カテゴリーアーカイブ:社会の見方

韓国語にある罵倒語

2024年6月10日   岡本全勝

6月1日の朝日新聞オピニオン欄、金承福さんの「怒りの会見、罵倒語が浮き彫りにした膿」から。この欄は、韓国文化を紹介するようです。

・・・日本語で、韓国語との違いを感じることの一つは、「ヨク(ハングル表記)」がないこと。ヨクは悪口などと訳されますが、罵倒語も指します。

韓国で先日、このヨクに満ちた記者会見が話題になりました。K―POPグループ「NewJeans」が所属する会社「ADOR」のミン・ヒジン代表が2時間以上にわたって開いた会見です。ミン代表は、その直前に、ADORの親会社であるHYBEとの内紛が表面化しており、厳しい批判にさらされていました。
会見で、ミン代表は「ケジョシ(ハングル表記)くそ親父」などと罵倒しながら、自身に対する不当な扱いやK―POP界の問題点を訴えました。
ミン代表は女性ですが、もし日本の会見で、とくに女性がこんな発言をしたら内容以前に、言葉づかいを非難する声が高まったことでしょう。ところが韓国では会見後、世論が反転。「本気で仕事をしているからこその怒りだろう」と共感する人が増えたのです。

韓国では昔から、女性でも罵倒語を使うのが当たり前。女性作家、朴景利(パクキョンニ)が26年にわたって執筆した壮大な大河小説「土地」(邦訳はクオン刊)にも罵倒語があふれています。有名なのが、主人公の少女が家族の財産を奪われた際に登場する「八つ裂きにして、飢え死にさせてやる」という台詞。実際の、韓国語のニュアンスはもっと激しい。日本語に翻訳するのは至難の業で、罵倒語の中には省略せざるを得ない部分もあったそうです・・・

へえ、そうなんですね。お隣の国でも、知らないことが多いです。

日本電信電話の30年

2024年6月9日   岡本全勝

5月31日の日経新聞に日本版エグゼクティブ教育研究会の全面広告が載っていました。ウエッブでは読めないようです。伊藤邦雄・一橋大学名誉教授と、島田明・日本電信電話社長の対談です。日本電信電話は、公社が民営化されて39年になります。

伊藤先生は、失われた30年に関して、「1993年が分水嶺。米国ではこの年に、企業価値の決定要因である無形資産投資率が有形資産の投資率を上回った」と指摘されます。
島田社長によると、1985年の民営化時の売上高は5.1兆円、2023年度では13.4兆円です。しかも、固定電話主体の音声事業は、83%から13%に減少しています。
民営化前の1979年の社員数は31万4千人、民営化後は漸減傾向でしたが、新事業展開や海外企業の買収などで、現在は33万9千人です。

売り上げと利益を伸ばすこととともに、従業員を増やしたことも誇っていいのではないでしょうか。

トランプ氏裁判、陪審員の顔ぶれ

2024年6月8日   岡本全勝

アメリカの前大統領トランプ氏が陪審員による裁判で有罪になったことを、各紙が大きく報道していました。5月31日の日経新聞「トランプ氏裁判、評議開始 陪審員12人、全会一致で結論」に、陪審員12人の顔ぶれが紹介されています。詳しくは記事についている表を見ていただくとして。男女の別、職業、日常の情報源や発言が載っています。

陪審員長は、営業職の男性、ニューヨーク・タイムズやFOXニュースを見ているとのこと。FOXニュースは、共和党寄りだったと思います。
そのほかの人たちは、投資銀行員の男性、企業弁護士の男性、情報エンジニアの男性、英語教師の女性、情報エンジニアの女性、法務担当の男性、元ファンドマネジャーの男性、言語聴覚士の女性、ネット販売企業社員の男性、アパレル企業勤務の女性、理学療法士の女性たちです。
ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストを読んでいる人が多いですが、SNSは使わない(企業エンジニア)人もいます。

非国家組織、2億人支配

2024年6月7日   岡本全勝

5月31日の日経新聞1面連載「Polar Shift サウスの論理(5)」は「非国家組織 世界揺るがす 2億人支配、旧秩序に牙」でした。

・・・「無政府状態に陥り、ハマスが再び台頭する可能性がある」。ブリンケン米国務長官は5月12日、パレスチナ自治区ガザでイスラム組織ハマスを攻撃するイスラエルに懸念を示した。
イスラエルはハマス壊滅を誓うが、戦闘終結後に誰がガザを統治するのか明確にしていない。後ろ盾の米国は、戦後構想なきガザでハマスが支配者に居座り続けるシナリオを恐れる。
ガザ住民も国際的に認められたパレスチナ自治政府ではなく、ハマスに頼る人が多い・・・

赤十字国際委員会の推定では、国家ではない武装組織の支配下で暮らす人々は2023年夏時点で世界に1億9500万人だそうです。450以上あるこうした武装組織のうち、41%が徴税し、25%が司法・紛争解決の仕組みを持ち、16%が医療を提供しているそうです。
日本の室町時代、幕府が任命した守護の統制が及ばず、力のあるものが地域を支配したようなものでしょうか。

ものを売る主体性を消したコンビニ

2024年6月6日   岡本全勝

5月30日の朝日新聞、松原隆一郎先生の「主体性消したコンビニ、重なる日本」から。

・・・1974年に東京・豊洲でセブン―イレブンの1号店が開店してから半世紀。コンビニエンスストアは増え続け、近年は頭打ちとはいうものの、業界全体で5・6万店弱に達している。セブン―イレブンはアメリカが本社だったが日本側が経営方針を換骨奪胎、のちに本社を買収している。日本色の強い経営体だ。帰宅前に一度は寄る、地方都市で見当たらないと不安になるなど、日本人の日常意識に食い込んでいる。

流通はそれぞれの時代に価値を提案してきた。「よい品をどんどん安く」(ダイエー、中内功)や「量から質へ」「無印良品」(西武百貨店、堤清二)、「小売業は平和産業である」(イオン、岡田卓也)といった具合に。
ではコンビニは何を残したのか。誤解されている面があると感じる。コンビニの最大の特徴は、モットーを掲げた流通の雄たちとは異なり、理想や思想を持たない点にある。
コンビニが実現し、いまなお持続しているのは徹底した顧客データの収集と分析だ。武器となったのが1982年に導入されたPOSシステムだった・・・
データの収集と分析を徹底し、結果は過去のものとして短時間で破棄される。コンビニが表現しているのはみずから提案する価値ではなく、顧客の「いま、ここ」の平均的な欲求なのだ。個人の生き方や自由な暮らしを支える装置ではあるが、それは鏡のように私たちの相貌を映し出す。個や自由は私たちが求めるから提供されるにすぎない・・・

ものを作り売る側の主体性を滅却した点で、コンビニは日本文化の到達点である。戦後日本の教育では主体性や個性が重視された。破産も恐れず技術革新に突き進むビル・ゲイツやイーロン・マスクのような個性が生まれないことは日本経済の宿痾であるかのように言われた。その一方で獲得したのは、主体性を消去する文化だった。コンビニは日本そのものの似姿である・・・