カテゴリーアーカイブ:著作と講演

『明るい公務員講座』第3巻、途中報告

2018年11月11日   岡本全勝

『明るい公務員講座』の第3巻を執筆・編集中です。連載「明るい公務員講座中級編」のうち、課長向け、特に課長初任者向けの分をまとめています。

今回は、何を読者に伝えるか。
伝えたいことはたくさんあるのですが、それを羅列しても、読者の頭には残りませんわね。大きな目的を幹に立て、それに枝を配します。
それに沿って、該当する記事を並べ替え、だいたいの構成はできました。次に、文章を加筆しています。ところが、全体を通して読むと、抜けているところがあります。その穴を埋めるために、新たに執筆する必要があります。
また、読み返す度に、気になるか所が出てきます。すると、章立てが変わったり。レンガ(文章の部品)をあっちに持って行ったり、こっちに移し替えたり。まさに、推敲の悩みです。
「書いてまた消す、湖畔の便り~♪」と歌いながら、加筆しています。高峰三枝子さんのヒット曲「湖畔の宿」を、若い人は知らないでしょうね。戦前の歌ですから。私もよく知らないのですが。

ほぼ半分できましたかね。できたところから、右筆に朱を入れてもらっています。
原稿一式を鞄に入れて持ち歩き、時間がある時に手を入れています。とはいえ、集中する時間と場所がないと、執筆は難しいです。
「課長編は、まだですか」との問い合わせが、いくつもあります。1月には脱稿したいですね。でも、毎日忙しいし、年賀状書きの季節も来ます。

相馬地区議員研修会講演

2018年10月29日   岡本全勝

今日29日は、福島県南相馬市で、相馬地区議員研修会で講演をしてきました。新地町、相馬市、南相馬市、飯舘村は、津波被害と原発事故被害に見舞われました。それからの復興に取り組んできました。
私がこの7年間の復興を通じて考えた「町とは何か」を、一緒に考えてもらいました。インフラ復旧だけでは、町の賑わいは戻らないこと。コミュニティと働く場を取り戻すことがより重要なこと。そしてそれは、行政が予算だけではできないということです。

その後引き続き、南相馬市役所で南相馬市の復興について、市役所、県庁、国の関係機関の打ち合わせ会議に出席しました。避難指示が解除された小高地区を今後どのように復興させるのか、南相馬市の発展をどのように進めるのかなど。復興が進んでいるのですが、新しい課題が出てきます。課題が明確になっているので、それらを関係者や民間の力を借りて解決していきます。

先週から、講義と講演が続いています。10月分はこれで終わりです。11月12月も、いくつか引き受けています。
お呼びがあるのは、うれしいのですが。90分話すとなると、主催者の注文と観客の関心を考えて、話の内容やレジュメをつくらなければなりません。そしてスライドやら配付資料やら。
大震災からの復興は「基本形」ができているので、それを観客に合わせて編集します。行政のあり方や働き方改革は、基本形はあるのですが、どんどん時代が進むので、これは毎回「発展途上型」です。

京都大学公共政策大学院で講義

2018年10月25日   岡本全勝

今日10月25日は、京都大学公共政策大学院で、講義をしてきました。東日本大震災での経験です。あわせて、その際考えた、町のにぎわいを取り戻すこと、公共とはなにかを、お話ししてきました。京都は、さわやかな秋の空でした。

補足です。授業で紹介した拙著は、次です。
復興が日本を変える
明るい公務員講座

武蔵野市役所研修会

2018年10月22日   岡本全勝

今日は、夕方から、武蔵野市役所部課長研修に行ってきました。ご注文は、大震災の経験と、管理職の心得を話せということでした。それぞれのテーマで1回分あるものを、2つ合わせて1回で話しました。やや無理があったですね。
あとで、「もう少し、管理職の心得を聞きたかった」「職場の3大無駄の話を聞きたかった」との意見をもらいました。すみません、ご関心ある方は、「明るい公務員講座 仕事の達人編」をお読みください。
皆さん、熱心に聞いてくださいました。中には、自治大学校の卒業生も。

武蔵野市は、上品な住宅街。財政力も強く、行政でも先導役を務めてきました。西尾勝先生が行われた、市民参加の実践の市でもあります。
吉祥寺駅はわが家から中央線で4駅。近くなのですが、近年は降りたことがなく。夕方の駅前は、大変な人出でした。東北の過疎地を主に見ている私には、うらやましい限りです。

日本財政学会

2018年10月21日   岡本全勝

10月20、21日と、香川大学で開かれた日本財政学会に呼ばれて、行ってきました。私の出番は、「C-6 災害復興財政を考える」の討論者としてです。各先生の発表に質問をするというより、これまで地方財政や大震災復興に携わった経験者として、気づいた点を申し上げてきました。先生方の今後の研究に活かしてもらうためです。

平成の30年間は、大規模災害が頻発した時期でもありました。雲仙普賢岳の噴火が平成3年、阪神・淡路大震災が平成7年、東日本大震災が平成23年。それ以外にも、地震、台風、豪雨など。これらに合わせて、復興財政も充実してきました。財政・地方財政で、この30年間に大きく変わった分野の一つでしょう。
終戦直後に大きな台風災害が続き、一連の財政支援制度ができました。災害救助法、公共施設復旧費補助、激甚災害指定、特別交付税措置などです。その後、平成に入るまで、大きな枠組みの変化はなかったようです。

ところが、これらは公共施設や農地の復旧に公費を入れるにとどまり、被災者支援は避難所と仮設住宅提供まででした。
雲仙普賢岳の噴火の際に、従来の支援だけでは自治体現場の要求に応えられないことから、(地方債を使い)交付税を財源に自治体に基金をつくりました。私は自治省交付税課の課長補佐で、その設計をしました。この仕組みは、その後も使われています。ただし、金利が低くなって基金の果実では事業ができなくなり、取り崩し型の基金になっています。
もう一つが、公共施設に限らず、被災者の生活を支援することに踏み切りました。住宅再建の際の、被災者生活支援金です。さらに、中小企業の再建支援、孤立防止などコミュニティ支援もです。すると、どこまで私有財産に公費で支援するのかが、課題となります。

また、被災者支援は公費だけでなく、様々なものがあります。各自が契約している損害保険、義援金、(原発事故のように)賠償金。
中小企業再建の場合はお金の支援だけではダメで、技術支援をしています。孤立防止は、見回りや傾聴が重要です。市町村支援も、財政支援だけでなく、職員応援が必要でした。そして、ボランティア活動です。これらは、財政措置を見ている限りでは、視野に入ってきません。
すると、自治体への財政支援だけでなく、被災者への支援。お金の支援と、人や情報の支援まで広げて見る必要があります。
激甚災害指定が、しばしばニュースになります。しかし、この指標は、公共施設の被害額が主です。役場庁舎や学校、道路は被害が少なく、他方で個人の住宅がたくさん被害を受けても、大災害にならないことも想定されます。
被災者の支援まで、視野を広げると、このような問題も見えてきます。そのような話をしてきました。

旧知の先生方とも、お会いすることができました。久しぶりの高松市なので、高松城や栗林公園も見てきました。讃岐うどんも味わってきました。