カテゴリー別アーカイブ: 連載「公共を創る」

連載「公共を創る」第122回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第122回「行政と官僚ー信頼回復への道筋」が、発行されました。
行政への不信についての説明を続けます。
国民が行政に何を期待するかによって、行政への信頼そのものも変わります。官僚への国民の信頼の低下は、官僚機構が国民の期待に答えていないことともに、国民が官僚機構に「間違った期待」をしている面もあるようです。

すなわち、経済発展を進める時代には、官が民を指導することに効果がありました。しかし、成熟社会になった今では、官が民を指導することは効果的ではありません。国民が統治の客体という意識から主体であるということへの転換が必要であり、官僚主導から政治主導への転換です。
行政手法としては、例えば1990年代と2000年代に進められた、事前調整型から事後監視型への転換です。行政による民間活動への不透明な指導や事前調整をやめ、規制の規則を明確にして民間の自由な活動に委ねます。違反した場合や紛争が生じた場合は当事者の反論を可能にした上で、裁決や裁判など第三者を含めた公正な手続きの下で決着をつけます。行政の任務を、透明な手続きにのっとって規制の規則を定め、それへの違反を監視することに転換しようとしたものです。

例えば金融界では1990年代半ばから金融ビッグバンと呼ばれる自由化が進められました。ところが、金融機関は新しい仕組みへの移行に戸惑いました。時あたかもバブル経済の崩壊を受け、苦境に陥った金融機関がたくさんありましたが、もはや護送船団方式による救済は受けることができませんでした。長期信用を担っていた銀行をはじめ、幾つもの金融機関が倒産することになりました。

報道機関や政治家、国民による官僚たたきの中には、今なお官僚主導を期待し、それができないことへの不満があるようにも思えます。事前調整から事後監視へという改革が、行政の改革以上に国民の意識と行動の改革であることが、まだ十分に理解されていないように思えます。

今回の改革は、明治維新、戦後改革に並ぶ「第三の改革」「第三の開国」とも呼ばれます。日本が経済力で世界の先進国となったのですが、それがはじけて停滞したのが平成時代でした。30年かけても、まだ改革の道筋が立っていません。それは、前二回の改革が指導者たちが手本を輸入することで達成できたのに対し、今回の改革は国民の意識と行動を変えるものだからです。

連載「公共を創る」第121回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第121回「行政・官僚への不信ーその内実」が、発行されました。

国民の政治への信頼感、今回は行政への信頼について議論します。かつて高い評価を得ていた行政と官僚が、近年評判を落としました。
現在の官僚への信頼低下の原因には三つの次元があると、私は説明しています。

その1は、倫理違反の問題です。破廉恥行為や汚職などです。特に幹部公務員の不祥事は目立ち、国民の信頼を損ねます。清廉といわれた官僚なのに、一部とはいえ汚職をしたり常識を超えた接待を受けたりしていることが明らかになり、信頼を下げました。「官僚バッシング」「公務員たたき」という現象も生みました。セクハラや勤務外の醜聞も報道され、官僚全体への信頼は低下しました。
これは個人の規律の問題です。

その2は、事務処理の失敗と政策の失敗です。前者は統計偽装や決裁文書の書き換えなど、求められた品質を満たす仕事をしていないことが次々と判明したことです。後者はうまくいかなかった産業振興や、無駄といわれる建設事業などが批判されたことです。安全と主張していた原発が大事故を起こしたことも、その一つでしょう。これは職場の問題と言えるでしょう。

その3は、国民の期待に応えていないことです。日本経済の停滞、社会の不安という現代日本の大きな課題を解決できていません。これまで通りに公共サービスやインフラ整備を進めても、個別の産業を振興しても、国民の不満に応えられないのです。それは、新しい社会の課題を拾い上げていないこととともに、新しい社会像を提示できず、政策・予算・人員をそれらに再配置できていないことです。社会の変化についていけず、自ら変化できないのです。これは官僚機構全体の機能不全の問題です。
その1とその2も大きな問題ですが、ここではその3について取り上げます。

連載「公共を創る」第120回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第120回「政治への嫌悪感とゼロリスク信仰」が、発行されました。

