成しようとする動きでもある。
・これにより、充実した自治体経営基盤をもち、住民、コミュニティ組織やNP0等と協働し、新しい公共空間を形成する基礎的自治体を創ることが可能となる。基礎的自治体が電子自治体や男女共同参画社会の形成などこれからの基礎的自治体に求められる新しい役割を真に果たすことができるものとなることを期待する。
(2)基礎的自治体における自治組織(住民自治の強化の観点から)
・基礎的自治体には、このような自治体経営の観点と並んで住民自治の観点が重要であることは言うまでもない。この点については、一般的に基礎的自治体が規模拡大することを踏まえて、基礎的自治体内部における住民自治を確保する方策として内部団体(法人格を持つものとするかどうかについては要検討)としての性格を持つ自治組織を基礎的自治体の判断で必要に応じて設置することができるような途を開くことを検討する必要がある。
・特に、市町村合併によって形成された新しい基礎的自治体においては、旧市町村単位に創設される自治組織について検討を進める必要がある。
 これについては、現行の合併特例法における地域の意見を反映させる仕組みである地域審議会の制度に加え、新たな制度を検討する必要がある。
・このような自治組織の制度を創設することにより、基礎的自治体を自治体経営の単位と構成しつつ、当該地域の住民が自らの発意と負担で地域を主体的に運営していくことができるのではないか。このような自治組織についても、住民や様々なコミュニティ組織、NP0等と協働できるものとしていく必要がある。
(3)分権の担い手にふさわしい規模の基礎的自治体に再編されなかった地域
・上記(1)のような基礎的自治体を形成していくためには、先に述べたように市町村合併を関係者の真摯な努力によって推進していくべきである。
 しかしながら、平成17年3月の合併特例法の期限までに、目指すべき規模の基礎的自治体に再編成されなかった地域が残る可能性もあり、これをどのように取り扱うかということが問題となる。
・このような地域については、後述するように、まず、平成17年4月以降、一定の期間、現行の合併特例法と異なる手法によってさらに強力に市町村合併を推進し、目指すべき基礎的自治体への再編成を図るべきである。
 その後、それでも再編成されなかった地域については、例外的な取扱いを考える必要がある。
・具体的には、現在、市町村に対して法令で義務付けられている事務の全部又は一部を目指すべき規模の基礎的自治体に再編成されなかった団体、すなわち小規模な団体、には義務付けないこととし、別の行政主体に当該事務を義務付けることを検討するという選択肢が考えられる。
 これにより、法令による事務の義務付けのほとんどすべてから解放された団体については、当該区域の住民の選択と負担により自治を運営する途を開くという選択肢もあるのではないか。
・現在、中山間地域は、森林の水源涵養機能や食糧自給の機能等の重要な役割を果たしている。しかしながら、上記のような小規模な団体に、このような地域を支え維持する役割を単独で担うことを求め続けることは、団体の現況や今後の少子高齢化の動向を踏まえれば、現実的な選択とは言い難いのではないか。むしろ、都道府県や再編された上記(1)のような基礎的自治体にこの役割を果たすよう事務配分することの方が現実的ではないか。
3 今後の目指すべき基礎的自治体の具体的イメージ
・以上のような議論を踏まえると、今後の基礎的自治体のあるべき姿として、自治体経営の観点から、一定の規模・能力が必要である。これを、例えば、現在の市が処理している事務を処理できる程度のものとしてはどうか。
・人口については、市並みの事務を処理し権限を行使することを目指し、例えば人口○○未満の団体を解消することを目標とすべきではないか。後述するように、これを実現する方策として、いくつかの選択肢がありうるのではないか(下記4参照)。
 なお、人口要件の他に考慮すべき要素があるかどうかについては、検討する必要があるのではないか。
・仮にこのような方向で、基礎的自治体の再編成が進むとすれば、現行の市町村の要件についても見直しを検討する必要があるのではないか。
4 合併特例法期限後の基礎的自治体の再編成のあり方
・上記3を前提とするならば、現行の合併特例法期限後の基礎的自治体の再編成については、次のような進め方を検討すべきではないか。
