カテゴリーアーカイブ:著作

連載「公共を創る」第30回

2020年1月10日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第30回「社会的共通資本 資本の継承により安定社会が持続」が、発行されました。
前回から、社会の財産を説明しています。私たちが社会で暮らしていく際に必要な、「装置や環境」です。

これらの社会の財産を、社会的共通資本として整理しました。
すると、自然資本(自然環境)、施設資本(いわゆる社会資本、インフラ)、制度資本(各種サービス)、関係資本(ソーシャル・キャピタル)、文化資本(気風や助け合い精神、民主主義を支える精神など)と、分類することができます。
そこには、目に見えるもの、これまで行政が力を入れてきたものの他に、重要なものがあります。

令和元年の回顧2、執筆・講演など

2019年12月29日   岡本全勝

令和元年の回顧、その2は執筆活動についてです。(その1

連載「明るい公務員講座」のうち管理職入門編を、3月に『明るい公務員講座 管理職のオキテ』として出版しました。「明るい公務員講座」シリーズの第3作です。
第1作、第2作と共に、そこそこ売れているようです。「職員に読ませています」と言ってくださる首長さん、100冊単位で買ってくださる自治体もあります。「後輩に勧めています」という職員も。この本を読んで、少しでも悩む課長が、あるいは部下に嫌われる課長が減るとうれしいです。

連載は分野を変えて、「公共を創る」を始めました。「第1章大震災の復興で考えたこと」に続き、「第2章暮らしを支える社会の要素」を書き続けています。4月から始めて、早いもので29回になりました。
とはいえ、毎回の執筆に、難渋しています。書きたいことはたくさんあるのですが、うまく文章にならないのです。
こんがらがったスパゲッティ状態です。わかりますかね、この表現は(笑い)。赤や白や黒の色とりどりの麺が絡み合って、皿の上だけでなく、私の目の前の空中を渦を巻きながら漂っている印象です。そこから、同じ色の麺をより分けて、一皿に盛るのです。
右筆1号と2号の助けを借りて、主張や論旨を整理しています。

新聞には、4月12日の読売新聞夕刊「言葉のアルバム」に、「閻魔様の前で胸を張れるか」を取り上げてもらいました。頂いた原画は、執務室に飾ってあります。

講演にも、たくさん呼んでいただきました。主題は、明るい公務員講座、働き方改革、これからの自治体、復興などです。総務省、財務省、農水省にも呼ばれました。来年の予約も、いくつか来ています。

このホームページの加筆も、続けています。昨年のこの時期に、閲覧者は297万人余りでした。1月に300万人を達成し、今日は3,269,000人余り。もうすぐ327万人です。1年間に、延べ30万人です。つまらないページにお付き合いいただき、ありがとうございます。
その3へ続く。

連載「公共を創る」第29回

2019年12月28日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第29回「社会的共通資本 地域で安心して暮らす条件とは」が、発行されました。
第2章では、「暮らしを支える社会の要素」を議論しています。その1は「公私二元論から官共業三元論へ」でした。今回から、その2「社会的共通資本」に入ります。

私たちが社会で暮らしていく際に、どのような「装置や環境」が必要かを、いろんな面から考察します。
その1では、社会を律する決まり、仕組みの違いから、見てみました。そこでは、従来の公私二元論ではなく、官共業三元論の方が、私たちの社会をより良く理解できました。

その2では、町の暮らしに必要な要素を詳しく見てみます。第1章で、津波に流された町を再建するには、インフラだけでなく、サービスや人間関係も必要だと指摘しました。
そのような視点から、まず「社会の財産」を列挙し、分類してみます。「個人の財産」(といっても、建物や預貯金だけでなく、資格や友人を含めたもの)や「地域の財産」という考えを、社会に広げてみます。
今回載せた図表「社会の財産の分類」は、かつて『新地方自治入門』や大学の授業で「地域の財産の分類」として使っていた物を、拡充したものです。右筆1号、2号から、重要な指摘をもらい、わかりやすくなったと思います。右筆に感謝です。

これで、年内の掲載は終わりです。4月から連載を開始して、29回になりました。よく頑張りました。1月分は原稿を提出して、ゲラになっています。ところが、その続きに難渋しています。冬休みは、原稿と格闘しますわ。

連載「公共を創る」第28回

2019年12月22日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第28回「公私二元論から官共業三元論へ 中間集団の意義」が、発行されました。

前回、民間非営利活動として、NPOを取り上げました。今回は、その他の中間集団のもつ意義について説明しました。
近代の政治思想では、市民は自立し、政府や市場と向き合います。経済学でも、個人は自ら合理的な選択をします。しかし、個人はバラバラな砂のようなものではなく、政府もまた、個人を別々には把握しません。

中間集団の政治的機能を考える際に、中間集団を嫌う政治体制を考えると、わかりやすいです。
一つは、大革命後のフランスです。そこでは、結社は禁止されました。
もう一つは、全体主義国家、ナチスドイツ、戦時中の日本、現在の中国です。そこでは、中間集団は否定されず、促進されることもあります。ただし、国家は、それらの組織を通じて国民を把握し、国家や党の意に添わない集団は禁止されます。

これまで最も身近にあった、助け合いの中間集団は、地域コミュニティです。しかし、都市においても、田舎においても、地域共同体は小さくなりました。他方で、ムラの代替をした会社も、助け合い機能は低下しています。
今後、どのようにして、孤立する個人を共同で支えるか。新しい時代の課題になっています。

連載「公共を創る」執筆状況、第2章2途中

2019年12月8日   岡本全勝

定例のぼやきです。
第2章「1公私二元論から官共業三元論へ」の原稿を編集長に渡したのが、10月下旬。記事にして5回分あったので、しばらく余裕を持って過ごしました。
しかし、1か月は、あっという間です。貯金が、12月19日発行分で底を突きます。とうとう、編集長から「続きの原稿はまだですか」との催促が来ました。

第2章「2社会的共通資本(1)社会の財産」は書き上げて、右筆たちに手を入れてもらいました。現在執筆している第2章は、これまでに考えていたこと、このホームページでに書いたことなどを基にしています。しかし、論旨が通った文章にするのは初めてです。政治学、経済学、社会学で議論されていることも多いのですが、これだという参考になる書物はありません。二人の右筆から鋭い指摘をもらって、書き換えました。

できた分だけを出稿するという判断もあるのですが、続く「(2)この国のかたち」や「(3)次代への責任」にも、議論がつながってくるので、なかなか完成しません。先達の議論を参考にすることも多く、その確認にも時間がかかります。
しかし、催促が来たので、見切り発車しました。

ところが、出稿してから、執筆準備のために書き留めてあったメモや買ってあった本が出てきます。「あ、これも書く予定だった」と思いだして、加筆を考えます。ゲラになってから手を入ましょう。
うろ覚えだった点を確認しようと本棚を探しますが、なかなか出てきません。しかたがないので、アマゾンに発注して配達してもらっています。中古の本は安いのがあるので、ついつい買ってしまいます。
ところが、なかなか読む時間を作ることができず、執筆に反映できないのです。昼はとてもそのような時間が取れず、夜は異業種交流会から帰って布団の中で読み始めますが、早々と寝てしまいます。全然進みません。その間に、時間が経ってしまいます。困ったものです。

(2)の原稿もまだ生煮えなのですが、早い段階で右筆たちの意見をもらった方が良いと考えて、送り込みました。右筆1号と右筆2号さん、よろしくお願いします。