「戦後民主主義」が抱えてきた大きな問題に、国民が憲法を変えようとしないことがあります。右派や保守派と呼ばれる人たちが憲法改正、特に9条の改正を主張し、左派や革新系と呼ばれる人たちが憲法改正に反対することになりました。ある政策(この場合は防衛政策)について、意見の対立があることは不思議ではないのですが、制度改正を訴えるはずの革新といわれた人たちが憲法改正反対を主張し、さらには憲法改正そのものを避けるというねじれが生じました。
社会の進展に応じて各国では憲法改正がなされているのに、日本は戦後70年以上にわたって改正されない「世界で最も古い憲法」になりました。まさに明治憲法と同じ「不磨の大典」です。現憲法は、自由権と生存権で停止してしまっていて、環境権や人格権といった人権概念の拡大や、政党や国際機関といった重要な制度に関する規定がないのです。

このような政治の在り方は、国民に政府への不信感を与えていますが、さらにその歴史的背景には、政権批判の伝統と、政治そのものへの嫌悪感もあるようです。
報道機関などによる政権批判はその在るべき姿の一つであり、実際の政治過程や政治文化の中で一定の機能を果たしています。しかし、批判にとどまっている限りは、国民の政治参加意識を強めることにはつながりません。そしてしばしば、政権にある人や政府を構成する人を「彼ら」とし、それに異議を申し立てる側の人たちを「私たち」とする構図をつくり上げます。その構図では「政治と政府は私たちがつくるもの」にはならないのです。

政治そのものに嫌悪感を抱くという風潮もあります。伝統的に政治を汚いものとみる通念があり、それがもたらす無意識的な嫌悪感が政府批判の背景にあるようです。この世の中を渡っていく際には、清いだけでは済まないこともあります。政治は意見の異なる人の間で一定の折り合いをつける行為ですから、反対意見もひとまず認めて妥協することが必要です。しかし特定の立場にある人と集団は、自らの立場の正当性を主張し、自らを善として、反対派を悪とします。そのような悪を受け入れ、妥協する政治は、その場に関与しない人からみると、筋を通さない「汚いこと」と批判できるのです。

連載「公共を創る」執筆状況報告

恒例の、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の執筆状況報告です。前回のぼやきは3月17日でした。

あの頃は、4回分も原稿を書きためていたのに、あっという間に貯金がなくなりました。このひと月は、自転車操業状態です。1週間に1回分ずつ締め切り間際に、編集長に提出する事態が続いています。右筆からは「次号は間に合うのですか」と心配される始末。
社会と政府との関係のうち、5月からは国民や社会の政府に対する意識を議論しています。事前には、簡単に書けると考えていたのですが。まとまった時間が取れません。

これからも講演会が続いたり、私的な催し物が続いたりして、時間が取れません。夜の意見交換会もびっしりで。反省。
宿題ができていなくて、いろいろと嘆くのび太君に対して、ドラえもんが言います。「そんなことを言っていないで、少しでも手を付けたら」と。

連載「公共を創る」119回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第119回「「戦後民主主義」の罪」が、発行されました。

日本は戦後、日本国憲法の施行とそれに沿った民主的改革によって、主権在民にふさわしい民主主義を手に入れました。それは基本的人権の尊重、法の下の平等、生存権の規定などとともに「この国のかたち」をつくり、経済発展と併せて、その後の国民の幸せをもたらしました。しかし、徐々にその民主主義の運用の難しさが出てきて、輝いていた「戦後民主主義」は批判の対象に転化しました。

一つは、平和主義です。それは崇高な理念と国内では理解していたのですが、有事の際には他国に守ってもらう、そして世界で経済的利益を追求しながら世界の紛争には関与しない一国平和主義でした。それが破綻し、国際社会で物笑いになったのが、1991年の湾岸戦争です。
もう一つは、世論への迎合です。さらに「結果の平等」を求めるあまり、多様性を認めず、目立つ人の足を引っ張ります。

国民識別番号の拒否も、変な話です。新型コロナウイルス感染拡大の際、各国はこの仕組みで個人の所得と口座の把握ができ、直ちに現金給付できたのに対し、日本はそれができませんでした。また、個人が特別定額給付金(1人当たり一律で10万円)をオンライン申請するときにも、マイナンバーカードが行き渡っていないので、円滑にできませんでした。
北欧では社会民主主義政党が行政手続きの効率化や平等社会の実現のために国民番号制度を進めたのに対し、日本では「進歩的で市民の立場に立っている」と主張する政党や勢力が導入に反対し続けてきたのです。

そこには、「政府は国民の敵であるという建前」からの議論があるようです。それでは「政府は私たちのものである」という意識が強くなりません。