(1)さらなる合併の強力な推進
・平成17年4月以降も分権の担い手にふさわしい規模能力を有する基礎的自治体が国土の大半をできる限りカバーすることができるような体制を目指すこととする。
 このため、現行の合併特例法の失効後は、同法と異なる発想の下に、一定期間さらに強力に合併を推進することとする。具体的には、合併によって解消すべき市町村の人口規模(例えば人口○○)を法律上明示し、都道府県や国が当該人口規模未満の市町村の解消を目指して財政支援策によらず合併を推進する方策をとるものとする。
(2)一定期間経過後のあり方
・上記(1)の期間が経過した後、それでも合併に至らなかった一定の人口規模未満の団体について、下記アにより対応する案、下記イにより対応する案、又は下記ア、イ両方により対応する案などを検討する必要があるのではないか。
 なお、合併特例法期限内に合併した市町村で、合併後人口が上記の一定規模に満たない市町村に対しては、一定期間、このような対応を猶予する措置が必要である。
ア 事務配分特例方式
・一定の人口規模未満の団体について、これまでの町村制度とは異なる特例的な制度を創設することとする。
・例えば人口△△未満の団体は、申請により下記のような団体に移行することができるものとする。
 さらに、例えば人口△△未満のうち人口○○未満の団体は、これに移行するか、他の団体と合併するかを一定期日までに選択しなければならないものとする。
・この団体は、法令による義務付けのない自治事務を一般的に処理するほか、窓口サービス等通常の基礎的自治体に法令上義務付けられた事務の一部を処理するものとする。通常の基礎的自治体に義務付けられた事務のうち当該団体に義務付けられなかった事務については、都道府県に当該事務の処理を義務付けるものとする。これにより、都道府県はいわば垂直補完をすることとなる。
・都道府県は当該事務を処理する責任を有するが、その事務を近隣の基礎的自治体に委託するか、広域連合により処理するか、直轄で処理するかを選択するものとする。
・組織や職員等については、事務の軽減に伴い、極力簡素化を図ることとする。例えば、長と議会(又は町村総会)を置くものとするが、議員は原則として無給とすることなどを検討する。また、助役、収入役、教育委員会、農業委員会などは置かないことを検討する。
イ 内部団体移行方式(包括的団体移行方式)
・例えば人口××未満の団体は、他の基礎的自治体への編入によりいわば水平補完されることとする。名称は、旧町村のままとすることも可能とし、一定期日までにこの編入先の基礎的自治体の内部団体に移行するものとする。編入先の選択については、当該市町村の意見を聴いて、都道府県知事が当該都道府県議会の議決を経て決定する。
 この結果、編入先の基礎的自治体は、複数の旧市町村を包括した連合的な団体となる。
・当該内部団体の事務については、原則として法令による義務付けをなくし、その属する基礎的自治体の条例により定めることとする。
・当該内部団体の組織については、大幅に簡素化し、その属する基礎的自治体の条例により定めることとする。
・当該内部団体の財源については、その属する基礎的自治体からの移転財源を除き、当該内部団体に属する住民の負担によって運営することとする。
 
(3)旧市町村単位の自治組織
・上記(1)において、合併市町村の内部組織として旧市町村単位の自治組織を設置する場合には、当該自治組織のあり方によっては、旧市町村が連合して新しい都市を形成するいわば連合都市の形態をとることとなる。
・上記(2)アのうち、一定の人口規模未満の団体が合併を選択した場合において、旧市町村単位の自治組織を設置するときにも、上記(1)と同様、当該自治組織のあり方によっては、いわば連合都市の形態をとることとなる。
・上記(2)イの一定の人口規模未満の団体が他の基礎的自治体に編入される場合には、当該団体の意思に関わらず当然に他の基礎的自治体に編入されることとなるため、法人格を有する内部団体として位置付けることが適当ではないか。
・上記(1)及び(2)アの合併市町村内の団体が法人格を有するかどうかについては、検討を要する。
・この組織は、その属する基礎的自治体の条例により、処理する事務や組織を定めることを基本とし、その属する基礎的自治体からの移転財源を除き、当該内部団体に属する住民の負担によって運営することとする。